パン職人の修造39 江川と修造シリーズ ジャストクリスマス
この作品はグロワールのHPで去年の冬に載せたものです。なので季節感が違いますがご了承下さい。
なお、このお話はフィクションです。実在する人物や団体とは何ら関係ありません。
11月の終わり頃、
パンロンドでは何度目かのシュトレンを大量に作っていた。
シュトレンはドイツが発祥で、スパイスやフルーツを大量に使ったパン菓子の事だ。
「うちは折り畳んで直焼きにするけど、型に入れる店も多いんだよ」修造は江川と杉本に、シュトレンを手成形しながら言った。
「はい、以前僕たちが漬け込んだフルーツに洋酒が染み込んで、熟成してここに使われているんですね」江川が感激して言った。
「そうそう」
お店では、親方の奥さんがアドベントカレンダーを出してきて、風花に見せながら
「これね、アドベントカレンダーって言うのよ。毎日この小さな窓を開けていくのよ。そしてクリスマスを心待ちにするの」
「わあ〜可愛い!丁度開け終わったらクリスマスなんですね。ロマンチックだわあ」
お店から聞こえて来る風花達の声に耳をそばだてながら「アドベントって何ですかあ?」と杉本が修造に聞いた。
「アドベントってキリスト教西方教会でイエスキリストの降誕を待ち望む期間のことなんだよ。待降節、降臨節とか色んな呼び方があるみたいだけど。クリスマスの24日から逆算して日曜日が4回入る様に数えるんだ。」
「はー」
「例えば12月24日が金曜日の場合、12月1日からだと3回しか日曜日がないから4回になる様に11月28日の日曜日から始まるんだ。そして4本の蝋燭を用意して、毎週日曜日になると一本ずつ蝋燭を灯してお祈りしたり、Mutter(お母さん)の焼いたクッキーやシュトレンを食べるんだ」
「へー」
「ドイツにいた時は11月になると夜から昼までヘフリンガーで大量にシュトレンを作って、そのあとこっそり近所のケーキ屋にバイトに行ってそこで夜までシュトレンを作ってたな。2時間ぐらいしか寝てないからうとうとして先輩に麺棒で頭を小突かれたっけ」
「小突かれるなんて切ない思い出ですね」江川がそれを聞いて涙目で言った。
「家族に仕送りを捻出したんだよ」
「大変だったんだ」心優しい江川が泣き出した。
「江川、大丈夫だよ。いい経験になったし、そういうのが俺の宝物なんだ」
そうだ。帰ったら緑にアドベントカレンダーを作ってあげようかな。
毎日お菓子を袋や扉から開けて出すなんて楽しいだろうな。
修造は緑の愛くるしい笑顔を思い出してうっとりした。
その横で「クリスマスかあ。あ〜俺、プレゼント何にしようかなあ」杉本が悩ましい声を出した。
「風花にだろ?」藤岡が返事した。
「そうです」
「趣味が違うの貰ったら嫌だろうから本人に聞いたら?」
「それもそうだけど直接聞くのもムードないなあ。。そうだ!いつも同じ職場にいるんだから俺の勘で当ててみますよ」
「ああ、例の鋭い勘でね」
「ははは」杉本は笑って誤魔化した。
12月の始め
田所家では
「ねぇおかあさ〜ん」
「何よ緑ったら猫撫で声を出して」
「あのね、サンタさんにね、プリムラローズのお化粧セットをプレゼントして欲しいの」
プリムラローズとは今大人気のアニメで、何人かの少女が色んな色のコスチュームで戦うあれだ。
主人公の赤とピンクの服を着てる子は赤色の口紅を塗ると変身して敵と戦う。
お化粧セットとは口紅、ミラー、戦う時に持つ魔法のロッドの事だ。
「じゃあお母さんからサンタさんにお願いしておくわね」
「ほんと?やったぁ」
緑にはどういうシステムかわからないがお母さんに頼めばなんとかなる。
本当は律子の実家の両親に電話をして前もって送ってきて貰うシステムなのだが、そのサンタ達は孫の喜ぶ顔見たさにそろそろ自分たちからだと言いたい。
緑はテディベアはサンタさんからのもう一つの贈り物と思っていたが、一度修造がお土産として渡したので少しだけ疑念を抱いている。
その民族衣装を着たテディベアは本当は修造がドイツからクリスマス前に送っていたものだが内緒だ。
——
クリスマスは大好きな人と過ごしたい。
風花が大量のシュトレンを包む時にエージレスを入れるのを、早めに仕事が終わった杉本が手伝っていた。
エージレスとは、ソフトなしっとり系の焼き菓子などに入ってる小さな脱酸素剤のことで、空気に触れれば触れるほど効力がなくなるので素早くお菓子の袋に入れて閉じなければならない。
なので二人で力を合わせてやると早くできる。
「あのさあ風花」機械で袋を留めながら杉本がそれとなく言った。
「なに」
「、、、俺達クリスマスも仕事だね」
「定休日じゃないって事だけでしょう?当たり前じゃない」
こんなにサバサバと言われてどうプレゼントの話に持っていったらいいのやら杉本は困った。
「ほら早く閉じてよ、エージレスの効果がなくなるでしょう!」
「はいはい」
2人はしばらく黙って作業していたが、急に風花が
「最近ぐんと寒くなったじゃない?」と切り出した。
「うん、朝もここに来る時寒いな」
「、、あったかいものが欲しいなあ」
「缶コーヒー買ってきてやろうか?」
「、、、」
風花は下を向いて黙々と仕事をし始めた。
それを聞いていた藤岡が呟いた。
「勘が鈍いのも見ていて辛いな」
つづく
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