1ミリも諦めないサポーターと、1ミリも諦めなかったストライカーの話。
3月26日、J3リーグ第3節・SC相模原対テゲバジャーロ宮崎戦は、サポーターの諦めない気持ちが決して諦めなかった選手を後押しする劇的な試合になった。
相模原には、春の訪れを告げる凄まじい暴風が吹き荒れていた。
両クラブの旗や応援の横断幕などは一切掲揚できず、またピッチ脇のスポンサーの看板も、重石を乗せて寝かせた状態とするなど、強風により相模原ギオンスタジアムの光景は普段とは異なるものだった。
この強風は、試合の行方をも大きく左右した。
試合前のコイントスでサイド選択権を得た宮崎がサイドチェンジを要求すると、前半は風上になった宮崎が相模原を圧倒する攻勢に出た。
相模原のクリアボールは距離を稼げず失速して自陣に舞い戻り、延々と宮崎のセットプレーの脅威に晒され続けた。
風だけではなく、選手間の位置関係や宮崎のハイプレスに苦しめられたことも重なり、前半は防戦一方の試合展開が続いた。
相模原も粘り強くセットプレーを耐えてギリギリのディフェンスを続けていたが、前半終了間際のラストプレーで宮崎にゴールをこじ開けられ、痛恨の失点を喫した。
ハーフタイム中は、スタジアムをどんよりとした空気が支配していた。
前節・アウェイいわき戦では、思うような展開に持ち込めず後手に回り、90分の苦しい戦いを強いられて敗戦した。
前節から続く嫌な流れが、どうにも断ち切れない。
そんな空気だった。
サイドは変わって後半。
SC相模原・高木琢也監督は、DF夛田凌輔・MF藤本淳吾・FW藤沼拓夢を投入する3枚替えを断行した。
そしてこの後半、DAZNに加入している人は、どうか45+6分をフルで見てほしい。
スタジアムに響くドラムとクラップの音が全く鳴り止まないことに、きっと気付くと思う。
空気を変えようとまず動いたのは、SC相模原の12番・サガミスタだった。
ゴール裏のSC相模原サポーター達は、相模原がチャンスの時などに流す応援パターン「SAGAMIHARA CLAP」を後半キックオフからひたすら打ち鳴らし続けた。
ゴール裏に促されて、メインスタンド・バックスタンドも手を叩き続けた。
攻めよう。そして、エナジー溢れるフットボールを。
クラブの12番を背負う存在としての矜持を感じる、執念の応援だった。
チャンスだろうが、ピンチだろうが、関係ない。
5分、10分、まだ打ち鳴らし続ける。
諦めないサポーターの気持ちと手拍子に応えたのは、藤沼拓夢だった。
後半11分、胸で落としたボールをそのまま蹴り込むと、ボールはドライブ回転してゴールネットを揺らした。
ボールが意志を持ったかのように急降下し、まるで入ることが初めから決まっていたかのようにゴールに吸い込まれていく光景に、一瞬喜ぶのを忘れてしまった。
藤沼拓夢は2019年に前十字靭帯を損傷してから度重なる怪我に見舞われ、この試合が実に3シーズンぶりの出場となった。
昨年末、前所属クラブ・大宮アルディージャを退団する際に、藤沼はこんなコメントを残していた。
大宮退団後、未所属選手のJリーグ復帰を後押しするプロジェクト「Reback2022」に参加した後、相模原キャンプに練習生として加入し、開幕間際に新加入発表がされた苦労人の、胸がすく思いのする復帰弾だった。
同点弾後もSAGAMIHARA CLAPは続く。
ボールがタッチを割ろうが、相手のセットプレーになろうが、一時も休むことなく、ドラムは鳴り続け、手拍子が響き続けた。
水本裕貴が肩を負傷して試合が一時ストップするまで、実に40分あまりに渡って、SAGAMIHARA CLAPはノンストップで打ち鳴らされた。
87分、自陣から石田崚真が蹴り出したボールは、右サイドを大きく食い破り、これに直前に途中交代で出場していた船山貴之が走り込み、速く低いクロスを入れた。
ボールが飛んだ先に走り込んできたのは、またしても藤沼拓夢だった。
ドンピシャで合わせられた右足から放たれたボールは、再びゴールネットを揺らした。
諦めないサポーターの気持ちは、諦めなかったストライカーにまたしても届いた。
その後は宮崎の攻勢を凌ぎ切り、前節の敗戦を払拭する逆転勝利でこの試合を飾ることが出来た。
試合終了後、バックスタンドで見ていた自分の手は真っ赤になっていた。
周囲からも「もう叩き過ぎて手の感覚ないよ笑」という声が聞こえてきた。
バックスタンドですらそんな状況の中、最もアグレッシブに後押しを続けたゴール裏サポーターの方々には、敬服の念すら感じてしまう。
特に、ドラムを一心不乱に休まず叩き続けていた人達の手が試合後どうなったか、想像に難くない。
諦めないと口で言うことは、とても簡単なことだけれども、それを実際に体現するのは本当に難しいことだと思う。
むしろ、世の中簡単に諦めてしまうことの方が余程多い。
けれど、SC相模原というクラブには、これまで築いてきた「諦めの悪さ」がある。
それは、選手が入れ替わろうが、チームが変わろうが、スタジアムに、スタンドに、僕達の心に、きっと深く根付いている。
そう感じずにはいられなかった。
そして、その諦めの悪いサポーターの想いは、きっとこれからも選手に届き続けると感じた。
諦めないサポーター、諦めなかったストライカー。
思いは繋がる。この先も。
次節へ、秋へ、その先の未来へ。
『行こう。もっともっと上に。ひとつになりながら。』
諦めの悪いサポーターの気持ちが、SC相模原のフットボールを完成させると信じて。
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