「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 第二十三話
第十四章 解
令和3年2月10日(水曜日)午後1時から11日まで
早乙女准教授室等
部屋のドアを閉めるなり伊藤さんが、
「先生、何ですかね。あの方は。あんな風だから会社を潰しかけるんですよ。」
えらい怒りようだなあ。手の震えが収まらないようだ。私はそっと手を握りごめんなさいねと言った。何故、先生が謝られるのですかと言うので、私がこの仕事を受けなければ伊藤さんにこのような不愉快な思いをさせていないのだからと話した。
するとそれよりもと伊藤さんが続けた。
「先程、ロダンになられた際にも聞きましたが、何か判明いたしましたか。」
「うん。しかし、必要な証拠が一つ残っていて。」
ここで、伊藤さんのお腹がグーと鳴った。すごく恥ずかしそうだったので聞こえないふりをして、あっ、そうだ、朝から何も食べていないのでおなかが空かないかい。
取り敢えず、食事でも取らないか。お昼をとっくに過ぎているからと言った。
ほっとしたような顔だった。
「お腹が空いていたら頭も回らないから、取り敢えず出前を取ろうよ。」
「はい、分かりました。」
私たちは、ピザ屋さんに電話して出前を頼んだ。
守衛室にピザの出前を頼んだので通用口に来られたら連絡をくださいと言い、取りに行くことを伝えた。しばらくして、出前が来たので受けとった。
二人ともお腹が空いていたのか無言でたいらげた。
「伊藤さんのワクワク感を削ぐようで申し訳がないけれども、結衣さんに電話してくれないかな。」
「どのような内容でしょうか。」
「琢磨さんに聞かれたくないので、仕事が終わったら私の携帯に電話をお願いと。」
「分かりました。」
午後五時十分、
結衣さんから、
(先生、結衣でございます。伊藤さんからお電話いただきたいと。)
「ええ、そうです。琢磨さんには変な勘繰りをされても困るので伊藤さんに頼みました。でも、こんな時間で大丈夫ですか。仕事が終わってからでいいですよ。」
(大丈夫です。先生が仰ってたように、仮処分が認められるまでは、まだ私は平社員ですので。定時の五時上がりで、今は自分の車からかけております。)
「そうですか。それでは早速ですが、まず、公正証書遺言の無効は勝ち取れると思うのですが、それにはかなりの月日を要すると思います。ですから、早期に解決するためには、他にもう一つの証拠が必要です。」
(証拠といいますと。)
「そうですね。二朗さんに係るものとかなんですが、なにかありませんか。」
(分かりました。私なりに、考えてみて、思いついたらお電話させて頂きます。)
「宜しくお願いします。」と言い、静かに受話器を置いた。
「先生、これからどうされるのですか。」
「そうだな、結衣さんからの朗報、いや・・。」
「朗報、いや、とは何ですか。」
私は、明日、期待する電話がきっと掛かって来るからと言った。そして、琢磨さんのことはホワイトボードに書く必要はないと言った。
二月十一日(木曜日)午前七時
次の日の朝、寝室で着替えていると携帯がなった。結衣さんからだ。まだ
午前七時である。
(先生。見つかりました。)
携帯の向こうから、はしゃぐような声が聞こえた。
「どうしたのですか、こんなに早く。」
(すみません。早いと思ったのですが、いてもたってもいられなかったので。)
「いえ、構いませんよ。もう起きていましたので。」
(昨日からずうっとビデオを見ていて、朝方、やっと見つけました。もう、いてもたってもいられなかったので。)
「どういうことですか。」
(昨日先生から、二朗叔父さんに関して何かないですかと質問があった後、思い出しました。二朗叔父さんが寝たきりになってから、みんなには内緒で見守りのカメラをつけていました。)
「もしかすると、そこに何か映っていたのですか。」
(はい。そうでございます。)
「何が映っていたのですか。」
(明子叔母さんが・・。)
「明子さんがどうかしたのですか。」
(ずうっと上半身を激しく揺り動かしていました。)
「起こしていたのでは。」
(すごい勢いで揺すっていました。それに、この時は完全に寝たきりでした。食事もチューブから胃に直接送っていましたので起こすということはありません。食事も朝夕は私が、お昼はお手伝いさんがしておりました。明子さんに頼むことはありません。)
「では、何をしていたのかなあ。」
