女の人はなんであんなによく泣くんだろう?
はじめまして! トランスメス猫の小鈴よ! 「トランスメス猫」って何って? 人間にもトランスジェンダーっているわよね? あたしは自分から望んで不妊手術をしてもらって、オスからメスに変わったの。
そんなことあたしから獣医さんに頼めるわけないよね。あたしは、ここのキャンプ場に住んでるんだけど、オーナーさんが飼い主なの。「パパさん」って呼んでるんだけど、パパさん、なぜか猫語がわかるのよ! あたしも人間語がわかるんで、パパさんにお願いして、獣医さんに連れてってもらったってわけ。パパさんは、トランスジェンダーというか多様性に理解があるの。
キャンプ場の場所は内緒だけど、都心から車で2時間ぐらいの山の麓にあるの。ごく普通のオートキャンプ場だってパパさんは言うんだけど、女性への配慮が行き届いていて、パウダールームとかお風呂が充実してるのね。それで女性ソロキャンパーがたくさん来るの。
先日のこと。夕方の涼しい風にあたりながら、キャンプ場内をパトロールしてたの。パトロールって言っても、ごはんのお裾分けをくれるお客さんがいないか、見回ってるだけなんだけどね。けっこう広いキャンプ場だけど、全体的に平ら。ただ草木が多くて、木登り遊びには事欠かない。西側に山がそびえていて、日が暮れるのがちょっと早いみたい。
平日だからか、お客さんが少なくて、とても静かだった。はじっこのほうのサイトにようやく女性ソロキャンパーがいるのを見つけた。女性って猫好きが多いから、おいしいものをくれるのね。白身のお魚とかもらえるんじゃないかって、期待して近寄っていったの。もちろん甘い声で「ニャア」って言いながらね。
3mぐらいまで寄ったんだけど、その人、ぜんぜんあたしに気づく様子もないの。もっと近寄ってよく見たら、泣きながらスマホで電話してた。30代後半ぐらいに見えたわ。あたしは気になって、気づかれないように女性の後ろに回って、彼女の声を聞いたの。
相手の声は聞こえない。
「何で、今のお仕事を続けちゃいけないの?」
「世間体が気になるの?」
「どうして、わかってくれないかな?」
「私がどんな思いで、今のキャリアを築いてきたと思うの」
「絶対辞めない」
女性が涙声でこんなことを言いながら、背中を震わせているのよ。
想像するに、この女性はきっとふだんは忙しく働いている「バリキャリ」って呼ばれる人なんだと思う。何でそんな言葉を知ってるかというと、お客さんから聞くのよ。ただ言っている女性のお客さんは、どちらかというとネガティブなトーンで使ってるけどね。たぶん男性なら「バリなんとか」って言われないからだと思う。これがジェンダーの壁ってやつなのかな?
呼び方は置いといて、とにかく全力でお仕事に打ち込んできた女性だと思うのね。その分、色恋沙汰からは遠ざかっていたのだけど、彼氏さんができて、結婚することになったんだろうね。女性は結婚後もお仕事を続けるつもりなんだけど、彼氏さんが「結婚したら仕事を辞めて、家事に専念してくれ」とか言ったんだろうね。それでけんかになった。
女性はいったん気持ちを整理しようと、なかなか取らない有休を取って一人でキャンプにきたんじゃないかしら。自然の中で心と体を癒やしながら、彼氏さんとの将来を考えようと思った。ところが彼氏さんから電話がかかってきて、口論になって、何でわかってくれないんだろうと泣いちゃった。――あたしの勝手な想像だけど、当たらずとも遠からずじゃないかな?
あたしが思ったのは、せっかく休みまで取って自然の中で癒やされようとしたのに、電話して泣くなんてもったいないなあ、ということ。スマホの電源なんか切っちゃって、一人の時間を満喫してほしかったなあと思うのよ。
それにしても人間の女性って、何でこんなによく泣くんだろう。あたしは泣いたことがないからわからないの。涙がかれないのが不思議。猫とは比べものにならないほどお水を飲んでるからかな?
それ以上に思ったのは、彼氏さんのこと。ちょっと時代遅れかなと心配になった。だけど、そんな男はまだまだ多いみたいね。この女性みたいなお客さん、実はけっこういるの。
あたしは、そんな女性たちと比べて自由で良かったなあと思う。だけど、この「バリキャリ」の女性だって、結婚ということにこだわらなければもっと自由になれるのになあと思うのね。あたしが猫だからかな?
パパさんだったら、どうやってこの女性を慰めるかな? パパさんも「バリキャリ」だった時代があるから、きっとステキなアドバイスができたと思う。それとも言葉なんかかけずに、ただハグするだけかな? パパさんだって、泣きたくなった経験があったに違いないのよね。
ん、パパさんが「バリキャリ」だったって、どういうことって? そのうちお話しするわ。
あたしはこの女性が気になって、しばらく陰から様子を見ていたの。電話を切ってから5分ぐらい肩を震わせてたけど、突然立ち上がって晩ごはんの支度を始めたんだ。これはチャンスと思って、もちろんその場で待機したわ。
もう日が沈みかけてた。女性は慣れた手つきで薪に火をつけて、お鍋を作りはじめた。あたしが「ニャア」と甘えた声で寄っていくと、「あら、かわいい三毛ちゃん」と言って、タラの白身をちょっとくれたの。おいしかった!
30分ぐらいで星空になってきた。女性の顔が焚き火で照らされる。涙はすっかり乾いていて、あたしを見ながらニコニコしてる。元気になってくれたみたい! よかった!
あたしは「がんばる女性には、きっとお星様からのご褒美があるよ」と言いながら、今日もいい日だったなと思った。あたしも元気をもらったから。そして、パパさんに報告するために管理小屋に帰っていったの。