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ナッジ研究者がお答えします⑲:指導者の背中を押すのは難しい

【質問】指導する立場の人の背中を押すことが、うまくできなくて困っています。助言をいただけるとありがたいです。

ナッジの観点からお答えします

指導する立場の人も、自分が見てきた事例や経験、そして恩師の言葉などに影響されていることは否定できません。これらは時として、利用可能性ヒューリスティックス、IKEA効果、サンクコストの呪縛、メッセンジャー効果、ハロー効果などのバイアスを生みやすく、マクロ的視点を歪める可能性もあります。
今まで通りのやり方でうまくいくのなら、これらのバイアスを気にする必要はないのかもしれません。でも、これからの時代は過去の成功要因が通用するとは限りません。むしろ、成功経験が呪縛になって、チャレンジを阻害することも多々あることでしょう。

実際に、今までの自分の主張や価値観を変えなければいけない事態に直面した時、私たちは変化を受け入れることができるのでしょうか?
「一般の人は難しいかもしれないけど、私ならできる。なぜなら、バイアスを研究しているから」ーー私はそう信じていました。
しかし、それは自信過剰バイアスによる幻想だったのです。

私の告白(ごめんなさい)

2019年の途中まで、私は講演でこのスライドをよく使っていました。これはプライミング効果を解説する時の「鉄板ネタ」だったのです。

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しかし、2019年のイグ・ノーベル賞(心理学賞)研究で「この実験は再現性がない」と認定されたのです。私はそれまで、何千人もの人にこのスライドを紹介しており、「今さらやめるのも…」という気持ちが起きました。
実際に私がペンを横にくわえて漫画を読んでみました。結果は、ペンが気になって漫画に集中できませんでした。

「このスライドを使わない」と決意するまで、1か月かかり、その間このスライドを1回使ってしまいました。スライド1枚を削除するだけでも、1か月の先送り。自分の成功経験が決断を歪めてしまったのです(この件は反省し、私の講演を聞いた方には、後日訂正とお詫びの連絡をしました)。

その上でお答えします

多くの指導者はバイアスの影響から逃れられません。だから、説得至上主義の指導者に対し「説得するのをやめなさい」と言っても、反発されることでしょう。
一方、その指導者にナッジを使わせることは可能かもしれません。指導者は多かれ少なかれナッジを(意識しなくても)使っています。「実は、あなたは今までこんなナッジを使っていたのですよ」と教えることで、指導者はナッジの理解が進むことが判明しました(先日、アクセプトされた私の論文での報告です)。

ナッジ習得を登山に例えてみます。山麓からから山頂へ向かうのは、嫌なものです。でも、「実は既に7合目まで到達していますよ」と教えてあげたらどうでしょう。ここまで来て引き返すのはもったいなく、ラストスパートを頑張れそうな気がしませんか?バイアスが強い指導者を動かすには、このアプローチがお勧めです。

記事に共感いただければサポートのほどお願いします。研究費用に充てさせていただきます(2020年度は研究費が大幅減になってしまい…)。いい研究をして、社会に貢献していきます。