「読切超短編・ツイン・テール」
( アレは夢だったのかな?、少し変わったネコの話 )
「ミーコさ~ん、ごはんだよ~」
わたしはネコ缶を開けて、お椀に盛り付けながらミーコさんを呼んだ。
「みゃォ」、 部屋のどこかから返事だけが聞こえる。
ミーコさんはあまり食事に関心がない。
朝になるとお椀はカラになっているのでちゃんと食べてはくれるのだけど、できれば目の前で食べる姿を見てみたい。
TVなどで、支度したゴハンにダッシュで駆け寄ってくる子の姿を見ると羨ましくなってしまう。
そもそも、もうしばらくの間、私はミーコさんの姿を見ていない。
ミーコさんはとても素っ気ない性格で、基本的に人から距離をとるタイプなのだ。
いつもベッドやソファーの下、カーテンの裏側にいて殆ど姿を現さない。
けして広くはない1LDKのアパートなのに屋内を見渡してもミーコさんの姿を目にすることは滅多にない。
時々、カーテンの裾に足の先が見えたり、ソファーの脇からシッポの先が出ていたり、それがわたしが目にするミーコさんだった。
一応名前を呼ぶと、部屋のどこかから返事だけは返ってくる。
ミーコさんは、元々は祖母の家のネコで、祖母が亡くなった時にわたしが引き取ったのだ。
実は、引き取ったというよりは、勝手に付いてきたというほうが正しいかもしれない。
祖母の葬式が終わり、自宅に戻ってきたわたしが自分の車から降りようとしたとき、後席に乗っているミーコさんを見つけたのだ。
もちろんわたしはミーコさんを乗せてはいないし、ネコが自分で車のロックを開けて乗り込んだというのも考えられない。
どうしてミーコさんが私の車に乗っていたのかは分からないが、母に連絡すると、
「きっと婆ちゃんがミーコをアンタに託したんだよ、だからあんたが面倒見てよ!」、
ということになってしまい、結局、わたしがお世話することになったのだ。
わたしは元々ネコ好きだったし、実はミーコさんとは子供のころから仲良しだったのでそのまま一緒に暮らすことにしたのだ。
子供の頃、長い休みのたびに祖母の家に遊びに行っていた私は、ミーコさんとよく遊んでいた。
わたしが子供の頃遊んだということは、ミーコさんはかなりの高齢猫のはずなのだが、今も毛艶よく、瞳もきれいで、とてもお婆ネコには見えない。
「ネコって老けないんだね」、 「羨ましいなぁ」
わたしがそう語りかけると、ミーコさんはいつも目をそらして何処かに隠れてしまう。
「むかしは、あんなに仲良しだったのに」、 「なんか冷たくない?」
わたしが不平を言うと、部屋のどこかから “みゃ” と気のない返事が返ってくる。
まあ、わたしもOLをしているせいで、朝出て行ってから夜帰宅するまで彼女を放置しているのだからお互い様ということかもしれない。
この一見すると “冷めた中年夫婦“ みたいなわたし達だけれど、実はちゃんとスキン・シップがとれている。
普段触るどころか、姿さえも見せてくれないミーコさんだが、夜中になるとわたしの布団に入ってくるのだ。
わたしが寝入ったころ合いを見計らって、彼女は布団に潜り込んでくる。
わたしは ”もうろう” としながらも、彼女を撫でて迎え入れる。
この時だけはミーコさんはおとなしく触らせてくれるのだ。
朝起きるとミーコさんはいなくなっているが、撫でた感触は残っているのでわたしはそれで満足することにしていた。
こんなふうに、わたしとミーコさんは微妙な距離の下で仲良く暮らしていた。
*************
そんなある日、、、
わたしは務めていた不動産屋の仕事でとあるマンションに出かけることになった。
わたしは本来事務仕事が中心なのだが、この日は急な体調不良で休んでしまった同僚の替わりに中古マンションの内見案内をすることになったのだ。
そのマンションは “心理的瑕疵” といわれる ”訳アリ物件” で、相場の半額以下で売りに出ていたのだが、“それ” を承知で問い合わせをしてくる客がいたのだ。
わたしは霊感などないほうだったけれど、それでもその部屋は入っただけでスゴク嫌な気分になった。
重苦しい空気が充満していて、なにか目に見えない濁りがあるような感覚だ。
見学に来た客も同じように感じたらしく早々に帰ってしまった。
わたしも早くここを立ち去りたくて、急いで片づけを始めたとき、
“ぐぐぅッ“ という何かを喉を詰まらせたような物音が背後で聞こえた。
“ハッ”、として後ろを振り向いたけれどそこには誰もいない。
薄気味悪いので、そそくさと戸締りをしてわたしはその部屋を後にした。
それから会社に電話をして内見の報告をしてから帰宅したのだが、あれからどうにも体が重く感じられてしかたない。
立っているだけでも何とも言えない “ダルさ” を感じてしまい元気が出ない。
”まさか” と嫌な想像もしてしまったけれど、慣れない仕事で疲れたせいだと思うことにして、早々に就寝することにした。
「今日は疲れたから早く寝るね」、
部屋のどこかにいるミーコさんに声をかけてわたしはベッドに潜り込んだ。
その後、直ぐに寝入ってしまったようだが、何故か夜中に目が覚めた。
ミーコさんが布団に入ってきたせいかと思ったけれど、お腹のあたりの定位置に既に彼女は収まっている。
部屋の中はまだ暗く朝ではない。
そのままもう一度眠りにつこうとしたとき、“その音“が聞こえた。
“ぐぐぅッ“
喉を詰まらせたようなあの音。
わたしは、直ぐにあのマンションで聞いた音だと直感した。
と、同時に得体のしれない恐怖がこみあげてくる。
“やだ!”、 “なんで?”
