『Rain World』プレイ感想
Rain World というゲームを遊んだ。久しぶりに頭をぶん殴られるような衝撃的なゲーム体験だったので、とにかく感想をしたためようと思う。最近の僕はというと、「もうゲーム飽きたわw似たようなゲームばっかだしw」などと大して多くゲームを遊んでもいないのに生意気なことをのたまっていたわけだが、このゲームを遊んで再び襟を正すハメになった。
「なんなんだこのゲームは」とプレイ中に言い続け、「なんだったんだこのゲームは」とエンディング後に言い終わった。自分が持っている価値観や固定観念を打ち崩すほどの“力”。Rain World という狂気の産物が、僕の脳を揺らした。
ちょっとした前置き
一応、エンディングは見た。しんどくなってきたら攻略をチラ見しつつ、といった有様だったけど。攻略を適宜見たおかげか、プレイ時間は24時間ほどで収まった。エンディングを見た、逆に言えばエンディングを見ただけ。なので、Rain World の深淵に迫る考察なんかはできないし、しない。
エンディングが存在することを示すのが既にもうネタバレなのだが、とにかくこの記事ではネタバレは気にせず書く。もし初見の衝撃を損なわれたくない人がいたら、この記事を読むのはやめて、Rain World に行ってから戻ってくるのがいいだろう。
そういう意味では、この記事は既に Rain World に行ったことがある人か、今後一切行く気がない人に向けた記事、あるいは自分用の感想メモということになる。どれかといえば、自分用メモのつもりで書いている。
というわけで、本題に入る。
Rain World で生きるということ
Rain World におけるゲーム体験を一言で短くまとめると【広大かつ残酷な世界で、知恵と度胸と運を発揮して生き残り、さまよい続ける】になるだろうか。しかし、なんというか、これは正確な表現のように感じない。正しいけれど、間違っている。こうして短い言葉にパッケージングすることで、“なにか”が失われるような気がする。となると、【Rain World を、Slugcat として生きる】、こういう表現がより正確なように思う。
Slugcat(なめくじ猫)
Slugcat、直訳でなめくじ猫とでも言おうか。なめくじのような猫、あるいは猫のようななめくじ。このちっぽけであわれな生き物が、プレイヤーが操作する──プレイヤーが“成る”生き物だ。
Slugcatは他のプラットフォーマーゲームの主人公のように矩形の当たり判定が元気に動き回るキャラクターではない。猫=液体説のように流動的なカラダを持っていて、動きに合わせた当たり判定が構築されている。横に伸びた棒に飛びついて、その上に立とうとするとき、持ち上げようとしたカラダが天井や壁にぶつかると動きが中断されてしまったりする。ついでに言うとアニメーションも実に見事に動く。
他のプラットフォーマーゲームと比較した場合、Slugcat の運動能力は落第だ。猫の俊敏さは、なめくじの鈍重さに殺されている。ジャンプ力は貧弱の一言に尽きる。なめくじのように、あるいは猫のように壁を登ることはできず、無様にずり落ちることしかできない。
『スーパーマリオブラザーズ』のマリオのジャンプは、分かりやすくデフォルメされている。入力の長さに応じてジャンプの高さが変化するテクニカルな部分もあるが、基本的には安定した反応を返してくれるのがマリオのジャンプだ。他方、Slugcat のジャンプは一筋縄ではいかない。とくに顕著なのが縦に伸びた棒の先端部分からジャンプするときだが、上体をギリギリまで傾けてからジャンプしないと飛距離が出ない。かといって上体を倒しすぎるとそのまま落下する。
こういった運動の難しさが至るところにあり、慣れてくると猫のような俊敏さ、あるいはなめくじのような粘り強さを見せつけることができるようになってくる。こうした上達の快感がある辺りは、Rain World もちゃんとゲームだ。
しかし、ゲームとしての面白さを追求するためだけに、Slugcat の運動能力が定義されているとは思わない。あくまでも「このような生き物が存在した場合、こういうふうな動きをするだろう」といった考えのもとに動きが作られているように思う。つまり、Slugcat、ひいては Rain World の実在性を高めるためにこうした運動能力が与えられていると考えられる。
そう、Rain World におけるありとあらゆるシステムは、その実在性──「本当にこんな世界が存在する」と思わせるためにすべてが構築されている。そう思わせられるほどのモノがある。なにせ「ゲームとしてもっと楽しく面白くしよう♪」といったサービス精神が少しでもあれば、こんなシステムにはしないだろうと断言できる仕様“しか”ないからだ。
操作が上達したんじゃない。Slugcat に“成ってきた”んだ。
ライフサイクル
