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手間のかかるミルクティー

「コーヒーと紅茶、どちらにいたしますか?」

「紅茶で。」

世の中でどんなにコーヒーがもてはやされようとも、二人揃って紅茶を頼む。
それが由香子と二人でいる時の私の習慣だ。



久しぶりに、由香子から呼び出された。

幼稚園から高校まで付属の私立学校に中学から入学した私にとって、中学1年生のクラスが一緒だった、というだけの繋がりで在学中の6年を一緒に過ごした由香子は見栄を張らずに居られる数少ない友人だ。


卒業後もたまに連絡はとるものの、そう頻繁に会うわけではなかった。
基本的に受け身の彼女から誘ってきて、しかも進んで食事場所も予約すると言うから、少しいぶかしみながら待ち合わせ場所にむかった。


絶対なにか言いたいことがあるはず。


そう覚悟していたのに、溢れるくだらない話の連鎖であっという間に1軒目が終わり、深夜まで営業するカフェへ移動した。

「あれ、何かあると思ったのは私の思い過ごしかな」

そんな楽観的な気持ちに身を委ねそうになった頃、彼女は告げた。


「結婚することになったの」


「おめでとう」

条件反射で言っていた。
棒読みで。
祝福する気持ちが伴っていない、平坦な私の声色に彼女は明らかに落胆していた。

「まぁ、そんなもんだよね」


大喜びできなかった理由は簡単で、私が由香子に彼氏がいたことすら知らなかったからだ。



正直に言うと、学生時代の由香子は男ウケが非常に悪かった。
人見知りで、ちょっと暗い。
残酷なほど女としてランク分けされる男女共学校で、彼女はかなり低い位置に居たと思う。
そばかすが見えるほどに白い肌、丸い輪郭と同じように丸い目。どちらかと言うと愛嬌のある顔だからこそ、傍で見ていて驚くほどの不人気ぶりだった。


そんな彼女は高校卒業後に女子大に進学し、アルバイトは女の子ばかりのアイスクリーム屋を選ぶという「ザ・女子ワールド」を満喫していた。

ほとんど男性との接点がない生活の中でも、彼女なりに勇気を振り絞って人生で初めての告白をしてフラれたり、高校時代に好きだった大人しい男の子と付き合ったかと思ったら「手も繋がずに別れた」と短期間での破局報告をしてきたりしていた。


私はそんな報告を受け度に「高校までうまくいかなかった分、今になって中学生レベルから体験しているんだなぁ」と高みの見物をしていた。


そんな彼女が、結婚。


そこに至るまでの出来事を何も聞かされていない私。
中高で一番の友達を自負していたのに。


私の知る処女性を持った由香子は、目の前の彼女本人によってかき消されてしまった。



デザートセットでついてきた紅茶が、3分の1くらい残っている。

彼女の報告を受けて、急に空っぽの器になった私はぼんやりとそれを眺めることしかできない。
「こっちには中身があるなぁ」なんて意味のない自虐のセリフが浮かんだから、紅茶と一緒にそれを飲み込む。


一方由香子は結婚式や入籍などの「未来」の話をしている。
そういえば、高校を卒業してからの私たちの会話は過去ばっかりだったんだなぁと今更気付く。

「結婚式の日は空けておく」と半年以上先の約束をして、その日は別れた。



後日。

最初の報告をもらった時に良いリアクションができなかったことを冷静に反省した私は、同じく中高時代を共に過ごした女友達2人を巻き込んで結婚式の1週間前にプレゼントを送った。


非常に喜んでいるリアクションをグループメッセージで確認してから、結婚式当日を迎えた。高校時代に二人してずっとハマっていた邦ロックがひたすらBGMで流れ、彼女の好きなブルーでまとめられた結婚式。
全く派手じゃないのに、とても彼女らしかった。



街がクリスマスムードになったころ、プレゼントに協力してくれた友達2人を交えた4人で新宿のビストロへ。


たわいのない話であっという間に3時間が経った頃、由香子から結婚プレゼントのお礼と共にプレゼントのお返しが。

きゃっきゃ言いながら開けたら、出てきたのは紅茶の葉。

「3人をそれぞれイメージして選んだの」

はにかむ彼女から私が渡されていたのは、冬にぴったりの「ロイヤルミルクティーに向いています」と説明書きがついた細かい茶葉。



ねぇ、ロイヤルミルクティーが大好きなのは由香子でしょ。

ずるいよ。

私の好みを作り上げたのは、濃密な6年を過ごしたあなただってわかって渡しているの?


あなたと離れてから、家で飲むのはコーヒーメーカーからワンタッチで出てくるコーヒーばっかりになっちゃってたよ。
茶葉からロイヤルミルクティーを淹れるなんて、そんなに時間をかけたら、あなたの事を思い出さずにはいられないじゃない。

もう、こうなったら、この冬はいくらでもあの6年間に浸ってやる。

君の好きな、ロイヤルミルクティーと一緒に。


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