(そのあとを見ると、叔父さんの様子がおかしくなって、急変したようでした。そして、叔母が激しく心臓マッサージらしきことをしているのですが、右手が不自然で。)
「どのあたりが不自然でしたか。」
(普通、心臓マッサージは両手を合わせて押さえるものなのに、右手が肩の方を触っていました。)
「それは、不自然ですね。もしも今日お手すきであれば、大学までそのビデオを持って来ていただくことは可能ですか。」
(何とか理由をつけて、早退し午後一時半頃にはお持ち致します。)
午前九時。准教授室
「おはよう、伊藤さん。」
「おはようございます、先生。」
「今日、午後一時半頃に結衣さんが来ますので、午後三時ぐらいまでは、予定を入れないで下さい。お願いします。」
「はい、承知致しました。今日は、どのようなご用件でお越しになられるのですか。」
「昨日、話していた件だけど、新しい事実が判明したらしいよ。」
「どういうものですか。」
「私もまだ、電話で聞いただけだからはっきりとは分からないが、証拠ビデオがあったらしい。」
お昼時を過ぎ、時計は午後一時を過ぎた。ドアをノックし結衣さんがやって来た。
「結衣でございます。」
「こんにちは、さあ、お入り下さ・・」
「伊藤さん、どうしたの。」
すると、ドア越しに顔だけ出して、私もついて来ちゃいましたと、佐々木刑事が覗いていた。
「朝早く、結衣から電話をもらって、すごい発見があったので午後に先生の大学まで来て欲しいと言われ待ち合わせて来ました。」
伊藤さんが、
「どういう展開になっても、始末書ものは確定ですね。」
「いつもながらに伊藤さんはきっついなあ。」
「私は事実を言っただけでございます。」
私はあいだに入り、まあまあまあ、その辺にしておきましょうと言い、二人に座ってもらった。
「それでは、早速ですがビデオを見てみましょう。」
結衣さんは、ハンドバッグからUSBを取り出して私に渡した。私は、自分の机からパソコンを持って来てUSBを差し込んだ。
みんな、私の後ろにやって来て画面に目を凝らした。結衣さんが、そこから一時間ぐらい先ですと言ったので、マウスで進めた。
そこに映っていたのは、まさしく奇妙な動作をする明子さんがいた。
「伊藤さん、この間、結衣さんから預かった行政解剖所見のコピーを持って来てくれるかなあ。」
伊藤さんから受け取った私は、みんなの前でロダンとなった。誰もが、次の私の発言に耳を傾けた。
私は、佐々木刑事、出番が来ましたよと言った。
「えっ、どういうことですか。」と目を白黒させていた。
「この行政解剖の所見によると、二朗さんは大量の汗をかいています。明子さんは二朗さんの身体を長い間揺することにより心臓に極度の負荷を加えたため、心不全を起こしたと思われます。
そしてこの右手の位置です。これは肩を触っているのではなく、頸動脈を触っているのではないでしょうか。多分、心不全が起こったあと決定的な一撃として頸動脈を塞いだのかもしれません。」
「そんなことが可能なのですか。」
「お年寄りでも自分で生活できる方であれば、どうということはないでしょうが、寝たきりの方にとってはかなりの負荷になります。このビデオから、何回も試されていたのではないでしょうか。もしも殺人罪に問えなくとも過失致死には問えるでしょう」
佐々木刑事が、
「隠しカメラだから、証拠能力がないのでは。」
「結衣さんは二朗さんと一緒に暮らしていますし、面倒も見ているのですから見守りのカメラはOKですよ。明子さんは同居人ではないのだから知らせる必要もありません。それにこの証拠を見せれば白状されると思います。」
「先生がそのように言われるのであれば大丈夫ですね。それではOKということで、署に戻ります。」
「ちょっとだけ待ってください。」
「なぜですか。」
「できれば、自首を勧めたいので、今日一日だけ待って欲しいのですが。」
「一度は、普通の心臓発作だったわけですからね。書類を作成する時間は要りますので明日の夕方まで待ちます。」
「ありがとう。」
結衣さんが、
「先生、明子さんにはどのように言えば。」
「できれば、結衣さんはあまり出ない方がいいかもしれません。二朗さん死亡の件で、私が訪問するとだけ伝えてください。詳細は私からという風に話してください。」
「伊藤さん、三十分後に明子さんに、今日、夕方六時に自宅にお伺いすると伝えてください」
「わかりました。」
部屋を出ようとする二人の後ろ姿が、どことなく悲しげに見えた。
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