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無限うがいおじさん

昨日の絶望的な無力感はやはり一過性のものだったらしく、寝て起きたら普段通りのほんのり無気力な私に戻っていた。睡眠とは、そして割り切るということは偉大である。

今日の予報は雷雨だったが、午前中の空模様を見ると「降るかもしれないし降らないかもしれない、降ってもそんなに土砂降りにはならなかろう」といった様子だったので、さっさと外出して用事を済ませてしまうことにした。

今日の用事はいくつかあったが、最重要だったのがメンタルクリニックへの通院である。
常飲している薬はまだ一週間分ほどあるが、とにかく鎮痛剤が欲しかったのだ。これ以上痛みに煩わされて布団でのたうち回るのは我慢ならない。
メンタルの先生に最近の様子や副作用の有無について聞かれたついでに、歯痛に起因する頭痛によって生活が妨げられている旨を説明したところ、快くロキソプロフェンを処方してもらえた。助かった。これでしばらくの間は安泰である。


……と思って、帰宅して早速昼食と同時に薬を服用したのだが、どうにも様子がおかしい。
痛みが全く引かないのである。ここ数日、「なんか痛みの種類が変わったな」と感じていたのだが、それが原因なのだろうか。
以前はお手本のような「鈍痛」だったのが、最近はなんだか鋭さというか、痛みにメリハリが効き始めていたのだ。痛みの波のようなものが短いスパンで訪れて、しかもそれがどんどん増幅されていくような感じだ。
どれだけ時間が経っても、若干飲みすぎだろうと気にしつつもう一錠鎮痛剤を飲んでみても、まるで変化がない。「ズキズキ」という擬態語に相応しい痛みが長時間続き、私はどうしたものかと頬に氷枕をあてていた。

しかしこういう痛みというのはじっとしているのが一番痛いのだ。氷枕が生ぬるくなってくるころ、私は居ても立っても居られなくなって、どうにかこの痛みを和らげる方法はないかと部屋中を歩き回り始めた。

真っ先に試みたのは歯磨きだったが、これにはあまり効果は見られなかった。そりゃそうだ。歯磨きとは予防やら身だしなみやらのためにするのであって、即座に痛みを抑える効果は当然ない。むしろブラシの撫でた場所に痛みが響くような感じがして余計に痛かった。

歯磨きを終えると、口を漱ぐためにうがいをする。果たして、効いたのはこちらだった。
ウイルスや細菌を排除するための喉うがいとは違う、歯磨き粉を口の中から出すためのうがい(頬の筋肉をつかうやつだ)、これをなんとなく念入りにしていると、次第に痛みが引いていったのである。

これ幸いとばかりに布団に寝転がってスマホを弄り始めるが、しばらくするとまた痛み始める。
もしやと思ってまたうがいを何度もしていると、そのうち痛みがなくなっていく。
こうした繰り返しを、今日は何回もやっていた。
うがいをする、布団に戻る、痛みを感じる、うがいをする、布団に戻る、痛みを感じる、うがいをする……という風に、何度も何度もだ。

やがて夕飯時になって、コンビニで買ってきた弁当を食べてひとしきり満足し、メンタル用の薬とロキソプロフェンを服用してこの記事を書いているが、今のところ顕著な痛みは感じられない。
一体全体どういう原因でこの痛み方をしているのだろうか。

1つ考えられるとすれば、筋肉の問題だろうか。
口を漱ぐためにするうがいは頬を大いに使う。この筋肉の動きがアレコレと作用して、一時的に痛みを抑えるなり麻痺させるなりしているのではないだろうか。記事を書いている現在は、咀嚼によってそれが引き起こされたといったところではないだろうか(あと、ぼーっとしていると痛みなどの感覚は増幅されやすい気がするので、単にメリハリが効いてこういう現象が起こっているのかもしれない)。

私は歯科に関する知識は一切持たないので、完全に的外れかもしれないが、すくなくともうがいによってこのタイプの痛みが治まるという現象には再現性があることが確認されているので、次回通院して問題の歯を抜いてもらうまではこの方法でしのぐことにする。

抜歯後の痛みと腫れはやはり恐ろしいが、こちらに関しては恐らく歯科から薬が処方されるはずであり、処方されるということは一定の効果があるということであるので、あまり心配はしていなかったりする。

私のお得意の現実感の無さ、自分の人生に対する客のような態度がまた悪さをしてのほほんとしているだけかもしれず、また痛みでロクに生活ができなくなる可能性も無きにしも非ずだが、ひとまず今日のところはこれでよい。今日がよければそれでよいのだ。
ゲームして寝よう。

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