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「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 第七話

第四章 点と点
令和3年1月29日(金曜日)午前10時10分
オンライン講義中

 進展なく一週間が過ぎ、講義室で。
 
「では、今年度のオンライン講義は今日が最後となります。レポート提出期限は2月15日です。郵便ではなく本学のメールアドレスに送って下さい。尚、学部・学年・学籍番号・名前とアドレスを忘れずに。
 少し余裕のある人は意識と無意識についてのレポートも同時に提出してくれるとうれしいかな。では、来年度は毎日教室でお会いできますように祈っております。」
 
 オンラインを取り仕切る大学スタッフが、
「はい、カット。慣れないオンライン講義でしたが色々と指図させて頂き、お気を悪くされたことと思いますが私共も手探りでございましたのでお許し下さいませ。」
 
「いえいえ。私の方こそ機械音痴なので任せっきりでおんぶに抱っこ状態でした。ご迷惑をおかけしました。ありがとうございました。」
 
 講義室の最上段に立っていた伊藤さんが、
「先生お疲れ様でした。」
 
慣れないオンライン授業も慣れてきた頃に終わったかという感じだ。伊藤さんにも安堵した顔が窺える。スタッフもこの一年大変だったと思う。
 
 コロナなんていう未知のウィルスによる被害の拡大から、2020年の緊急事態宣言による学校閉鎖。その後には授業の形態の変更。そしてオンラインによる講義発信等々、数えきれないほどの苦悩の日々だった。
 
 実際のところ、スタッフから言われるとおりにオンライン授業を行えばいいだけだったから、苦労したとは言えないけれど、身近で見ていたから言えるが、スタッフには感謝しかなく、生徒には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 
 
この一年を思い浮かべながら、
「オンライン講義は寂しく、みんなの顔を直に見ながら教えたいよ。」
 
「先生は、他の先生とは違いますね。みなさん、オンライン講義の方が楽だとお話しされていましたよ。」
 
「そうかなあ。私は学生が目の前にいて私を凝視している姿が大好きだよ。それに直に質問されるのも大好きだ。学生の意気込みが伝わってくるからね。ところで、今日は午後3時に公正役場に行くけど一緒に来るかい。」
 
 はいと言った伊藤さんはすごく不思議そうな顔をしていたが、私はやっと本格的に外堀を埋めにかかることにした。まずは、二つの遺言証書に関してその真相を明らかにするため公正証書遺言を作成した公証人に会いに行くことにした。
 
 伊藤さんは、公証人の先生にはアポ等を取っておられるのですかと聞くので、月曜日に公証役場へ電話してアポを取ったことを話した。
 すると、先生は公正証書遺言が怪しいとお考えですかと尋ねたので可能性は非常に高いとだけ話した。
 
「公正証書遺言を作られた公証人の先生にお会いになられるのですね。」
 
「いや、会いに行くというか、調べに行くというか、ある意味お願いに行くというところかな。」
 
「ところかなあ。」と反復した伊藤さんは、私の言い回しのおかしさに、疑問が頭を駆け巡っているようだった。

 その後、事務局に外出の届を出したのち、大学を出た二人は、地下鉄を乗り継ぎ千代田区にある公証役場のビルの前に着いた。
 
「先生、此処が公証役場ですか。役場っていうから区役所みたいな所を想像していましたが、こんな大きなビルの中にあるのですね。」
 
「一般の人には馴染みがないから分からないけれど、公証役場は法務省が管轄していて、自治体では無い公務員なんだ。
 ただ、普通の公務員と違うところがあって、給与は国からではなく、会社の定款認証や遺言書作成などの仕事の対価として得た報酬が収入になっています。だから、大都市の公証人の収入はかなり高いと思いますよ。」
 
「対価って公務員なのにおかしな制度ですね。」
 
「確かにその通りかも。では行こうか。」
 
「はい。」
 
「ところで、ぎりぎりになって申し訳ありませんが、保証人になってください。借金じゃないので安心してください。私が私であることの証人なので、心配はいりませんから。」
 
 伊藤さんは、ええ、どういうことですかと言いながら先に歩く私に向かって先生と言って追いかけて来た。
 
 私たちは、ビルの中に入り行先のプレートを見つけて五階まであがり、エレベーターの横にある案内板を見て左に折れると、開けっ放しのドアに千代田公証役場と看板があり中へ入った。
 
 そして受付で予約をしております早乙女と名乗った。
 
「早乙女様、お待ちしておりました。右手一番奥の望月公証人が担当させて頂きます。」
 
「ありがとうございます。」
 
 私たちは言われたとおり一番奥のブースに行くとまた受付があり、早乙女と告げると公証人の席の前に案内された。
 
「早乙女と申します。本日はよろしくお願いいたします。」と告げ、伊藤さんの紹介をしたあと席に着いた。
 
 緊張する人もいるのか望月公証人は温和な顔をしながら柔らかい言葉で、
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」。
 
 その後、望月公証人は私の住所氏名と生年月日、そして、身分証明書として免許証の提示を求め、厳重な身分確認をした。さらに職業を聞き、帝央大学で准教授をしている旨を話した。
 
