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パン職人の修造35 江川と修造シリーズ六本の紐  braided practice 江川


次の日、誰が見てもしょんぼりしてる江川を見て
パンロンドのみんなは驚いた。

「江川、昨日何があったの?」
修造が聞いても
「何もありません」と頑なに教えない。

倉庫に物を取りに来た時、藤岡も材料を取りに来て
「どうしたんですか?」と聞いた。

「僕コンテストに出られないんだ」と小声で言った。

「何故ですか?」

「僕、4つ編みパン対決で鷲羽君に負けちゃったんだ。それで鷲羽君が修造さんの助手をするって勝手に言い出して、僕にはもう来るなって。修造さんがいない時にそんなことになちゃってなんだか言いにくいんだ」

江川のやるせない言い方を聞いて
よっぽどな事があったんだなと悟った。

「そんな事で負けた気持ちになってるんですか?そいつが言ってるからなんだって言うんですか」

藤岡は続けた「俺は江川さんに頑張って下さいねって言いましたよね、そしたら江川さんは頑張るって言いました」

「でもそれは、、」
確かにその時はそう言ったが、何故だろう、軽い気持ちで言った自分がバカに見える。
初めの気持ちが掻き消えそうだった。

「本当にそんな事で諦めて良いんですか?修造さんは江川さんとぴったり息を合わせようとしてるんじゃないですか?他のものが修造さんと一緒に選考会に出て、勝ったらその人が大会に出ても?その時江川さんはここにいて、今頃修造さん頑張ってるかなあとか言うつもりですか?」

江川はうわーっと叫びそうだった。


「嫌だ」


「じゃあ答えは簡単です。そいつをぶち負かして下さいよ。でないと俺も立候補しますよ」

「藤岡君」

藤岡君も出たかったんだ。

「ごめんね、僕やっぱりもう一度やるよ」

「はい」

鷲羽君に勝つよ」

江川は帰りに粘土をいっぱい買って
編み込みのパンの練習を始めた。

誰よりも早くそして綺麗に

誰よりも早くそして綺麗に

と、呪文のように繰り返した。

次の日、藤岡から事情を聞いた親方が「おい、ちょっと困ってるんだって?」と言って江川に気の済むまで編み込みの練習をさせた。

「段々うまくなってきたじゃないか」

親方に優しくして貰って江川は初めて泣けてきた。

「はい」

「よし!俺がぶちまかしスペシャルを教えてやる」

親方がフッフッフッと笑った。


修造はそれを工場の奥で生地を作りながら見ていて「3つ編みパンで何かあったのか?」と言った。

「ホルツにも修造さんと組みたい奴がいるんですよ」とそばにいた藤岡に言われ「ええ?ホルツの職人が?一人で行った江川に何か仕掛けてきたのか?」
「その様ですよ」

 
—-


「江川」

「はい」

「次の火曜日ホルツに行くことになってるけど」

「その日僕も一緒に行きます」

「そりゃそうだろ、と言いたいところだが、お前何かあったんだろ?」

「はい、僕その日に鷲羽君と一緒に成形しようと思っていて、大木シェフに少し生地玉を頂きたいと連絡しようと思ってます」

「鷲羽?」

「はい」

「行って大丈夫なのか?」

「はい、僕行きます、行かないわけにはいきません」

ホルツに再び行くのは3日後、江川はそれまでの間家に帰っても出来るだけ沢山練習を続けた。

3つ編みは楽にできるようになり、4つ編みを練習し出した。そして。。


とうとうホルツに行く日が来た。

江川は修造と東南駅前で待ち合わせて、珍しく黙ったままでホルツに着いた。

「おはようございます」修造と一緒に入ってきた江川を見て皆ざわざわしていた。

何人かは大木シェフの決めたことなんだからそりゃ来るよねと思っている様だったが、他の者は江川が意外とメンタルが強い事に驚いていた。
特に鷲羽は。

2人は着替えて練習場に行き、今日もまたバゲットの練習をした。

通しで仕込みから焼成までを、前々回大木シェフの行った通りやってみた。

「こないだよりマシになったな」大木は江川を見て言った。

「ありがとうございます。大木シェフ、僕行ってきます」

「おう、頑張れよ」

「はい」大木は北山達から鷲羽の話を聞いていた。なので江川の為に生地を北山に用意させていた。

江川はドアを開けて工場の中の鷲羽を見た。
そして後ろ手にドアを閉めて短い廊下を歩き鷲羽の前に立った。

「なんだよ」

「僕ともう一度勝負して下さい」

北山は江川と鷲羽の前に
それぞれ生地の入ったバットを置いた。

「また3つ編みパンですかぁ?」
鷲羽はやや嫌味っぽい言い方をした。

「3つ編みとは限りませんよ」

そう言ってまずは3つ編みパンを成形して
鷲羽の前に置いた。

前よりは落ち着いていて綺麗に成形できている。

「おっ!ちょっとマシになってるじゃないか」

そう言って鷲羽も成形をして江川の生地の横に置いた。

どちらも甲乙は付け難い。

次に江川が4つ編みパンを成形した。

前回とは全く違う綺麗なフォルムの4つ編みパンを見て驚いた。

鷲羽も負けずに美しい4つ編みパンを成形した。

園部は正直どちらか勝ってるか答えが出せないなと思っていた。

その時江川が「まだありますよ」
と言って今度は5本で編み出した。

5つ編みはじっと見ていてもなかなかどうなってるのかわかりづらい。



 

「うっ」鷲羽がうめいた。しかし思い出し思い出しなんとか5つ編みを完成させて横に置いた。

園部も流石に鷲羽の部が悪いと思いだした。

「僕まだやれます」江川は6本を使って素早く編み出した。

そして鷲羽の目の前に置いた。

「くっ!」鷲羽は悔しそうにしながら見よう見まねでやり出したが途中わからなくなって動きが止まった。

「僕の勝ちですね?」

仕方ない「ああ」と鷲羽は言わざるを得ない「俺の負けだ」

「ほんとですか?7本目は流石に分かりません」

江川はホッとした「じゃあ僕が修造さんと一緒に大会に出ますからね」

まだ一次予選も通過してないのに江川は大きな事を言ってると自分でも思っていた。

それを横開きのドアの向こうから大木と修造が「へぇ〜っ」と感心しながら見ていた。



「やるなあ江川Sechsstrangzopfじゃないか」

ドアの向こうの修造に気付き、さっきまでの表情と違い江川は晴々とした笑顔を浮かべていた。

 

おわり

 

六編みパン=Sechsstrangzopf(セックシュトラングツオップフ)

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