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「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」最終話(第二十八話)

「ああ。」といって、私は目をばたつかせた。 

「あと一つ。寝たきりの人が亡くなったのに、わざわざ行政解剖をしてもらう意味って無いよね。見守りのカメラをチェックすればいいだけだから。まあ、それを見たので、あわよくば、明子さんの株も手に入れようとしたのかもしれないけれど。」

「その通りになりました。それでは、その時から怪しいと思われていたのであれば、なぜその後も相談に乗っていたのですか。」

「いや、言葉の端々が気になる程度だし、それに、彼女一人であの計画を立てることは難しいと思ったから。」

「でも、田所弁護士とは思いませんでした。」

「私は、佐々木刑事と奈良へ行った時に、佐々木刑事から田所弁護士が結衣さんの母方の祖父と聞いて、この人が絵を描いた人かというのが分かったよ。」

「前にも話したけれど、佐々木刑事もその言葉が引っかかったと言っておられましたね。」

「普通、孫のことを(さん)付けはしないからね。」

「そうか。それでは、なぜ(さん)付けしたのでしょうか。」

「それは、三林教授のおかげみたいだ。」

 「三林教授が、ですか。」

 「三林教授から稀に見る天才だと聞いたと言っていたよね。」

「はい、そうでした。そうか、だから、自分たちの関係性を悟られないほうがよいのではと思って、取り繕うことにしたのですね。それを結衣さんと共有したのか。」

「だから、そのあと・・」

「そのあと。どうしたのですか。」

「いや、ここは推測になるからね。伊藤さんにも常々話しているのに、推測は。」

「解決したのですから、多少の推測は込みでお願いします。」

「それもそうか。分かった。四人で奈良の山を調査に行ったよね。あの時、崖から転げ落ちたでしょ。」

「ええ。あの時は、ヒヤッとしました。」

「たまたま、リュックの紐が枝に引っかかったおかげで命拾いしたけど、仮に、下まで落ちていたら、死ななくとも相当な怪我をしていたはずだよ。」

「佐々木刑事が登山用のロープをもってきてくれていたのはラッキーでした。」

「あの時、滑ったのではなく、紐のようなものが足にまとわりつくような感覚だったんだ。」

「誰ですか。それも結衣さんですか。なんて人ですか、私の教授を。」

 時折、ドキッとさせるよな。

「多分、三林教授の言葉で、そんなに優秀な人間なら排除しようということになったのかも知れない。それほど優秀ではないのにね。」

「教授は、優秀です、とびきり優秀ですが、だからといって殺そうとするなんて。委任を解除したらいいだけではないですか。ほんとに、なんて人ですか。」

「確かにそうだね。ただ、佐々木刑事を介して頼んだのに、委任を解除すると何かあると勘繰られると思ったのかもしれない。これは推測だから証拠もないから。」

「教授、告訴しましょう。ええ、そうしましょう。」

「さっきも話したけれど推測だから。それに、証拠が。」

「教授の推測なら、その辺の証拠より確かですよ。」

「そう言ってもらえるのはありがたいけれども。この話はここまでにしておきましょう。」
「悔しいです。もう一つ罪が重なると思ったのに。」

「戻るけれど、結衣さんが真犯人だと確信に変わっていったのは、マイナンバーカードが出てきたときかな。マイナンバーカードは、私が先に気にかけたわけではないから。」

「どういうことですか。」

「マイナンバーカードの話は、結衣さんが伊藤さんに話したのがきっかけであって、私から言ったわけではないからね。」

「そういえば、結衣さんから言われたので、それもありますねということになりました。それまでは免許証かパスポートでしたから。さすが教授。」

「それに、公正証書遺言の無効の訴えを起こしましょうと言った時、すぐに、はい、分かりましたと言ったこと。」

「すぐに、はいと言っただけで、どうしておかしいと思われたのですか。」

「いや、公正証書遺言の無効の訴えを素人が聞いたら、どういうことですかと聞くはずです。間接的に、他の言葉であっても、何故、マイナンバーカードが3か月前に発行されただけでそれを申立てるのですかと聞くでしょう。」

「そうか、そうですよね。マイナンバーカードが替え玉で作られたかもしれないと言われれば分かりますが。」

「最終目標は、公正証書遺言の無効の訴えを出すことだったのだと思います。そこへミスリードしようとしていたから、その訴えが出た瞬間に到達したという気持ちが先走ってしまい、言ってしまったのでしょう。祖父の田所弁護士と入念な打ち合わせをした結果が、仇となりました。」

「教授を利用だけしようとした罰(ばち)があたったということですね。早乙女教授を甘くみたからですよ。佐々木刑事のことは考えず、三林教授の言葉をもっと信じるべきでしたね。」

 確かに、利用されるのは癪(しゃく)であったので、結果的にはよかった。しかし、一歩間違えば犯罪に加担したかもしれなかったので、本当によかったと思った。

「ところで、あの山からサファイアは出ないからね。」

「それでは、あのサファイアの原石は何だったのですか。」

「あれは、強欲な琢磨さんを唆(そその)かす材料として、スリランカから持ち込んだものらしい。」

「そうすると、あの山は、何の価値もない山だったのですか。」

「いや、あの山は吉野檜が植えてありました。伊藤さんの立派なカメラのおかげですよ。拡大したら檜が見えました。お父様に感謝ですね。だからあのあと一人でもう一度見に行ったのですが、ガイドさんを頼んだら、それほど険しくない別ルートがありました。調査の際、結衣さんに提案したルートです。その道中、両脇に檜が植えてあって、お爺さんと二朗さんが丹精込めて作ったとのことです。」

