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眠れ、眠れ、(任意の心地よさを感じる場所)に

17時頃に布団に入って電気を消したのがまずかったのか、すっかり寝落ちして今の時間になってしまった。

まぁ当時としては完全に寝る気で電気を消したはずなので当然と言えば当然だ。
寝入りは覚えていない(覚えていない寝入りが最も良い寝入りだ)が、寝覚めはよい。実に有意義な昼寝であった。時間帯としては昼寝とは呼べないかもしれないが、まぁそれは言葉の綾みたいなものだ。

1つ問題があるとすれば起き抜けの気怠さが払いきれずに夕飯の準備に手間取るところだが、こちらは既に対策を打ってある。

私はコンビニに行くたびに必ず冷凍チャーハンを買うようにしているのだ。最近の冷凍チャーハンは袋から皿に移すことなくそのまま調理出来て、食べようと思えば袋からそのまま食べることもできるので、備蓄食料としての適性がとても高いのだ。
プラスプーンを買っておけば袋から食べてそのままスプーンを袋でくるんでゴミ袋にポイでいいのも素敵だ。洗い物ゼロ。
炒飯を手作りして皿に盛りつけて食べて洗剤と流水を使って片付けるのと毎食こんな具合に丸めてポイするのとでどちらの方が地球に優しいのかは知らないが、少なくとも私には優しいやり方だ。実に楽でとても助かる。

私のような社会不適合者のニート以外でも、ふと仕事中だとかに「眠ってしまいたい」だとか感じてしまう人は少なからずいると思う。
好きな時間に……とまではいかないが、もっと眠ることに対して寛容で、仕事中に眠ってしまっても構わないような社会になればいいのになぁと思う。
これは「眠気を感じている状態だと能率が下がるので仮眠を適度にとる方が結局は効率が良い」みたいな合理的な理由で言いたいのではなく、私のニートという立場からの同情の気持ちから言っている。
私がぬくぬくと眠る時間を捻出するために、寝ずに働かされて税金をとられているような人々がいるのだ。割に合わないと思うのは当然だろう。

例によって私はそのことに同情はしても罪悪感はないし、今の立場から脱するのにもまだまだ時間がかかりそうだ。
私が真っ当な生き方をするようになるころには、もっと睡眠という原始的な行為に寛容な社会になっているだろうか。
そうであって欲しいものだ。

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