ゲームサイクル、Rain World の一日は以下の流れだ。
規定のラインまで食べられる物を食べる
シェルターに入る
これだけ。なぜシェルターに入らないといけないかというと、Rain World では一定時間が経過すると“雨”が降り出し、すべてを呑み込むからだ。この災害をしのぐにはシェルターに入るしかない。そしてシェルターで雨をやり過ごすからには、あるていど食べてお腹を満たしておかなくてはならないというわけだ。
生きることは、食べること
生き物はなにか食べないと死ぬ。それは Rain World でも例外ではない。Slugcat の主食はコウモリだ。あと青い実とか、いろいろ食べれる。
食べること自体は、そこまで難しいことではない。コウモリはそれなりに素早いが、けして捕らえられないほどではないし、青い実は動かない。それに、サイクルを続けていれば、実は食べられる物や、食べられなさそうな物を食べられるようにする方法を知っていく。とはいえ、一度“狩った”エリアは、一定サイクルを得ないと再び実らないようになっているので、ひとところに滞在するのは少々難儀するかもしれないが。
問題は、食べるほうではなく、食べられるほうだ。Rain World には当然、Slugcat 以外の生物がひしめいており、それら生物のほとんどが Slugcat を捕食しようとしてくる。ここは残酷な弱肉強食の世界なのだ。
Slugcat の代表的な天敵──憎むべき捕食者は、太い胴体に硬い頭部、獲物に素早く忍び寄る四つ足と巨大な顎を持つトカゲだ。こいつらは Slugcat を見かけるなりうなり声を上げながら近づいてきて、バクッ!と噛みついてくる。そのアゴに挟まれたら最後、一撃でゲームオーバーだ。現実にはライフポイントなぞ存在せず、Rain World も例外ではない。死んだら最後に休んだシェルターから復帰。
なんと掴んだのは棒ではなく、棒に擬態した植物だった!あわれ Slugcat は地中に引きずり込まれその生命を断たれたのであった。……と、Rain World には至るところに“死”が潜んでいるのである。
生態系システム
Rain World の世界では各々の生物が本能に従って行動しており、それらが生態系を形作っている。技術的なことはなにも分からないが、いわゆる AI とかいうヤツだ。
先のトカゲで言えば、バクッと Slugcat を噛んでハイ終わりではない。Slugcat の生命は断たれ、ゲームは事実上の終了だが、Rain World の世界はそのまま続く。トカゲは咥えた獲物を自分の巣穴に持っていく習性がある。そのままゲーム画面を眺めていると、トカゲがいそいそとせわしなく四つ足を動かして巣穴まで Slugcat を運んでいくシーンが映し出される。慣れたプレイヤーなら、「ははあ、コイツの巣はここにあったんだな」と好奇心を満たすことができる。
さらに、これは一度だけ体験したのだが、トカゲが巣に戻る道程で巨大な怪鳥に襲われて Slugcat を手放したことがあった。このとき、Slugcat はまだ生きていたので、トカゲの顎から逃れてからくも生還することができた。これはゲーム側から用意された固定イベントではない。Rain World に生きる生物が織りなす生態系のドラマが偶然発生したのだ。
広大な世界をあてもなくさまよう
ところで、Rain World を生きる Slugcat には行くべき場所が分からない。ゲームの冒頭で家族とはぐれるシーンが挿入されるので、目的自体は家族との再会なのだが、家族の居場所が分からない。
ゲーム中にナビゲートしてくれる謎の黄色い生物が居るのだが、初めはこいつもよく分からない。このゲームはほとんど言葉による説明が存在しない。言葉による説明が一切無いので、ナビ自体がなにを示しているのか理解できなかったり、ナビの内容が切り替わる意味も理解できなかったりする。(エンディングまで行ってからあらためて確認してようやく理解した)
一応、ナビの誘導で「なんとなくこっちに行けばいいのかな…?」と思いつつ、あてもなくさまようことになる。この広大な世界で、常に不安と孤独との戦いだ。ちなみに公式曰く、12の地域からなる1600の部屋があるとのこと。
カルマとゲート
Rain World は巨大な12のエリアから成り、そのエリア間にはゲートが設けられている。カルマ──この名称はあとから知ったが──は【シェルターで寝る、もしくは死ぬ】と変動する謎のマークのこと。このマークも当然のように一切の説明が無く、なんとなく理解していく。死なずにシェルターで寝ると一つ上のマークに移行し、死ぬと一つ下のマークに移行する。黄色い花を食べると死んでもマークが下に移行しない。
このカルマが特定のマーク以上に位置していないと、ゲートを通ることができない。これも言葉による説明は無い。雰囲気でなんとなく理解していく。
ファストトラベ…ル……?
