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月刊 QはA #1 「乗合船」

これは、Stiffslack Monthly 2021年4月号に掲載されたコラムのアーカイブです。

ジギングって釣りが好きで、一時期よく日本海へ出掛けてたんです。港から乗合船に乗って、船長の見立てで魚の居そうなポイントを目指して沖合へ1、2時間走ったような場所で釣るんですが、この乗合船っていう、知らない人同士がひとつの船に文字通り乗り合うシステム、なんか好きなんです。

ちなみに日本海だと、ジギングをする乗合船の料金は朝から日没までやってだいたい1〜1.5万円くらいなので、僕の場合、日本海までの交通費も含めて考えると、休みのたびにしょっちゅうできる遊びではないんです。他のお客さん達も遠征組がほとんどなのでたいていそんな感じだと思います、みんなにとって、たまにあるご褒美デイのような日なんだと思う。

予約済みの乗合船の出航時間に合わせて、朝から続々とお客さん達がクルマで港に集まってくるんですが、セルシオで乗り付ける小金持ち風リタイヤ年代のおじさんや、軽トラックでやってくるタトゥーだらけの塗装工のお兄さんや、チャイルドシートのついたファミリーカーでやってくる若いサラリーマン風や、ハイエースに乗ってくるSASUKEに出てそうな消防士風のおじさん、どこで入手したのかなぜかTHRASHERと書いたキャップをかぶって徒歩で現れるご老人とか、、せいぜい10〜15人のことなんですが、船着き場に登場する面々のバラバラなキャラっぷりは、世の中の縮図を見ているようでなんか面白くてほくそ笑んでしまうんです。荷物を降ろしたら、周りのことなど我関せず各自黙々と準備をし始めるんですが。

そんな釣り客達は、船が沖に出ていざ釣りが始まると、船上でしきりに助け合うんです。隣の客が魚を掛けたらタモ網ですくってあげたり、釣れない客がいたら、今日釣れてるルアーの色、アクションなんか伝えてあげたり。塗装工の兄さんとセルシオのおっさんがお互いにタモを入れ合って、THRASHERの爺さんは、船のどこかで良型の魚が上がると「魚もってみいな、写真撮ったるから」と言いながら船上をデジカメを持って歩き回ってる、そういう光景があちこちで見れるんです。

360度見渡す限り海しか見えない沖合に、素性も知らない人同士が運命共同体として船でぽつんと浮かんでると、釣り客達は無意識に「全員でこの時間を楽しんで、そのあと全員で無事に陸に上がれますように」と、たったそんだけのことを願うようになるんだと思うんですよね。陸の世界でしょってきたバックグラウンドだとか積み上げてきたキャリアだとか意識していたヒエラルキーのようなもんだとか、海の真ん中の別世界では、みんな潔く脱ぎ捨てることができる。役に立たないから。あの感じがすごく居心地いいなといつも思うんです。

コロナで世界が変わって、なにが残ってなにがなくなれば僕らは幸せなのか、世の中の意識がそういう方向にも動き始めている中で、乗合船のあの雰囲気をたまに思い出すんですよね。あんな世の中っていいなって。おしまい。次があるなら音楽の話もしてみたいです。

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