サッカード素人の相模原市民が奇跡の大逆転勝利に大泣きした話
今思い出してもまだ目が潤む。
試合後、挨拶に来てくれた選手の中には、目元を真っ赤にしていた選手もちらほらいた。
ゴール裏にも涙を拭うサガミスタがたくさんいた。僕もその一人だった。
11月21日、J2リーグ第40節・愛媛FC対SC相模原は、とてつもない試合になった。
今季残り3試合。愛媛県ニンジニアスタジアムで行なわれた今節は、共に勝ち点34で降格圏からの脱出を目指す両チームの、J2残留をかけて生きるか死ぬかの大一番となった。
最近のアウェイゲームでは相模原のゴール裏に座ることが多い。
出来ればメインスタンドなどで落ち着いて試合を見たいと思っていたが、残留争いが佳境に入ってからは、落ち着いて観戦できる余裕など全くなく、遠く離れた地でホームサポーターに囲まれながら戦う選手を少しでも応援したいと思い、ゴール裏に座るようになった。
そのうちに、皆で応援して喜びも悲しみも分かち合う感覚が楽しくなってきて、今節も迷うことなくゴール裏のチケットを買った。
試合は前半から終盤にかけて、愛媛が優勢に進めていた。
相模原はビルドアップが上手くいかずインターセプトされたり、愛媛のハイプレスを受けて前を伺う機会を作れずに苦戦していた印象を受けた。
試合はそのまま進みつつ、やや相模原も前がかりに攻めるようになってきた83分、先制したのは愛媛だった。
1対1を微妙に愛媛に有利な形で進められ、それが積み重なり、最後は前線でのパスワークに翻弄され、相模原のディフェンスを綺麗に崩された美しいゴールだった。
このときは否応なく気落ちしてしまった。ホームの大勢の愛媛サポーターが喜ぶ姿が見えた。
けれど、降格圏に沈みながらも、試合終盤に大逆転劇を演出してきた相模原を、僕は知っている。
崖っぷちの崖っぷち。諦める気にはなれなかった。
そして、ここから奇跡が起こる。
相模原は、#31木村と共に、復活の194cmのハイタワー・#5梅井を投入し、その梅井をターゲットにロングボールを集めるパワープレーに切り替えた。
終盤の梅井投入によって空中戦を制するようになった相模原は、ジリジリと愛媛陣内へと攻め入った。
そして89分、梅井のロングスローが愛媛GKの手に触れ、そのままゴールインするという、あまりにも珍しい同点オウンゴールが生まれた。
気力と体力、全てをぶつけ合い絞り出し尽くした終盤に、理屈では考えられないようなプレーが起こる。それがよく分かるシーンだった。
ゴール裏も一瞬困惑した。
おそらくボールの軌道が少し変わっていたようには見えたが、タッチがあったかどうかを確認し、ツーテンポほど遅れて喜びが溢れた。
最終盤、試合は同点で勢いを得た相模原が次々に愛媛ゴールに迫る急展開となった。
そして90+6分。
試合終了間際、相模原が追加タイムで何度目かのカウンターを仕掛けた。
#38成岡の見事なスルーパスを受けたのは、途中出場したスピードスター#22中山だった。
鮮やかな飛び出しでディフェンスを完全に引き剥がし、やや遅れて飛び出た愛媛GKとの1対1になった。
中山がサイド方向へGKを振り切り、そのまま右足でボールをゴールへ流し込んだ。
難しい角度からのシュートだった。
けれど、ボールは間違いなく、無人のゴールへと吸い込まれていく。
サイドネットが揺れ、ゴール裏が歓喜に湧いた。この世のどんな言葉でも言い表せないような、凄まじい熱気を孕んだ空間だった。
逆転弾を決めた中山が広告看板を乗り越えて、ゴール裏の僕達の元へと向かってくる。
ベンチメンバーも全員飛び出してゴール裏に向かってくる。
途中交代した松橋が、藤原が、
同じく交代してアンダーにビブス姿の鎌田が、
黒いウェアの星が、黄色いキーパーユニフォーム姿のアジェノールが、三栖フィジカルコーチが、
全員、これ以上ない満開の笑顔で全力疾走して向かってきた。
誰一人諦めずに勝利に向かうチーム。あの駆け出す皆の姿を見てから溢れる涙が抑えられなかった。
中山とベンチメンバー、そしてゴール裏の全員で逆転弾を喜んだ。
そしてラストワンプレー、愛媛の攻勢を凌ぎ切り、長い笛が鳴った。
勝利が決まった時に手を膝について涙を流したのは初めてだった。
それだけサッカーの魅力と恐ろしさが詰まった試合だったと思う。
試合終了後の高木監督のコメントにもあったように、
「ともすれば、我々が逆の立場になることもあるゲーム」
だった。
相模原にとっては奇跡のような試合だったが、
もし致命的なミスがこちらに出ていたら、
もし同点弾の直前のプレーでファールを取られてPKを献上していたら、
もしレフェリーのオンサイドジャッジが正しく行なわれなかったら……。
色々なたらればを考えてしまい、興奮の後にある種の恐怖を感じた。
試合後しばらく、愛媛FCのゴール裏のサポーターは微動だにしていなかった。
場内MCや場外案内MCも一様に落胆を隠せない声色だった。
奇跡の歓喜の裏側には、悪夢がある。
そして、それはほんの少しの差であったり、あるいは運に委ねられることもある。そう感じた。
今節の劇的勝利で、SC相模原は残留圏内の18位へと浮上したものの、まだ降格圏との勝ち点差はなく、状況は全く予断を許さない。
だが、SC相模原にとって、残留争いをしている現状は悲しく辛いことではない。
クラブ創設初のJ2リーグ参戦、相模原にとってのの残留への挑戦は立派なチャレンジだ。
シーズン中盤では、残留圏に勝ち点差6をつけられて最下位に沈んでいた時期もあった。3ヶ月近く勝てないこともあった。
けれど、クラブの積極的な補強と選手やスタッフの頑張りで、ここまで這い上がってきた。
「このクラブなら、きっとやってくれる」と思える空気が、相模原にはある。
この奇跡の逆転勝利を、伝説的なJ2残留劇へ。
残り2試合、SC相模原と共に全力で。
2週間後の最終節、ゴール裏でまた皆で笑えるように。
頂いたサポートは自分自身の文章の肥やしにできるように、大事に使わせていただきます。本当に励みになります。