パン職人の修造47 江川と修造シリーズ スケアリーキング
修造は長野駅に着いてすぐ那須田の店に電話をした。
「もしもし。那須田シェフ、お久しぶりです。あの〜田所です。今から行って良いですか?テレビに出たばかりでお忙しいでしょうからお手伝いします」
「ありがたいなあ修造君。じゃあ頼むよ」
話は早い。
テレビに出たその日から店が賑わうのを修造もパンロンドで経験済みだった。
長野駅から北陸新幹線はくたかに乗り、二十二分で上越妙高駅だ。
南側ロータリーのイベント広場にある上杉謙信の像を横目に修造は急いだ。
ブーランジェリータカユキは駅から近い立地で、広い敷地に郊外向けのレンガ作りの建物が建っている。
すでにパンを求める人達の行列が出来ていた。
「修造君久しぶりだね」
「那須田シェフ、すみません急に。俺、テレビを見てていてもたってもいられなくて来ました」
那須田は笑いながらエプロンと帽子を修造に渡し、冷蔵庫を指差して「ここの生地の折り込みを頼むよ」と言った。
折り込みとはクロワッサンやデニッシュの生地でバターを挟んで、パイローラーで伸ばす作業の事だ。冷蔵庫で生地を冷やし、バターと同じ温度で折り込む。そして再び冷蔵庫で寝かせた生地を反物の様にパイローラーで伸ばして切って成形する。
「初めに少し見本を見せて貰えますか」
「そうだよね」
と言って那須田はキッチリと美しい折り込みをしてみせた。
チャンスは少ない、修造はじっと見ていた。
そのあとは折り込みをしながらずっと那須田の成形を見ていた。
よその店は勉強になる。
いつもとは全然違うみんなの動き。
全部覚えておかなきゃ。
「修造君、少し休憩しようか」
「はい」
那須田はコーヒーを入れて、出来立てのクロワッサンを持ってきた。
「味見しろよ」
さすが那須田のクロワッサンは巻きの美しさが秀いでている。
噛む前から良い香りに包まれ、パリパリと薄皮が剥がれて落ちた。
噛むとジュワッと口の中に小麦とバターの味が広がる。
美味いの極地だ.。
「ルヴァンですね」
「そう、うちのクロワッサンは材料にも拘ってるんだよ。塩とバターはフランス産。種はルヴァン。粉は国産なんだ。他は妥協できても商品への妥協は許されない」
「凄い」
修造は人でごった返す店の隙間から棚のパンを垣間見た。
補充しても補充しても無くなっていく。
「本当はうちにはクロワッサンを教わりにきたんだろ?なんでも聞いてくれよ」
「実はそうなんです。俺にあのクロワッサンの成形とカットを教えて下さい」
「君。選考会に出ようとしてるんだろ?」
「なんで知ってんですか?」
「なんでも耳に入ってくるのさ、この業界にいるとな」
那須田は自分のパンを見ながら言った。
「今日、夜中まで延々と仕事があるんだ。いくらでも成形できるぞ。それに、ちゃんとやってくれないと俺が教えたのに落ちちゃったらたらカッコ悪いからなあ」
「だから真剣にやってくれ!」
「はい!」
一方高梨家では。
「なに!今日帰らないだと!あいつめ!どこで何やってるんだ」
厳が激昂していた。
容子は「ちょっと!居間にいる緑に聞こえるからやめてよ」と小声でなだめた。
「大丈夫よ何も心配要らないわ。修造は今頃パンの成形をしてるのよ」律子も厳に言った。
「わかるもんか」
「いいえ、分かるわ。あの人の目を見たら」
私だけを愛してくれてるかどうか私にだけは分かるの。
「律子、、」
厳はシュンとした。
律子は俺の可愛い娘だったのにいつのまにかあいつが現れて散々苦労させた。なのに凄く心が結びついている。一体あんな男のどこが良いんだ。
つづく
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