広大な世界に対するカウンターとして唯一の希望があるとすれば、ファストトラベル機能が存在することだ。ファストトラベル機能はなにか実績を解除するとその権利が得られる。一回だけ。おい。なんだよその仕様。これについての説明は、当然のように無い。実績解除の仕方も全然分からない。
僕は最後の最後で詰まって別エリアに行く必要があることを知り、絶望したのだが、運良くこのファストトラベルを使っておらず権利が二回あったため事無きを得た。本当によかった。そもそも Passage と呼ばれているのがファストトラベルだと思ってなかった。
説明がない
上記のカルマとかファストトラベルについても説明が無いが、とにかくこのゲームは説明が無い。「これなんなんだ?」と思っても答えてくれることが無い。「なんだったんだ……」と通り過ぎるしかない。
Rain World は地獄かもしれない
ここまでは駆け足で Rain World がどういう世界かをまとめた。ここからは体験してきて実際どうだったか、感想に移る。
まず、「クリアさせる気ないだろ?」と100回は言った。Rain World、死んでシェルターに戻されるリスクがあまりにも高い。
捕食者に喰われまくる
至るところに捕食者が現れるので、すぐに喰われて死ぬ。捕食者は初期位置がランダムで変化するうえに、個々の活動が互いに影響し合うようになっているので、同じシチュエーションに何度も遭遇することが少ない。結果として、パターンを覚えて対処する手法が通じず、真の意味で障害を克服する力を身に付ける必要がある。死にまくりながら。マップ移動直後にばったり出くわして即座に喰われるパターンを何度も経験した。
ていうかほとんどの捕食者が初見殺しみたいなモノだ。巨大な怪鳥は初めて遭遇した、と思ったら喰われていた。透明化して背景に溶け込むカメレオンのようなトカゲもいる。スカベンジャー──大きな瞳と手足を持つヒトのような生き物で、集団で行動している──にいきなり槍を投げつけられたり。
あまりにもあっさりと死ぬので、すぐさま呆然としたり絶句したり、直後に我に返って「ふざけんなよ…」と愚痴をこぼすハメになる。
シェルターどこ?
当然、行ったことのないシェルターの位置は分からない。捕食者を避けているうちに時間が経過して、シェルターへの退避が間に合わずに死ぬパターンもある。捕食者の顎から逃れてせっかく生き延びても、死ぬのである。
つーかどこ行けばいいんだよ!どこ行けばいいの?分からん。死の危険に常に晒されながら、どこに行けばいいか分からない状況は、ストレス負荷が尋常ではない。ストレスの多重合唱だ。とにかく説明が無い。そのくせして時間制限があり、破ると死ぬのだ。【探索するゲームで時間制限があり、それを破るとゲームオーバーになるゲーム】と聞いて、顔をしかめない人はいないだろう?平気でそういうことしてるんだこのゲームは。
ゲート通れねえええええ
死にまくるせいで、ゲートに到達してもカルマが届いておらず通れないことがある。ツラい!厄介なのが、このゲートのせいで本来行くべき場所に行けないことがあった点だ。このせいでクリアに必要なところに行けてなかったことを知ったときは愕然とした。
落下死が止まらない
一部のエリアでは、落下死も存在する。Slugcat の動きはクセがあるので、操作にもたついた結果、あるいは捕食者に追われてとっさに跳んだ結果、落下死することが多々ある。Sky Island の序盤とか落下死に次ぐ落下死で地獄を見た。
しかも僕が通った Sky Island のルートではシェルターの位置がゲートをくぐる前にあったので、死ぬ度にゲートをくぐるためにカルマを上げる必要があった。地獄かな?
