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パン職人の修造31 江川と修造シリーズ フォーチュンクッキーラブ 杉本Heart thief

「待てーーっ!」

商店街を駅と反対の方向に走っていく男を追いかけて行くと、30m程離れた所に停めてあった自転車に急いで乗って逃げ出した。

「準備してたのか?」

自転車はグレーともグリーンとも言えないくすんだ色合いで、荷台は黒い。

荷台はサドルの後ろに取り付けられた薄い板の様な形で、1番後ろに赤いライトが付いている。

杉本はその荷台の赤い丸を目掛けて商店街の中を倍の速さで走り出した。

男は買い物客を避けながらグングン進んでいく。

あっ右に曲がったぞ!

杉本も右への道に走って行った。

道は徐々に住宅街に入りどんどん幅が狭くなっていく。

その先には小川があってザラザラしたコンクリートの橋を越える時、もう少しで荷台に手が届きそうになったが手がちょっと触れただけで杉本は失速した。

もう駄目だ
もう走れない

はあはあと肩で息をしながら橋の一番盛り上がった所に膝をつき欄干に手をかけ、遠ざかる自転車が行く先を見ていた。

自転車はその先の古びたパーマ屋を左に曲がった。

杉本はしばらく息が上がりそのまま立てなかった。

無力感が漂う

「疲れた」と呟きながらトボトボと店に戻ると警察が来ていた。

お巡りさんにどんな感じだったとかどこで曲がったとか伝えた。

風花はお巡りさんと警察署との連絡の無線で「マルガイ」と呼ばれていて、これって事件なんだと思って怖くなった。

お巡りさんは2人で来ていて、全員に話を聞いた後、杉本とさっきの橋の所まで行って男の様子についてもう一度詳しく話を聞いた。

そして再び店に戻って来て「何かあったらすぐ110番か最寄りの警察署に電話してきて下さい」と言って帰った。

風花は杉本に「ごめんね、お巡りさんとの話を聞いてたわ。相当走って追いかけてくれたのね」

「もうちょっとだったんだよ」

杉本は悔しがった。



家に帰ってから風花は今日の事を母親に報告した。

「あんた狙われてるんじゃない?パンロンドにはもう行かない方が良いわよ」

母親は心配してそう言ったが風花は杉本の事が頭に浮かんだ。

「いいの私パンロンドが好きだし、守ってくれるわ。きっと」

それに自分を守るのは自分なんだし、明日からも気をつけて生きよう。

今日の事に限らずこれからも色んなことがあると思うし、気をつけた方が良いに決まってる。



次の日

パンロンドは定休日なので杉本は自転車に乗り、あの古びたパーマ屋を曲がってしばらく道なりに走ってみた。

右に左に道が広がっている。

うーんどっちだろう?とにかくあの自転車を探さなきゃ。

パーマ屋から西に伸びていく道の周辺を隈なく見ていく作戦で自転車を走らせた。

グレーの様なグリーンの様な車体で荷台が黒で先に赤いライトが目立つ物がないかじっくり見ていった。

ふぅ、疲れたな。初めの道から随分遠くへ来た。

コンビニで飲み物を買おうと駐輪スペースに自転車を停めた。

ふとコンビニの横の空きスペースを見た時

「あっ」

この自転車だ!

杉本は探していた自転車を見つけた。

緊張が走る。

コンビニの中を見回した。
が、
それらしき人物はいない。

店内の客はおばあさんが1人、40くらいの太った男が1人、女の人が1人、店員もパートの女性が2人だ。

「いないな」

あ、ひょっとしてこないだみたいに逃げるために自転車をここに停めてるのかも。

杉本は水を買い、それを飲みながらコンビニから少し離れた所で見張る事にした。

コンビニの前の道は坂になっていて、上には住宅街がある。

その坂に少し登り、そこから見張る事にした。

もしあいつが来たらダッシュで捕まえにいく!

