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パン職人の修造40 江川と修造シリーズ ジャストクリスマス

12月のはじめ

夕方職人達が帰った後、修造はヘクセンハウスを作り出した。

パーツは作ってあったので、Puder-Zucker(粉砂糖)でアイシングを作り、家の形に組み立てて飾りを付けていた。

「修造、まだ帰らないのか?」配達から帰った親方が聞いた。

「親方、これ作ったら帰ります」

「すまんな、これ。パンロンドの売上あげる為だろ?」

「俺、勝手させて貰ってるのでこのぐらいさせて下さい」

「俺もやるよ」

「はい」

「どうだい?ホルツの修行は」

「はい、大会を見越して練習しています。まだまだ未完成な事ばかりですが」

「江川はどう?」

「頑張ってますよ。着実に進歩しています」

「俺、修造が大会に出たところ想像したらゾクゾクするなあ。楽しみだよ」

「そうなる様に頑張ります」

修造は砂糖菓子のサンタをハウスの前につけながら言った。

「これからみんなにドイツパンを教えて、お客さんにもっと来て貰おうと思ってるんです」

「美味いもんな、お前のブレッツェル」

「それしか恩返しの方法がわからないんです。今の俺があるのは親方のおかげなんで」


こっちこそ感謝してるぜ修造。

こうやってお前と仕事できるのも限りがあるんだ、寂しいけど俺はお前を心から応援してるぜ。


「親方、泣いてるんですか?」

「いいやあくびしたんだよ、守っていくよお前が残してくれたものを」

親方の小さな瞳にキラッと光る水分が滲んでいた。

 
——-
 

次の日

藤岡と杉本は一緒にクロワッサンの成形をしていた。


藤岡が杉本に話しかけた。

「あのな」

「なんすか?」

「あったかいものにも色々あるんだよ」

藤岡は整った顔立ちをちょっと近づけて言った。

「はあ」

「例えば?缶コーヒー以外に」藤岡は答えを促した。

 

「え?俺の心的な?」杉本は自分のハートを指差して言った。

「まあ勿論それもあるけどね。。寒いからあったかいものが欲しいって事だよ。。俺優しいから答えを言っちゃったよ」

「勘が鋭どいんですね」

「俺はね」

え?

あったかいものをとりあえずプレゼントすりゃいいんだな?

あったかいものそれは、、おれ、缶コーヒーとカイロしか思い当たらない!

 
——-


 

12月中頃

杉本は早番だった。

実家暮らしの杉本の2階の六畳の部屋

ベッド脇の小さなテーブルの上で朝3時半に目覚ましが鳴った。

杉本は手探りで目覚ましを止めてまた手を素早く布団の中にひっこめた。

部屋は冷え切って布団は暖かい。

「うーん起きたくねぇ」

布団の中でしばらく微睡んでいてなかなか出てこない。

「このまま寝ていても、ま、いいか」

すると突然頭の中に風花の怒鳴る姿がうつる。

「何してんのよ!早く起きなさい!」風花がもしここにいたらそう言うだろう。

「うわっ!」


杉本は飛び起きた。

「やべ!あと10分しかない!」

早く行かないとドゥコンディショナーというパンの機械のタイマーが作動して発酵のスイッチに切り替わる。するとパンが徐々に発酵し始める。他にもあれやこれや用はある。ついでに修造の厳しいまなざしも思い出した。

杉本は手早く着替えて家を飛び出し自転車に乗ると全力で漕ぎ出した。

「早く〜」

ピューピュー風が顔に吹き付ける。

「寒い」

と、その時「ちょちょ、君待って」

急に声をかけられて自転車で追いかけてきた姿を振り向いて見るとお巡りさんだった。

「職質だ!」

職質とは職務質問の事だ。

その若いお巡りさんは、自転車を降りて杉本の自転車の前輪の先を少し足で挟んだ。

まじかに見た制服がカッコいい。

逃げられないようにしてるのかと杉本が思っていると優しく話しかけて来た。

「君、何してるの?」

「今から仕事なんです」

「名前は?」

「杉本龍樹」

「住所は?」

「そこの青い屋根の家です」

杉本は元来た道のずーっと遠くに見える自分の家のシルエットを指さした。

「職場はどこなの?」

「ここからすぐのパン屋です。パンロンドって言います」

「ああ!あの髭のお兄さんのいる所?」

どうやら修造もよく声をかけられるのかお巡りさんも知ってる様だった。

「そうですそうです!あと1分で遅刻ですよ」

「そりゃ大変だ!気をつけてね」

お巡りさんは杉本の自転車から足をどけて横に移動した。

「はーい、お疲れ様でーす」笑顔を作ってお巡りさんに爽やかにそう言った後、自転車に乗って猛ダッシュで自転車を漕いだ。

「もう遅刻だよ」独り言を言い、杉本は凍えながらパンロンドにたどり着いた。

「おー!寒ーっ」

「確かに!あったかいものが欲しい!」

杉本は1人で声を強めた。



——-


夕方、杉本は仕事が終わったので風花とヘクセンハウスを透明のケースに入れてリボン付きのシールを貼りつけていった。

「曲がってるわ!丁寧に付けないとお客様に選んで貰えないじゃない!」

「はいよ!風花。聞いてくれよ!俺、今朝職質されたんだよ」

「顔が怖かったからじゃない?」風花は笑いながらからかった。

「まあ、そうかもな。遅刻しそうで凄い顔で自転車乗ってたし」杉本はその時の必死な自分の顔を思い出して笑いながら言った。

「何時ごろなの?」

「4時ギリギリだったよ」

「えっ」

「10秒前だった」

「そんなに早く?」

「遅く、だよ。寒かったな」

「そうなのね」

風花は何か考えてる様だった。

また黙って包み始めた。

「何?急に」

「なんでもないよ。ねえ、疲れてるんじゃない?一人でやっておくよ」

「平気だよ俺若いし」

「私よりって事?」杉本より2歳年上の風花はちょっと口を尖らせて杉本を見た。

「そんな訳じゃないよ!」

勘の鈍い杉本もさすがにいくつでも歳の話はデリケートだなと思った。


つづく
 

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