それでも Rain World は素晴らしい
徹底的に高難易度で理不尽なのが Rain World だ。それでも、Rain World は素晴らしい。
未知との遭遇と見たことのない景色
Rain World では常に未知との遭遇が体験できる。いきなり空から降ってきた怪鳥に喰い殺されたときは心臓が止まるかと思った。空を飛び回るムカデを見たときは気絶しかけた。
見たことのない動物、見たことのない植物、見たことのない機械、見たことのない建造物、どこまでも広がる世界。未知との遭遇という一点において、これほど魅力的なゲームは無いだろう。僕が大好きな『スーパーメトロイド』の「なんだこれ!?」っていうマニアックなシーンを100倍に濃縮して煮詰めたのが Rain World だ。あと『メトロイド ドレッド』の10倍は怖い。
理不尽で説明が無い=自力で克服していく
説明が無いからこそ、自力で発見する体験に満ちているとも言える。食べられる物の知識を身に付け、生き残るための術(すべ)を磨いていく。こうした体験は、優しい箱庭の中でデザインされた体験よりも得がたい。
自分が発見して得た知識や経験には、なによりも価値を感じる。ましてやそれが自分を生かすとなれば格別だ。槍を上手に使ってトカゲを殺せたときのしてやったり感がたまらない。槍を壁に突き刺して登れないところを登れるようにすることができるのに気付いたときも嬉しかった。槍のハナシばっかりだな。
デザインされていないわけではない
基本的に世界に放り出されて「あとは自由に生きろよ」のスタンスなのが Rain World だが、完全に放り出されているわけではない。
鋼鉄製のくちばしをガチガチ鳴らしながら地上を爆走する鳥が大量に出てくるシーンが面白かった。鳥が通り過ぎたのを見計らって素早く地上を移動し、再び鳥が走ってきそうだと感じたら素早く地下へ隠れる。地上に出るのを恐れてもたもたしていると“雨”が降ってきてゲームオーバーになってしまう。恐怖を押し殺し、なんとか駆け抜けるとちゃんとシェルターが用意されているのだ。一種のホラーゲームのような体験がデザインされたシーンで、ハラハラドキドキが楽しめた。
他にも、グラップリングフックのように使える虫だとか、Sky Island の虫を使ったハイジャンプとか、Farm Arrays の【鹿うさぎ】なんかも、専用にデザインされたようなシーンになっている。注意深く観察し、ひらめきと度胸を駆使すれば障害を乗り越えられるようにデザインされているわけだ。(いくつかは気付けずに攻略を見たが)
スカベンジャーに真珠を渡すと襲われなくなるとか、海を泳ぐイカ?を捕まえられるとか、地味にちゃんとチュートリアルシーンが用意されていたりする。(その場所に辿り着けるかどうかはプレイヤー次第だが)
シェルターの位置は分からないものの、捕食者がひしめいている危険なエリアを駆け抜けた先には大抵シェルターが用意されている。また、シェルターで眠るために必要な食料も、近くに用意されていることが多い。意外と優しかったりする。(とはいえ一般的なゲームに比べたらその優しさに気付かないレベルでしんどいのだが)
異常なまで描き込まれたグラフィック
一応、ドット絵らしいのだが、かなり解像度高めだ。これがもう尋常じゃないほどに描き込まれている。地形も背景も緻密に病的なまでに描き込まれている。一瞬でパパッと通り過ぎるようなところも描き込まれているし、ふつーなら行かないような水中の下のほうのエリアもしっかり描き込まれていたりする。アニメーションも滑らかで、生物の動きは生々しさがハンパない。
端的に言って、圧倒される。なにが制作者をここまで突き動かしたのだろうか。
最後に
食べて、食べられて、落ちて、雨の音におびえながらシェルターに飛び込む。ああ、今日もどうにか生き延びた。「……いつまでこれを繰り返すんだろう?」という疑問に答える終わりが用意されているのがスゴい。ただ、終わりのないサイクルから解き放たれる最後のシーンは、ほとんどが意味が分からなかった。
けど、このゲームのことは死ぬまで忘れないに違いない。
もう少し遊びたい気持ちもあるけど、しばらくはいいかな。なにせ常に死の危険にさらされるゲームだから、精神的に疲れる……
クリア後に軽く調べたところ、東の果てに居る“あいつ”に真珠を持っていけば Rain World の世界がどうしてこんなことになっているのか知ることができるらしい。その仕様も狂ってるだろ。真珠を持っていくって言っても、両手と体内に一つ──つまり最大でも三つしか物を持ち運べないんだぞ。
狂った難易度と狂った仕様、説明は無い。いったい誰がこんなゲームについていけるっていうんだ?それでもこのゲームは存在する。信じられないことに。
「こんなゲームがあったのか!」という驚きと、
「こんなゲームが存在していいのか?」という混乱と、
「どうしてこんなゲームを作ったんだ…?」という畏怖と、
「よくぞこんなゲームを作ったな…!」という称賛がある。
Rain World を作った奴らは狂ってるよ。
「楽しい」とか「気持ちいい」とか、デフォルメ&パッケージングした学びの快感を教科書通りに提示してくれるコース料理のようなゲームの味に飽きてきていたから、Rain World という劇物にシビれた。
Rain World が存在することは間違いなく喜ばしいことで、こんなゲームがあるのなら、こんなゲームが今後も生まれてくるのなら、やはりゲームはこれからも僕にとって最高のコンテンツであり続けるだろう。
終わり
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