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「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 第十六話

 まだ山にさしかかっていないじゃないか。このうっそうとした奥なのかと思った。初めは道らしき幅があったが、だんだん細くなり枝が前をふさぎ始めた。
 
 これって獣道じゃないのか、ゴールがあるのだろうかと思った。
 
「結衣さん、まだまだ、ですか。」と尋ね、いい返事を期待したが、
「地図からいうと、あと七キロほど行くと一旦平地になって、その一キロ先まで登った頂上がゴールのようです。その場所から会社の土地が一望できるようです。」
 
「わかりました。頑張ります。」とか細い声で言った。
 
 四人は縦に一列で歩いていた。すると、結衣さんが一旦ここで休みましょうかと言い休憩を取った。
少し経つと、此処からは私が先導しますと佐々木刑事が言った。
 
 結衣さんに、地図を貰えるかと言って受け取っていた。
「じゃ任せるわ、お願いね。」
 
 四人は一列になって歩きだした。女性二人に励まされながら頑張っていたが、体力のない私は佐々木刑事とかなり間隔が空いたので、二人に先に行って下さいと話し、二人は追い越して行った。
 
 しかし、二人が見えなくなったと思ったら、何かにつまずき足元を掬(すく)われた様な感じになり右の斜面を転げ落ちた。雪で滑りやすくなっており一挙に落ちていった。
 
 伊藤さんが遅い私を気遣い戻って来てくれていたため、滑り落ちる私を見ていた。運良く小さな木にリュックの肩紐が引っ掛かり、ストッパーの役目を果たして止まった。
 
 伊藤さんの私を呼ぶ声に気付き、戻ってきた佐々木刑事と結衣さんも伊藤さんのところにやってきた。
 
 佐々木刑事は、転ばぬ先の杖である登山用ロープを木に引っ掛けゆっくり降りてきて、私を上まで引き上げてくれた。幸い骨折等は無く擦り傷程度で済んだ。
 
 心配そうな顔をした伊藤さんが、
「先生、お怪我はありませんか。」
 
「大丈夫。擦り傷ぐらいだよ。」
 
「足を滑らせたのですか。」
 
「いや、何かが引っ掛かったみたいだったが。」
 
 胸騒ぎはしていたが、周りに誰かがいたわけでもないし、落ちていく時に上を見たが誰もいなかった。
 
「大丈夫なのでそろそろ行きましょうか。」
 
 結衣さんが、先生、また今度になさいませんかと言ったが、足が折れているわけでもありませんし、この山を見なければこれからが始まらないのでと言い、行きましょうと告げて出発した。
 痛くなったらやめましょうねと伊藤さんから言われ、そのようにするよというと、佐々木刑事が、伊藤さんの言うことは聞くようにしましょうね、と言った。何か変な感じだった。
 
 伊藤さんが元気よく、
「それではみなさん。出発進行。」
 
 それから三十分ぐらい歩いた。佐々木刑事がみなさん到着しました、頂上ですよと言われほっとした。
 
 三人が、頂上からの眺めに浸っていると、結衣さんが、あの左の尾根からあの右の山の麓までが会社の所有みたいですと説明した。
 
「結衣さん、人が立ち入れるような場所ではないですね。二朗さんは関西に出張していたということですがお爺さんも関西に出張していたということはありませんでしたか。」
 
「そうですね。出張はしていましたが、私はその頃、会計ではなく発注などの事務でしたので祖父の動向はあまり存じておりません。」
 
「関西、とりわけ奈良に友人とかはおられませんか。」
 
「そもそも祖父は宮城県の出身で、集団就職で東京の金物会社に就職した後、小さな不動産会社に転職し、そこで夜間の工業高校に行ったあと、卒業と同時に今のASAKURA建設の前身である浅倉工務店を作ったそうです。
 その後、埼玉のベッドタウンで成功し、今のASAKURA建設の礎を築いたと聞いております。ですから、関西、とりわけ奈良に友人はいないと思います。祖父が奈良に土地を買っていたことを知ったのは経理を見てからです。」
 
 そうですか。ということは縁もゆかりもない土地を買った意味はどこにあるのだろうか。
 しかし、この景色、何か気になるなあ。ここから見ると価値のない単なる山林という感じだが、私には分からないものが隠されているのだろうか。
 
「伊藤さん。写真を沢山撮って下さいね。」
 
「はい、ちゃんと取れるように一眼レフを父から借りてきました。」
 
「さすが伊藤っちだ。」
 
「先生。申し上げますが、苗字に(っち)はございません。セクハラと言われても仕方ないのでは。」
 
 すると、結衣さんが、
「喧嘩するほど仲がいい・・ですか、先生と伊藤さん、ほんと微笑ましいですね。」
 
「いやいや、わたしが、いつも叱られています。」
 
「先生。それでは、私がいつもガミガミ言っているように聞こえるじゃありませんか。」
 
「信頼し合っているのですね。」
 
 佐々木刑事は、伊藤さんのカメラを覗き込みながら、
「ところでそのカメラ、デジタルカメラじゃなくプロ仕様の本格的なカメラじゃないですか。それを扱えるなんて凄いですね。」
 
「いえいえ、小さいころ父とよく野鳥の写真を撮りに山や川に行ってましたので、その時に扱いかたを教えてもらいました。」
 
「伊藤さんって、結構アウトドア派ですね。意外な一面を見ましたね。」
 
「子供のころはおてんばでした。」と笑顔いっぱいで話していた。
 
 写真を撮り終えた私たちは、また険しい道を降りて行った。途中のスーパー銭湯で汗を流したあと、近鉄奈良駅へ向かった。車の中では山の話になった。土地としては広大な土地ではあるが、正直、価値はあまりないように思える山であったと話した。
 
 その後、近鉄奈良駅から近鉄難波駅へ。
 
 到着後、ロッカールームからカバンを取りだし、大阪メトロに乗り継いで新大阪駅へ向かった。道中疲れもあってか、あまり会話が進まなかった。
 
 午後六時三十分新大阪駅に着くと、駅中でお弁当を買って新幹線で晩御飯を食べた。食べ終わった四人は終点東京までぐっすりと眠った。
 
 東京駅からは、結衣さんの車で一人ずつ家まで送ってもらったが、私は最後だったので一つだけ彼女に聞いた。
「結衣さん。一つお聞きしたいことがありまして。」
 
「なんでしょうか。」
 
「今日の出張の件、どなたかに話しましたか。」
 
「ええ、明子叔母さんと明雄君には」
 
「そうですか。ありがとうございました。」
 
「よくなかったですか。」
 
「いえいえ、たいしたことではありませんので。」
 
車は、玄関先に止まった。
 
「では、ここで。ありがとうございました。」
 
車は走り去った。滑り落ちたことや誰かを感じたことが気になったが、明日の伊藤さんとの会議のため早く就寝した。
 

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

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