そう思ってじっと見ていた。

すると

「何見てんだよ。俺にも見せろよ」と聞き覚えのある声がした。

「あ!修造さん」

修造が顔を並べて杉本の見ている方を見た。


「なんで?」

「俺の住んでるアパートすぐこの裏にあるんだよ。今から近所のスーパーに夕飯の材料を見にいくところ」

「そうだったんだ。修造さん、あの黒い荷台の自転車が風花を切りつけたやつの自転車です。俺捕まえようと思って。でないとまた風花が狙われる」

「ええ?よく見つけたなあ。分かったよ協力するよ。ここじゃ走って行きにくいからもっと近寄って挟み討ちにするぞ」

修造はコンビニの駐輪場の横の電信柱の影で携帯電話の画面を見るフリをして立っていた。

杉本はコンビニの中から自転車のよく見える雑誌コーナーの前に立ち見張っていた。

しばらく待ったが来ない。

杉本は修造にメッセージを送った。

『中々来ませんね』

『うん』

『焼成の仕事はどうだ』

『親方がいい感じに導いてくれているので大きな失敗はありません』

『ちょっとは上手くなってきてるな』

『そうですか!ヘヘヘ』

外でガチャンと音がした。

『来ました』

と打って杉本は店から飛び出した。男は杉本を見て素早く自転車に飛び乗りこぎだした。

「待て!」とっさに杉本はお祭りの時に入れっぱなしだった自転車の前カゴのスーパーボールを袋から出して走りながら次々に投げつけた。

そのうちのいくつかが自転車の前輪に乗り上げバランスを失ってグラグラしたすきに修造が走って行って自転車のハンドルを押さえた。

「捕まえたぞ」

コンビニ前の駐車場には派手な色合いのスーパーボールが散乱した。

2人は男が逃げない様に自転車から引き離し「お前だな!カッターで切りつけた奴は!」と言って男の腕を掴んだ。

男は急に杉本の手を振り払いポケットの中で握っていたカッターで切りつけてきた。

「あぶねえ!」避けた杉本に返す刀でもう一度切りつけた時、修造が男の足を右足で払った。本来なら足払いの後胸に一発正拳突きをお見舞いする所だがよく見るととても細くか弱い感じで、あばらを折ってはいけないのでやめた。

倒れた男から落ちたカッターを足で二メートルほど蹴り飛ばして手を後ろにねじりあげて「コンビニで紐を借りて警察に連絡して」と言った。するとそこへお巡りさんと女性が走ってきた「この男です!私のスカートをカッターで切った奴!この捕まってる方!」

お巡りさんが「16時28分、銃刀法違反及び傷害容疑で逮捕する」と言って男に手錠をかけた。

男は後でやってきたパトカーに乗せられて行った。

その後、連絡を受けて自転車で来ていたお巡りさんに女性と杉本が事情を話した。

どうやらこの女性は近所のカフェのスタッフで、コーヒーを運んでる時にそのスカートを店の中で犯人に切られたらしい。それを見ていたお客さんが教えてくれて、それでお巡りさんを呼んで一緒に探してたらここで見つかったそうだ。

「捕まって良かったなあ」

修造と杉本は顔を見合わせうなずいた。

3日後、店に私服の警察っぽい人が来て、親方と何か話していた。

杉本達は仕事をしながら気になってそれをチラチラ見ていた。

「親方、さっきの警察ですか?なんて言ってました?」と修造が聞いた。

「あのね。修造と杉本が捕まえた奴は、こないだの祭りに出てた焼き鳥の屋台で働いてた男でね、可愛い子をチェックしては服をカッターで傷つけて楽しむ変態野郎だったんだってさ。どうせすぐムショから出てくるだろうから、うちと風花の家には接近禁止命令を出してもらうよ」

「え!あの焼き鳥の屋台の?知らなかった!」
「私、パンロンドの事を話してたから聞こえてたのかも」

「怖いわね〜」と風花と奥さんもゾッとしていた。

修造が風花に「杉本が休みの日にあちこち探して自転車を探し当てたんだよ。こいつすげえなあ」と言った。ちょっと大袈裟で芝居がかっていた。

「そうなのね」

この時風花が初めて杉本を真っ直ぐ見たかもしれない、杉本は照れ臭そうな、嬉しそうな風花の顔を初めて見たからだ。

「ありがとう」

その時周りの誰もが杉本からズキューンという音がしてくるのを聞いた。

江川と藤岡が「ハート撃ち抜かれたね、ハハハ」と乾いた笑いを起こした。



ある日のお昼

「風花」

「何?」

「これ」

杉本は可愛いカゴを渡した。

「フォーチュンクッキーじゃない。お店で配るの?」

「これ俺が家で練習で作ったおみくじクッキーだよ。どれか一つ選んで出た占いが必ず当たるから」と杉本が自信満々でフフフと笑いながら渡した。

「あんたが作ったの?胡散臭いわ」と風花は笑って手に取らなかった。

「いいから1つ開けてみろって」

「わかったわよ。仕方ないわね」

風花は小さなカゴに10個ほど入った占いクッキーを一つ選んで開けてみた。

「何よこれ!」

【杉本が好きになるでしょう】

と書いてある!

「そんなわけないじゃない」と言ってもう一つ開けたらそれにも

【杉本が好きになるでしょう】

と書いてある

「ちょっと!」

風花は全部割ってみた。

どうやら全部に同じ言葉が書いてあるようだ。

それを一部始終見ていて「へへへーっバレたか」と笑った杉本に風花は顔を真っ赤にして背中を向けた。

「もうなってるわよ」

小さな声で呟いた。「え?」

「なんでもない、あ!いらっしゃいませ。ただいまブールが焼き立てでーす」

「おひとつですね、はい!」

風花は一際明るく言った。

おわり


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