「ロダン早乙女の事件簿 SECOND・CONTACT」怨嗟の鎖 第十話
部屋の近くまでくると、佐々木刑事と加藤刑事がドアの前で待っていた。
「教授、こんな時間に申し訳ありません。聞き込みの途中なのですがお電話ではお伝えできませんので。」
構いませんよと言いながら、ドアを開けみんなで入った。すぐに、佐々木刑事からとんでもない言葉が出た。
「教授、また、殺人事件が起こりました。もしかすると、起こっていたという過去形かもしれませんが。」
起こっていたとはどういうことですかと聞くと、
「島尾班が昨日の会議後の聞き込みで、ダムまでの道の途中で怪しげなマネキンが捨ててあると聞き込んだので、気になり本日調べたそうです。
すると、ダムまでの途中の崖側に人型のような物があったので調べると、上半身が裸で、下半身が白いタイツという遺体でしたとのことでした。しかし、マネキンには見えなかったので、再度聞き込み対象者に聞くと、蝋人形のように見えていたらしいと話していたそうです。」と言った。
「奥多摩なので、司法解剖はこれからですね。」
「今、監察医務院に搬送中なので到着次第、最優先事項となっています。」
「佐々木刑事にお願いがあります。筋肉などの状態を入念にお願いしますとお伝えいただけないでしょうか。」
「分かりました。でも何故ですか。」
「蝋人形のようだったということから、もしかすると、冷凍されていたのではないかと考えられます。人間だけではなく動物一般に言えますが、肉というのは冷凍されると長期保存と品質保持ができます。
冷凍するのではなく殺した後すぐに遺棄したのであれば、腐敗が始まっているはずです。この季節になれば腐敗臭もするでしょうし、蝋人形のようには見えないと思います。」
「なるほど、もしも、冷凍されていると死亡推定時刻の判断は難しいでしょうか。」
「そう思います。ただ難しいかとは思いますが、食事の残留物などから、被害者の行動範囲を調べれば、いつ頃かを判定できるかもしれません。だから胃の内容物は重要な手がかりになるでしょう。」
「その辺は死体検案書でわかると思いますので重要事項として係長に報告しておきます。ところで、司法解剖は本日の会議までには間に合わないとのことですので、教授には、明日、結果が出てから来ていただきたいとのことですが、大丈夫でしょうか。」
伊藤さんにスケジュールを確認してもらい、大丈夫ですと言った後、また、明日の会議前に司法解剖の結果を先に教えていただきたいと頼んだ。そして今日の会議の報告もお願いした。
佐々木刑事は、分かりましたと言い、明日4時にお迎えにあがりますと約束した。そして神崎さんの自宅付近の聞き込みが残っていますので、その続きをしますと言って加藤刑事と部屋を出て行った。
二人が帰った後、ふと思った。近接犯罪であるから、連続殺人事件と考えるのに不思議はないだろう。しかし、犯人のこの不可解な行動はなんだろう。
今回も私へのメッセージがあるのだろうか。そのような想像をめぐらしながら、早く司法解剖の結果が知りたかった。
「教授、連続殺人だなんて大変なことになってきました。」
「そのとおり。ただ一つ言えることがあります。今日見つかった被害者と神崎さんとの死亡日時については、どちらが先になるかは今日の司法解剖の結果次第だということです。」
「今日の人の方が後ではないのですか。」
「というのは、家庭用の大型冷凍庫ならば、人を冷凍するにはかなりの時間を要すると思われる。仮に、業務用でも蝋人形のような状態になるには二、三日はかかるでしょう。
もしも、大きな会社の冷凍倉庫であるならば、マイナス五十度ぐらい。冷凍速度は早いので、それを使う可能性が無いとは言えませんが、それほど大掛かりなことはしないと思います。何故なら、かなりの足跡を残すことになります。ただ、これは現状での私の考えだから、絞るのは危険と思われるので、佐々木刑事達にはまだ話さないでおきます。」
分かりましたと言い、ホワイトボードはどのように書きましょうかと言われたので、まだ関連が分からないから書くのは保留にしておきましょうと言った。
「ところで教授、今日は午前中だけで午後には授業がありませんが、この後、いかが致しましょう。」
「そうだね。もう少ししたら食堂も空くだろうから、しばらくしてから食堂にいきましょうか。」
12時50分になったので、二人で食堂に向かった。伊藤さんのいつもの席が空いていた。荷物を置いて食券を買いに行き、私はサバの味噌煮込みがメインのA定食にした。伊藤さんは今日もお弁当なので、カフェオレを注文しトレーにのせて席に着いた。
教授、今日は早く帰られますかと聞かれたので、明日のために早めに帰るというと分かりましたとだけ言って会話が終わった。少し不思議であったが気にもせず食べ終わると部屋に戻った。
三時になり、伊藤さんから早退したいと言ってきたので、いいですよというと帰っていった。
