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磁束量子化の確認に初めて成功した実験について

つい最近、表題の実験について詳細に調べる機会があったので、その時まとめたノートをここに記しておく。あくまで内省的な記録であると同時に、この実験について日本語で書かれた記事は筆者が知る限りほとんど存在しないので、誰かの役に立てば嬉しいと思っている。あくまでアウトラインしか書いてないので、具体的なデータなどは実際の論文を参照してください(フルペーパーはドイツ語だったり英語だったりするのだが...)

0. 磁束の量子化とは何か

超伝導体でできたリングを考える。このような多重連結超伝導体が磁場下にあるとする。このとき、常伝導体状態では、それを貫く磁束は連続的に変化できる任意の値をとる。しかし、超伝導状態では、磁束はΦ_0=hc/2eの整数倍のみとなる。これを磁束の量子化と呼ぶ。外部磁場による磁束がΦ_0の整数倍に等しくなければその差に相当するだけの磁束を作るように遮蔽電流が表面に流れることになる。

1. F. London の予言

Fritz London は、1948年に出版された"Superfluids" という本の脚注で、「超伝導リングを通る磁束はΦ_0=hc/eで量子化される」と指摘している。[1] これを求めた計算は以下である。

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F. London はこのとき、超電子の電荷を q=e としている。実際には超電子の正体はCooper対なので、実際の値はq=2eとしたものになる。ちなみにBCS理論が世に出たのは1957年のことである。

また、一般の積分路を考えると、実際に量子化されるのはフラクソイドであって、v_s=0となるような特別な場合にこれが磁束の量子化になるということである。

2. 数多の実験

以上に述べたLondonの予言について、1953年に日本で開催された国際理論物理学会議でも議論された。しかし、マクロな量としての磁束が直接量子化されることは当時考えても及ばなかったので、敢えて実験を試みる人は非常に少なかった。[2] そんな数少ない磁束の量子化に関する実験的検証について紹介する。[3]

・1960年夏、Leidenの J. Gorter が磁束を測定しようとしたが、失敗
・1961年3月、APS Meeting で MercereauとVant-Hullが実験を発表したが、磁束が量子化されたことを示す証拠は得られなかった。この実験はのちに Deaver-Fairbank が行ったものと同じである。
・1961年4月ごろ、Joseph Reynolds が磁束の測定を試みたが、失敗。
・1961年6月、Deaver-FairbankとDoll-Näbauer が独立に実験に成功した。
・ 1962年、 Little-Parks の実験。

3. ドール・ネバウワーの実験とディーバ―・フェアバンクの実験の比較

磁束の量子化は1961年にDoll-NäbauerとDeaver-Fairbankによって独立に検証された.。Doll-Näbauerの方法では磁場によって生じるトルクを測定したが、Deaver-Fairbankの方法では超伝導円筒を振動させてトラップされた磁束の値を求めている。 結果について、Doll-Näbauerは「量子化磁束の実測値は理論値の40%でしかない. 理由はまだわからない」、 Deaver-Fairbankは「磁束はΦ_0=hc/2e (誤差20%)で量子化されていた」とそれぞれ述べている。[4][5]

4. ドール・ネバウワーの実験について詳しく

この記事では、Doll-Näbauer の実験について詳しく説明する。彼らは以下の図のような実験装置を使った。磁束をトラップさせた状態で、横から磁場Hxをかける。磁気モーメントによる機械トルクを生じさせ、吊るした紐につけたミラーを振らせる。そのミラーに当てた光の角度が変わり、反対側に置いた感光紙で、その変位を測る。ここで使っている試料は鉛でできた円筒である。これは水晶ファイバーに鉛を蒸着させたものである。[4]

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実験手順としては、以下の通り。
① 試料を転移温度以上に加熱し、磁場Hyを印加。
② 転移温度以下に冷却してから、外部磁場を0にする。
③ Hxをかけて、トルクを測定
これをHyを変えて、繰り返す。

