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「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 第四話

第二章 無意識
令和3年1月20日(水曜日)午後3時
早乙女准教授室 橘結衣さんと佐々木優刑事の訪問後
 
 そして一週間後、佐々木刑事が女性と一緒に訪ねて来られました。
 ドアの向こうで、刑事の佐々木ですと言われ伊藤さんがドアを開けた。確かに、その風貌から以前に仕事をさせて頂いた刑事さんであることは分かった。傍らには、おとなしそうな雰囲気で髪をハーフアップで整えている女性が立っていた。

 二人を長椅子のソフアに案内し座って頂いた。その女性は(初めまして、橘 結衣〈タチバナ ユイ〉と申します。)と挨拶をした後、時間をとってもらったことのお礼を話され、すぐに相談を始められたと話した。

 結衣さんが言うには、浅倉二朗さんという叔父さんが、公正証書遺言を残しており、その内容が全て二朗さんのお兄さんである浅倉琢磨さんという方に相続させると書いてあったらしいと話した。

 津野神記者は、少し期待外れな様子で、
「公正証書遺言ですか。」なあんだという感じだった。

 これからどうなれば殺人になるのか不思議で仕方がないようだった。というのも記者ならば公正証書遺言がどのようなものであるかは知っているはずだ。聞くほどのことかという雰囲気がありありだった。

 残念そうな津野神さんであったが、私は続けた。
 
「しかし、公正証書遺言を作ったときには意識はほぼ無く、遺言書を残せるはずがないとの事でした。そして、結衣さんの話では、(警察に相談したのですが、亡くなったことに不審はない。だから、単に意識を失くす時期と遺言書を残す時期が近いというだけでは事件性に乏しいので警察は動けませんよ。)と言われたそうです。」

「それはそうですよね。死因はどうだったのですか。」

「急変だったこともあり一応行政解剖はなさったそうですが、死因は心不全だったようです。」

「では、事件性はありませんね。」
結構、ぞんざいな態度に見えた。確かにここまでの話から、わくわく感は全くなくなっていたようだ。

「そうです。そして、公正証書遺言であることから、どこの法律事務所も門前払いだったようです。」

「要するに、初めから問題がない案件だし、民事でもあるし、警察が出張るような話でもないですよね。それがどういうことで殺人事件になったのですか。また、いくら大学の同級生といえども、何故、刑事さんがご相談に来られたのですか。」

「そこです。ある意味越権行為になるのではないかと思って、佐々木刑事に尋ねたのですが、理由を聞いて理解しました。」

「その理由とは。」

「亡くなった方とお兄さんとは、法事などの行事以外会うことはありませんでした。」

「それぐらいは家庭の事情として、あってもおかしくはないのではないですか。」

「そうですが、そのお兄さんはお父さんが作った会社を傾けた張本人で、勘当された人だからです。」

「何があったのですか。」

「お父さんがご健在だった頃、代替わりでそのお兄さんが社長、お父さんが会長になりました。ただ、引き継ぐ前のお父さんの時代は公共事業も多く、かなりの売り上げがあったそうです。」

「当時の建設業には一番良かった時代でしたね。高度成長にバブルの恩恵を受けた時代がありましたから」

「しかし、その後バブルの崩壊から公共事業の縮小傾向が始まり、どこの建設業界も苦しい時代がやってきました。特に大手ゼネコンも中小規模の公共事業に参加するようになったため、中堅の建設業の会社は二重苦にあえいだそうです。そして、公共事業を落札することができなくなっていったようです。」

「致し方ないかと。」

「そして本人は、二代目という焦りからか、公共事業の受注に関して市役所の担当者に賄賂を送り、入札価格を聞いてしまいました。その後、賄賂が明るみになり、贈賄罪で検察に立件されてしまいました。一応は執行猶予にはなったそうですが。」

「よくある話ですが、平成になってからはコンプライアンスが叫ばれるようになってきた時代ですからね。」

「そうです。談合などの不正も取り沙汰されてきた時代でしたから。」

「それでも無くならないのですね。」

「その後は、取引先からは取引停止、そして当然公共事業からも入札停止になったようです。」

「当然の結果ですね。いくら会社が窮地に陥ったからといって、ズルをすることはいけないということを理解しないと、健全な会社運営はできないですから。」

「そのとおりです。ただ、会社を思ってしたことには違いはないので、それだけで有れば哀れな二代目ということで、家族から見放されずにすんだかもしれません。
 しかし、その賄賂として会社から出したお金の半分を愛人に貢いでいました。お父さんからは烈火のごとく怒られたそうです。その後、勘当され奥さんと子供からも愛想をつかされ、離婚後に家を追い出されました。」

「奥さんたちには、外圧と内圧というダブルパンチでしたね。」

「すぐに、お父さんは、株など一切の財産を次男の二朗さんたちに譲り、会社の社長にしました。」

「そうするのは当然ですね。」

「その後、その叔父さんの努力と社員の頑張りで、潰れかけた建設会社をV字回復したとのことです。」

「弟さんの方がはるかに才能があったのですね。」

「そして、お兄さんと分かれた義理のお姉さんや子供たちは、二朗さんが面倒を見ていたと。また、早くに亡くなった三男祥雄さんの家族である結衣さんたちも同じように面倒を見ていたという事でした。」

「お兄さんの家族の面倒もみられたとは、かなりの人格者ですね。その長男の方にその半分の力量でもあればよかったのに。」

「ええ、そうです。そのような事情から、勘当されて会社から追い出された人に全てを譲ることはないというのです。」

「でも、公正証書遺言ですよね。私も聞いたことがありますが、裁判を起こしても勝てる見込みがないはずですが。」

「そうですね、私も知る限りそれまでは聞いたことがありませんでした。」

「過去形ということは、そこから公正証書遺言を覆すようなできごとがあったということですか。」

「おっしゃる通りです。」

「では、そこからどのように展開していったのかをご説明していただけませんでしょうか。」

「分かりました。それは、」

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

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