恐る恐る目を開けてみるとイヤな予想通り、そこには人影があった。
部屋の片隅に灰色の肌をした痩せた女が立っている。
その女の顔には気味の悪い爛れがあり、髪は濡れてべったりと躰に纏わり付いている。
そして半分開いた口から、あの “ぐぐぅッ“ という呻きを漏らし続けている。
まさにホラー映画にでてくる死霊の姿そのままだ。
わたしは恐怖で凍り付いてしまった。
悲鳴も上げられず、固まったままその女を凝視することしかできない。
そうしているうちに、その女は少しずつ私の方へ近づいてくる。
そして近づきながら、浅黒い枯れ枝のような腕を私の方に伸ばしてくる。
“だめだ、”、 “とり殺される!?”
わたしが、そう思った時、
わたしのお腹の処で、もぞもぞとした動きがあった。
“ミーコ?”、 “そうだ、お前だけでも逃げて!”
わたしの思いが通じたのか、ミーコさんがぞもぞと布団から這い出てきた。
そして私の顔の前まで出てくると、そこで死霊女の方を向いてお座りする。
“何してるの!?”、 “早く逃げてよ!”、 私は心の中で必死に叫ぶ。
“フーー”、 ミーコさんが小さく鳴いた。
それは今まで聞いたことがない鳴き声だった。
同時にわたしの目の前にあったミーコさんのシッポが高く持ち上がった。
“アレ?”、 “ミーコさんのシッポこんなに太かったっけ?”
状況も忘れてそう思った瞬間、ミーコさんのシッポが二つに分かれた。
2本になったシッポがわたしの目の前でユラユラと揺れている。
そして、
“フゥーッ!” 、と今度は少し強く鳴くと、前足を素早く動かした。
“しゃっ“、 微かな音がして視界が揺れた。
“ぐちゃ”、 続けて、気味の悪い音がする。
見ると、わたしの方に向けられていた女の腕がちぎれて床に転がっている。
“ぐぉももッ”、 死霊女が先ほどとは違う呻き声をあげている。
腕を失った女は、歩みを止めてその場に立ち尽くしている。
死霊でも呆然とすることがあるのだろうか?
そして、一瞬の間があり、
死霊女がなにか叫ぼうとするかのように半開きだった口をさらに開こうとした瞬間。
“フフーウッ!”
二つのシッポが “ピンッ” となって、ミーコさんの両前足が素早く動いた。
“じゃっ、じゃっ“、 こんどは部屋全体が揺れた。
“ドシャ”、 という鈍い音がして死霊女の頭が床に落ちた。
死霊女は数回口をパクパクさせたあと、透明になっていき消えてしまった。それと同時に、部屋に充満していた淀んだ気配もなくなった。
わたしはその様子を唖然と眺めていた。
そんなわたしを尻目に、ミーコさんは “スンッ” と鼻を鳴らすと、回れ右をしてまた布団の中へ潜っていく。
わたしの目の前で布団の中へ消えていく彼女のお尻には、確かに2本のシッポが生えていた。
“よくわからないけれど、とにかく助かった?”
“ミーコさんが助けてくれた!”
わたしは混乱しながらも、布団の中のミーコさんを撫でてお礼を言った。
「ありがとう、ミーコさん」
“スンッ”、 布団な中から鼻を鳴らす音がする。
本来ならいろいろと驚くべきところなのだけど、
”ああ、、やっぱりね~”、 そういう感情が一番最初に浮かんできた。
以前から “何か隠してる” ように思えてしかたなかったのだ。
わたしは続けて話しかける。
「ねえ、いつからシッポ2本なの?」
「むかしから?」
「婆ちゃんは知ってた?」
「ほかにもなんかスゴイことできるの?」
「ホントは喋れるでしょ?」
どうせ今夜は眠れそうにない。
夜明けまではまだまだ時間があるし、いろいろ問い詰めてやろう!?
“ススンッ”、と、また布団な中から小さな鼻音がした。
《うるさい、はよう寝よ!》、 そう言われた気がした。
わたしは黙って布団の中の彼女を撫でながら夜明けを待つことにした。
とりあえず、明日は一番高いネコ缶を買いに行こう!。