携帯が鳴り、百合であった。今日はカレーを作るので楽しみにしておいてとのことであった。じゃ早めに帰るよと言い携帯を切った。
午後5時半、早乙女の自宅
鍵を挿し、ドアを開け、ただいまと言うとお帰り(お帰りなさい)と女性の声がダブって聞こえた。うんっと思った。
リビングのドアが開き、百合がニコニコしながら顔を出した。
「お兄ちゃん、お帰り。」
ずうっと笑っているので、気味が悪いと言うと、こっちに来て早くと、誰かを招くので中を覗いてびっくりした。
「伊藤さん、どうして。」
「いえ、ちょっと近くまで・・。」
「伊藤さん。お兄ちゃんに会いに来ました、でいいじゃないの。」
「いえ、そんな・・。」
「今日は、お兄ちゃんのためにカレーを作りに来てくれたのよ。」
聞くと、先だって、私が訪問した時に一人住まいで外食ばかりだと言ったため、手料理を作りに行くように言われたので、今日、作りに来たとのことであった。
玄関で待っていたらしいが、百合が帰ってきたものだから、私の彼女と勘違いして帰ろうとしたそうだ。妹だと言おうとしたが、しきりに謝るもので百合が大声で笑ってしまったそうだ。
それでも謝るので、貴方が伊藤さんと聞くと、たまたま、この近くに来ただけと言った。野菜やお肉を抱えてどこにいかれるつもりなのですか、と聞いたら泣き出したらしい。
これ以上はからかえないと思い、妹であることを名乗るとまた泣いたらしい。取り敢えず部屋に入り、この間の伊藤さんの自宅でのことなどを話すと、すっかり打ち解けて、一緒にカレーを作っていたとのことだった。
「百合、伊藤さんは純粋な方だからいじめるな。」
「いいえ、教授。そんなことはありません。私が教授にお伝えもせずにお邪魔したのが悪いです。」
「いや、君は悪くない。」
「そうそう、悪いのは百合でーす。まあ、衝撃的な出会いだったけど、真奈美さんの人柄がよく分かって良かったよ。」
「なんだ、それは。」
「でも、お兄ちゃんにこんな可愛いらしい彼女がいて安心したわ。私の友達をそれとなく会わせても見向きもしないから心配していたのよ。」
「百合さん、私はそのような。」
「いいって。」
「百合、勝手に納得するな。」と言い訳すればするほど納得された。
すると玄関のチャイムが鳴った。玄関を開けに行くと、お兄さん今晩はと百合の彼氏の光一君であった。百合が追いかけてきて早く上がってと言い、ケーキは買ってきたかと言った。
「お兄ちゃんに今日はカレーだってメールしたでしょ。そしたら、真奈美さんもカレーを用意していたから、食べきれないので光一を呼んでみました。」
「すみません、お兄さん。」
「いやいいよ。歓迎するよ。」
「光一、こちらが伊藤真奈美さん。お兄ちゃんの彼女。真奈美さん、彼がフィアンセの葵光一です。」
「いえ、百合さん。私は、あの、その、ああ、初めまして葵さん、早乙女教授の助手の伊藤真奈美と申します。」
「伊藤さん、ざっくばらんに参りましょうよ。本当にお似合いだし、将来、親戚になるのですから。
よく見ると、伊藤さんと百合ちゃんって髪型といい、顔立ちといい、雰囲気がよく似ているね。だけど・・。」
これを聞いた百合が、光一、「だけど」とはどういうこと。つまり何、おしとやかさが違うってことよねと言った。
いや、君は闊達だっていうことだよと返すと、この場でそう言ったら、それはガサツっていうことよといつものが始まった。
「光一君、今から尻に敷かれてどうする。ここは、ガツンと言ったらどうだ。」
「いえ、うちは職人ですし、親は頑固一徹ですから、百合ちゃんのように気が強い女性でないとやっていけないので、ある意味喜んでいます。そんな頑固一徹の父ですが、百合ちゃんとは結構上手くやっていまして。意外と私以上の親子関係かも。」
それを聞いて、百合が、光一君の前に手を出し、ちょいちょいと手のひらを曲げて、それは褒めているの、それとも怖がっているのと言った。
すると、隣から、小さな笑い声が聞こえた。見ると、伊藤さんがみんなの顔を見ながら笑っていた。ごめん、痴話喧嘩を見せたねと謝ったが、いいえ、微笑ましいご家族ですねと言ってくれた。それを聞いた三人は見つめ合い、先ほどの話はどこへやらということになり、今度、四人で遊びに行く話になって盛り上がった。
いつのまにか、その約束を否定することが二人には無くなっていた。彼女自身はどうか分からないが、私にとって、彼女が少しずつかけがえのない存在になっていることが分かった。
四人の楽しい時間はあっという間だった。デザートも食べ終わり、伊藤さんを送ることになったが、百合が今日は光一君の実家に泊まるので、伊藤さんを送って行くといって三人で家を出た。
私は、三人の乗った車を見えなくなるまで見送っていた。
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