「作ったとのことです、とは。」

「たまたま、そこで、山師の鈴木さんという方にお会いし、話を聞きました。山師の方は十人ほどいて、二朗さんの子会社が管理運営していました。」

「結衣さんは、そのことを。」

「知っていました。一年に一度くらいは二朗さんと一緒に顔を見せていたとのことです。家を建てることに信念があったらしく、自前で檜を使いたかったらしいですね。」

「そうですか。立派な方だったのですね。」

「私を傷つけることに失敗したあとは、牧野弁護士等との間で、仮処分などを行った私を見て、一応、琢磨さん達を追い出すまで私を自由にさせようとしたみたいです。」

「やぱり大ダヌキだ。」

「そのあとは、伊藤さんも知っての通り、相続人達の不正を暴いて排除しました。」

「でも、最後に教授と佐々木刑事の鉄槌が下ったのですね。ところでASAKURA建設はその後どうなったのですか。」

「ああ、従業員達のたっての願いで、四男の力さんがイタリアから帰ってきて社長を引き継いだらしいよ。」

「何か複雑ですけど、会社にとってはよかったのかも知れませんね。」

 心の中で、民事と刑事の違いはあるけれど、利益相反と言われても告発したかもしれないと考えていることから、つくづく、弁護士には相応しくないと思った。ただ、今回正義が果たされたのは、伊藤さんの屈託のない笑顔と、優秀な佐々木刑事のおかげであったことは間違いがないと思った。・・・

 私は、津野神さんに、

「以上が論文にまとめた内容です。推測しているところは論文にはないのですが、少し脚色というのでしょうか、その時に感じた感想などとしてお話しさせていただきました。」

「ありがとうございました。人の心の中を見るのは、容易ではないことが分かりました。そして、それこそが真実ではないかとも思いました。記事ができましたら、また、お伺いしたいと思います。今日のお話は、私への最大の贈り物でございます。お忙しい中、本当にありがとうございました。」

 彼女は、レコーダーやメモ帳をカバンにしまい、立ち上がって深々と頭を下げ部屋を出て行った。

「教授、お疲れ様でした。」

「伊藤さんもお疲れ様でした。」

 長い一日が終わった。

「改めて思い起こすと、狡猾な人とその人に振り回された哀れな人の末路ですね。」伊藤さんが言った。

 確かにその通りの事件であった。

 
第十七章 新たな事件
令和4年4月12日(火曜日)午後4時
早乙女教授室
インタビューから3ヶ月後

「教授、入学式、よかったですね。去年や一昨年のような入学式はこりごりですから、それに、教授になって一年になられました。」

「ありがとう。教授としては、まだまだですが、これからもよろしくお願いします。」

「あっそうだ。教授が、入学式に出ておられる間に、佐々木刑事から電話がありました。四時頃にお伺いしたいと。」

「分かりました。」

「また、暇潰しですかね。あっそうだ。結衣さんの件で、警視庁刑事部捜査一課一係に配属されたとのことで、やたらと肩書きを、言っておられましたよ。」

 ニコニコだなあ。

午後四時前

 ドアをノックし佐々木刑事がやってきた。

  伊藤さんはニコニコしながら佐々木刑事を見るなり、
「佐々木刑事、本庁の捜査一課への栄転おめでとうございます。ところで今日は、どうかされたのですか。アポ無し訪問ばかりの佐々木刑事が。」

 大変慌てた様子の佐々木刑事が、
「あっ、伊藤さん、お久しぶりです。ありがとうございます。すみません教授、その説は大変お世話になりました。教授には私のスキルを高めていただきありがとうございました。」

「いえいえ、あれは、もともとあった、佐々木刑事のスキルですよ。」

 すごく神妙な雰囲気で、
「また、教授にお力をお借りしなければならなくなりました。今回は大学に許可を頂いております。」

「また、相続ですか。いつも、いつも、殺人事件に発展するとは限りませんよ。」

「いえ、今度は、初めから殺人事件です。」

 伊藤さんから、ええっという大きな声が出た。

「すみません、茶化すつもりでは・・。失礼しました。では捜査はどれぐらい進んでいるのですか。」

「本日の朝に起こったばかりです。」

「では、まだ、私の出番ではないと思いますが。」

「いえ、そうではなく。教授に関係があると捜査本部が見ておりまして。」

 それを聞いて勘違いした伊藤さんが、
「いくら佐々木刑事といえども失礼ですよ。教授が人殺しなんかするわけがないじゃないですか。」

「教授が犯人なんて誰も思っておりません。」

「それでは、どういうことですか。」

「警視庁へお越しいただいた後に、ご説明させていただけると思います。お時間が許せるようでしたら、このまま警視庁へお越し頂きたいのですがいかがでしょうか。遅くまでかかりますが、できれば、伊藤さんもお願いいたします。」

「帳場が立ったのですね。分かりました。すぐに参りましょう。伊藤さん、事務局に退室の手続きをお願いします。」

 伊藤さんが「はい。」と言い、佐々木刑事が車を回してきますと言って、教授室を出て行った。

「警視庁直々の依頼だから交通費や日当は出るはずだから、ぜひともと呼ばれているし、伊藤さんも一緒に行きましょう。」

「はい、参ります。ところで、不謹慎な質問ですが、佐々木刑事で思い出したことがありまして。」と言い何ですかと聞くと、

「結衣さんとサークル仲間だったとの事でしたが、サークルって、テニスサークルですか。」

「いや、違うよ。手芸サークルだって聞いているよ。」

「ええっ。」(頭の中で、針と糸をもった佐々木刑事が・・・)

FIRSTーCONTACT  完

続編は

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

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