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信じているから。

彼がボールを持って一歩踏み出す瞬間、身が焦がれるような感覚に支配される。
足元のボールから視線を上げて、周りの選手達を視界に収めた時、次のプレーを待つ自分の心臓の鼓動が聞こえそうになる。
スペースを見つけて走り出した時、相手の間を縫ってパスを出す時、そしてシュートを打つ時、一瞬で心が沸き立つ。

記憶にも身体にも何度も何度も灼き付いた強烈な感覚。
彼を追いかけて、僕は何度でもスタジアムへ行く。


FC岐阜・背番号15、浮田健誠選手。

昨季、僕の地元クラブ・SC相模原に在籍していたが、今年はFC岐阜へ移籍して新たなシーズンを迎えた。

去年の冬、相模原で一番応援した彼と別れなければいけないと知った時のことを思い出すと、今でも胸が苦しくなる。

けれど、彼の所属クラブが何処になっても関係ないと割り切れた。

1年間、苦しい場面辛い場面をたくさんあった。その中でもがいて努力する彼の姿を見てきた。
嬉しいことも悔しいことも沢山共有した気になれたし、彼を応援することで多くの感情をもらえた。

それほど沢山の感情をもらったのだから、最早所属クラブは関係がなかった。

もう、一生応援すると決めている。
今季、僕はSC相模原の試合を見に行く傍ら、彼のプレーを見るためにFC岐阜の試合を見に行くようになった。

幸いなことに、相模原から岐阜までは車や新幹線を使えば日帰りでも観戦できる。

初めてFC岐阜の浮田健誠を見に行った3月。

メンバー発表で、相模原以外のクラブの選手として彼の名前が呼ばれるのはちょっとだけ不思議な感覚だったけれど、
名前を見た時のワクワクした感覚は全く変わらなかった。

その試合と次に見に行ったホームゲームは岐阜が勝利を収め、途中出場した彼の良いプレーも見れ、とても嬉しくて満ち足りた気分で岐阜を後にした記憶がある。

去年の相模原では、チームの成績が奮わなかったこともあり、真顔で見送ったり顔を見れなくて俯いてしまったり、辛く悲しい思い出が多かった。その分、新たな場所で満面の笑みで試合後の彼を見れたことがとても嬉しくて、この気分をまた何度でも味わいたいと思った。

しかし、長いシーズン、そしてプロがしのぎを削る世界はそう楽しいことや嬉しいことだけにはならない。

4月末のアウェイ宮崎戦、久しぶりの先発出場だった。

宮崎は去年も久しぶりのスタメンを勝ち取った地だった。
去年、スタメン発表を見た時に、スタジアムに向かってレンタカーを運転しながら嬉し泣きしたのを思い出した。
とてもワクワクしながらスタジアムへ向かった。

しかし、浮田は試合開始直後からあまり調子が良くなさそうに映った。そして、しばらくすると、ピッチに倒れ込んで試合が止まった。
トレーナーとベンチへと引き上げる歩き方を見て、「肉離れだ」と分かってしまい、思わず天を見上げた。

そこから、1ヶ月程度の負傷離脱。

「怪我はじっくり治して、焦らずに〜」といったようなメッセージをよく見聞きする。
僕も本当はそう思いたいけれど、選手の気持ちになって考えたら、実際に焦らずにじっくり治そうとするのは無理だと思い知った。

一週間、自分のフットボールを磨いてチームメイトと切磋琢磨し競争して、週末の試合に出て、キャリアをかけて死にものぐるいで向かってくる対戦相手との闘争に全力を注ぐ。
そんなJリーガーの時間を何週間も奪われてしまうのは、本当にもどかしい感覚になる。

この焦燥感を理解してから、「ゆっくり治そう」という言葉は掛けられなくなってしまった。


怪我から復帰したあと、しばらくは途中交代での出場が続いたが、今はまた試合に出れない期間が続いている。
出れない理由は僕の分かるところではないが、きっととても悔しく辛い思いをしているのは分かる。

毎週、メンバー表に名前が無いのを見て、落ち込まないと言ったら、正直嘘になる。彼のプレーが見たい。
フットボーラー・浮田健誠のプレーを見て、一喜一憂したい。
またあの情熱的で満ち足りた幸せな時間を味わいたい。
そして、彼のシュートでゴールが揺れる瞬間を見たい。

本当に、見たくてたまらない。

最初はひょんなことから応援していたけれども、時間が経つにつれて、応援することが当たり前になり、そのなかで彼のプレースタイル・考え方・やりたいこと・なりたい姿が段々と分かってきた。

試合に出場したら、一挙手一投足が全てキャリアに結びつく。応援をしていれば、良い日や楽しい日もあれば、辛い日や悲しい日もある。
彼が重ねてきた時間を少しでも知れたことで、一つ一つのプレーでより感情が動くことになった。

そうして日々を重ねて行く内に、気付けば彼は僕の中で普通のサッカー選手ではなくなった。
彼が目の前の目標を達成していく姿や、なりたいフットボーラーに近付いていく姿を追いかけるのが、僕のエネルギーになるようになった。


アスリートは本当に大変な仕事だと思う。
僕も仕事で嫌なことはあるし、駄目な日は落ち込む。
けれど、僕は職場に行けば自分の仕事がある。出来不出来は確かにあるけれど、職場に行けば当然のように役割が与えられていて、それをこなしたり周囲と協調すれば仕事が出来たことになる。

彼のように、自身が仕事をする場すらも自分の力で常に切り開き続ける必要はない。
そう思い知る度に、僕の日々の仕事はこんなものかと乗り越えられる勇気が湧いてくる。

そして何より、試合に出れなくてプレーできなくても、彼が努力し立ち向かっているのを僕は知っている。
間違いなく彼は今も心を奮い立たせて、自分に矢印を向けて戦っていると分かる。
これまで応援してきた時間が、直感的に僕にそう教えてくれている。

だから、たとえ試合に出れなくても、僕はフットボーラー浮田健誠に、日々を生きる勇気をもらい続けている。

彼をサッカー選手だけでなく、人間としても本気で信じているから、この苦労も無駄にならないと信じているし、また心を燃やして応援できる日が来ると確信している。


勇気をもらって、元気を蓄えて、僕は明日も日々を生きる。

大丈夫。
またピッチで躍動する彼の姿が見れると、全力で信じているから。


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