「そうですか、立派なご職業ですね。早速ですが、本日お越しになられた目的は、公正証書遺言を作成したいということでよろしいですね。」
 
「はい。そうです。」
 
 隣で伊藤さんが、首をこちらに向けたり、前を向けたり。かなりびっくりしているようだった。
 
「どなたの遺言でしょうか。お父様ですか、お母様ですか。」
 
「いいえ。私の遺言書です。」
 
 伊藤さんが、思わず、
「えっ。」といったが、私は、彼女を無視して続け「此処に財産の内訳があります。そして、誰に何を残すかが書いてあります。」
 
 早乙女が差し出す文書を受け取った公証人が、
「理路整然と書かれてありますね。これであれば弁護士等が介在しなくても大丈夫なほどしっかりとした内容です。さすが帝央大の准教授でらっしゃる。」
 
「ところで望月先生、財産のほかにも私の思いなどを添えたいのですがよろしいでしょうか。」
 
「構いませんよ。書面にされておられますか。」
 
「此処に。」
 
 胸ポケットから封筒を取り出し公証人に差し出した。受け取った公証人は、封書から便箋を取り出し広げた。かなりの長文に少し戸惑った様子であった。
 
 しかし、内容を全て読んだあと、どのように思ったのか分からないが、素晴らしい思い入れが書かれてありますねと言い、便箋を折りたたんだ。
 
「長すぎますでしょうか。」
 
「いいえ、大丈夫ですよ。遺言書は財産だけではなく付言事項といって思い入れを綴ることができます。付言事項だけでは公正証書にする意味もありませんので必要性に欠けますが、思い入れは遺言者の最後の言葉でもあるので大事なものと私は考えます。」
 
「申し訳ありません。これでもかなり短くしたもので。」
 
「ただ、作成にはお時間をいただきたいので、2週間先の日程でよろしいでしょうか。また、ご連絡をする場合がありますので日中のご連絡先をお願いします。
 ところで、下書きが出来次第確認して頂きたいので、FAX番号も教えて頂きたいのですがよろしいでしょうか。」
 
「分かりました。」
 
「すみません。一つ懸念していることがありまして。」
 
「どういったことでしょうか。」
 
「証人が彼女しかいないのですが、どうしようかと。あと一人を探すことができないのですが。」
 
「それでしたら大丈夫ですよ。こちらでご紹介できますから。」
 
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」

 公証人の先生と日程の調整を行い、二人は公証役場を後にしてビルを出た。
 
 出たとたん早乙女を見上げた伊藤さんが、
「先生。それならそうと先に仰っていただければよかったのに。」
 
「ああっそうだね。びっくりさせちゃったかなあ。」
 
 二人は、駅まで歩きながら、
「そうですよ。それに遺言書の証人だなんて。」
 
「ごめん、ごめん。」
 
「事後承諾は致します。でも、なぜあんな回りくどい事をしたのですか。直接、浅倉さんの遺言の件をお聞きになればよかったのに。」
 
「公証役場に入る前に話したように、公証人の先生は公務員だから個人情報の保護だけではなく秘密保持義務もある。令状もないのに話してもらうことはできない。」
 
「でも、どうして先生が遺言書を作るような依頼をされたのですか。」
 
「二つ、確かめたいことがあったからね。」
 
「なんですか。」
 
「一つ目が遺言書の中身だよ。あの長文を見てもそれほど違和感を抱かれなかった。」
 
「そうですね。長文なので時間を要するとだけでした。」
 
「二つ目が証人だよ。」
 
「先生の証人であれば私のほかに何人でもおられると思いますが。」
 
「いや、いない場合が知りたかった。私も公正証書に携わったことは経験上からもあるけれど、たいがいは証人二人とも遺言者が用意しているのに、二朗さんの証人は二人とも知人でも親族でもないようだったから。」
 
「なぜ、証人にそこまでこだわるのですか。」
 
「いや、二朗さんは公正証書遺言を誰にも知られたくなかったからとしか考えられないからだよ。」
 
「でも、知人ではないことをいつお調べになったのですか。」
 
「橘さんにお願いして、家系図と知る限りの知人の名前をメールしてもらっていたけれどその中にはいなかったからね。」
 
「社員の方ではないのですか。」
 
「その可能性も考えて調べてもらったがそれも違った。」
 
「それで証人の紹介をお願いしたのですね。」
 
「そうそう。それに遺言執行人に選任されていた牧野弁護士が証人でないのも少し不思議だったから。」
 
「どうして、不思議なのですか。」
 
「普通、公正証書遺言なら誰が保証人になっても火の粉はかからない。それに弁護士として遺言執行人になるのであれば、作成する前に作成の代行の委任を受けると同時に証人になるはずだから。」
 
「それなのに証人になっていないのですね。」
 
「もしかすると自分や琢磨さんが関与していないこと。つまり、客観的な立場を殊更に示したかったのかもしれないが。」
 
 なぜという言葉が伊藤さんと話しているうちに頭をよぎった。この段階での推測は禁物だが、やはり親族や知り合いには知られたくなかったと考えるしかない。それは顧問弁護士の田所先生にも知られたくないということで分かる。
 しかし、これ以上の推測が浮かばずこの疑問を払拭するまでの材料がなかった。
 
「何か、分かりましたか。」
 
「いや。現段階では点と点が繋がらない。一旦帰ろうか。」
 
 駅に着いた私たちは切符を買い一路、大学へ戻った。
 

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

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