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「3月のキャンプ」 #呑みながら書きました

3月は一般的にキャンプにベストな時期ではないと思う。

それは受験の結果も出揃ったあの18才の春にだって、冷静に僕はそう思ってた。

ならばなぜ、幼馴染みの就職組だった3人を無理矢理海沿いの街へのキャンプに連行したかと言えば、そりゃ暇だったからだ。

華麗なまでに一直線に、翌月からの予備校入学を決めていた僕には、近所のじーさんやばーさんに負けないくらい時間だけはあった。

時間の他には何にもないんだと、無闇に悲壮感を引きずって歩き回るのがマイブームだった。

親父の代から使ってたテントは馬鹿みたいに重く、ロゴには「美津濃」と書いてあった。わかると思うけど今で言うmizunoの事だ。

めちゃめちゃ嫌顔でそれを担ぎ、五分に一回「帰りに捨ててこよーぜ」と呟くユウジは理系のインテリ暴走族。

まあまあまあ、とそれを宥めるセージは実家の土木会社の跡継ぎを次男にして狙うにしては成績が追い付いてない夢想家。

「で、どこ行くんだっけ?」と言いながらスケボーで遠ざかっていくコージは、相変わらず人の話なんてひとつも聞いてない。

チームの良心にしてリーダーである僕の心労は分かってくれなくて良いけど、まあそれでも「断らないから他よりマシ」と言う理由で集められたメンバーはそれなりに事態を楽しんでいる様に見えた。


キャンプの海岸について最終にしたのは全員の有り金をあつめるけとだった。
驚いたことに食材費や電車賃を引いたら財布に千円残ってたのは僕だけで。
全員文を集めてもギリ帰りの電車賃にしかならなかった

「タバコ買えねーじゃん」

ユウジがいってセージとコージがせうだそうだとさわぐ。


一月のセンター試験まではそれなりに優等生を装い、なので当然非喫煙者の僕の知ったことではない。


それをテントを張る場所の下に埋めた。信用とかとは別の問題で。

いや信用の問題で。


3月の寒さを舐めた初日の夜を越えると一気にもう帰りたい勢が帰りたい空気を遠慮なく発揮し出した。

何て堪え性のないチンピラどもだ。

こんなすぐ帰ってなるもねか。

なにせ僕だけ時間が有り余ってるんだ。


それから放置してあった貸ボートが沈んだり焚き火か爆発したり地元の商工会のおっさんにめちゃめちゃ怒られたらちょっとマジで溺れたりしながら四日が過ぎた。


酒屋が営む家族ぶろだけはいつだってよかった。


テントの下に埋めたはずの金は帰りに撤収するときには無くなっていた。

いつどうやってやったかはわからない
くしゃくしゃにへった買えるはずのないセブンスターの箱から一本僕に投げてユウキは付き合ってやったんだからよと久々に聞く暴走族の声で言った


おまえ自分が一番偉いておもてんだろ俺らなんてすぐ集まって言うこと聞くって思ってんだろ予備校生が

一升瓶の焼酎をラッパ呑んでユウキがいう


やけくそに昼から酔っ払ってた僕は我慢が出来なかった

ああそうだよ何がわるいをだよとつかみかかると足元がクラッシュしてた僕らは揃って砂浜に転げ落ちて猫のような拳でぬぐりあった


だれも止めなかったはただ単に面倒だからだろうけど、それがとにかくありがたいなと思いながら、僕とユウジは打撃によると言うよりは蓄積した疲労で砂浜にほぼ同時に倒れた。



砂まみれで立つ駅のホームには始まったばかりの眩しいような春の日差しがあった






「で、どうやって帰るんだよ」

僕はソッポをむいたユウジでめセージでもコージでもない。誰かに向かって言う。

「電車賃ねえんだぞ」

多分最後のセブンスターをぶわぶわと吹かしながら、ユウジが美津濃のテントを無人駅のホームに投げ捨てた。

僕らは就職だろうが跡継ぎだろうが予備校だろうが、誰に八つ当たりしていいかわからない、モヤのようなパンチの当たらない不安の中に全員がいた。

ので、取りあえずお互いに八つ当たりあった。

結局。それしか逃げ道を思い付かなかった

「投げんなよ」

苛立った僕の嫌な言い方は、晴れ渡った田舎の空気の中に全然中和されずにそのままそこにあった。


「うるせえよ」


ユウキがいって全員がそこだけ綺麗に同じタイミングで地面に唾を吐いた



下品な仕草を叱るようなタイミングで、乗れない列車の警笛が、ホームに響く。


うるせえよ


と、全員がおもってたはずだ


ゆっくりとカーブを曲がって、列車が顔を見せる。


さて、どうしようか。


と、考えることを僕はちょっと迷って、

すぐやめた。


列車が、来る。

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