実験の工夫としては、auto-resonance method というものである。これはトルクが小さすぎるために、共振を利用するものである。これには交番トルクを利用する。

トルクは、Hxと磁気モーメントの積に比例する。そのため、共振振幅をHxで割った値は、閉じ込められた磁束に比例することがわかる。よって、この共振振幅をHxで割った値を外部磁場の関数としてプロットすれば、これは量子化されることになる。実際に、得られた結果は量子化されていた。

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得られた結果について、磁束が量子化されること自体はLondonの予言したとおりである。しかし、量子化される幅については、Londonの話と食い違っていた。得られたHyの間隔は理論値の40%しかなかったのである!

Londonはq=eとして計算していたので、正しい理論値は彼らの考えるその1/2ということになる。したがって、この実験結果は割といい線を行っているのだが... 

Doll-Näbauer はこの論文を出した時点では、この結果について、「理論値と実測値の違いの理由は判らない」[4]と述べている。Cooper対の考え方が出たのはこの4年前なので、この時点では、微視的理論であるBCS理論とマクロな量としての磁束の考え方が結びついていなかったのではないかと考えられる。

5. ディーバ―・フェアバンクの実験について

実験の概要について述べる。以下の図にあるような、スズでできた円筒(内径13µm、長さ1cm)を100Hzで振幅1mmで対称軸に沿って振動させる。そして、その横にある2つのコイルで、外部磁場を変えていった時の円筒内の磁束を測定するものである。[5]

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手順は以下の通りである。
① 磁束がトラップされている状態にする。
② 円筒を振動させながら、印加磁場の関数として、電圧を測定する。
③ 印加磁場と円筒の直径の値は測ればわかるので、排除された磁束を求める。

得られた結果は、磁束がΦ_0=hc/2e (誤差20%)で量子化されているものであった。

Deaver-Fairbankの実験が始まったころ、 C.N. Yang(Yang-Mills Theoryで有名な理論家)はStanford大学に滞在していた。 Yangは実験データを見せてもらい、 Byersとともに理論的な考察を行った。そして、自由エネルギーがfluxの関数として周期的に変化し、その周期がhc/2eであることを理論的に示した。 その論文の最後には、磁束量子化は、 Cooper対が超伝導を担っていることの直接の証拠であると結論づけている。[6]

6. リトル・パークスの実験

量子化されてるのは磁束ではなく、フラクソイドであるということを初めて実証した実験である。1962年、Byers-Yang の報告を受けてなされたものである。自由エネルギーの変化は Tc の外部磁場に対する振動的変化として観測されるというものである。このとき、転移温度はパラボライックに変化し、hc/2eの間隔で規則正しく配置されている。この振動はLittle-Parks振動と呼ばれる。詳しくは、朝倉物性物理シリーズ『超伝導』家泰弘を参照のこと。[7]

7. この実験の何が凄いのか

以上の議論を見ればわかる通り、ドール・ネバウワーとディーバ―・フェアバンクの実験には主に二つの意義がある。それは、
・巨視的な量子現象としての超伝導を観察
・Cooper対が超伝導を担っていることの直接的な証拠を提示した
すなわち微視的な理論としてのBCS理論とマクロな量である磁束が結びついたということである。

参考文献

[1] F. London, Superfluids (Wiley, New York, 1950), p. 152
[2] 大塚泰一郎: 超伝導入門 第6章: ギンスブルグ-ランダウ理論 (1). 低温工学 35, 6 (2000) 279
[3] J Low Temp Phys (2011) 163: 215–237
[4] R. Doll and M. N ̈abauer, Phys. Rev. Letters 7, 51 (1961).
[5] B. S. Deaver and W. M. Fairbank, Phys. Rev. Letters 7, 43 (1961).
[6] N. Byers and C. N. Yang, Phys. Rev. Letters 7, 46 (1961).
[7] 家泰弘, 朝倉物性物理シリーズ,『超伝導』 p.14
[8] J. Mercado/Stanford News Service ヘッダー写真


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