パン職人の修造1 初めての面接 江川と修造シリーズ
お話の前に。
パン職人の修造は、口数の少ない主人公の田所修造(たどころしゅうぞう)がパンにまつわる色々な出来事を体験するお話です。元は「パン屋のグロワール」というパン屋のホームページで始まりました。お話は全てフイクションで、実在するお店や団体とは何ら関係ありません。各お話毎にテーマや主人公が変わります。noteでは、パン職人の修造というお話の第3部のあたりから始まります。
九州から関東に出てきてパンロンドというパン屋に就職した修造は、妻子を日本に残してドイツにパンの修業に行き、26歳で日本に戻ってまたパンロンドの店主柚木(通称親方)の元で働き始めました。そして江川卓也(えがわたくや)と出会います。
僕の名前は江川卓也。北国にある地元の高校に通っている。
僕は小さい頃からちょっと変わっていて、他人の考える事が人より敏感に分かったり、普通人がそんな事で悩まない様な事で悩んだりする様な子だった。
学校が荒れてたせいもあって、毎日みんなが自分勝手に生きてたり、わがままを人にぶつけたり、他人を馬鹿にしたり利用してたりするのを見てるのが段々嫌になって来て、高3の受験時期なのに学校へ行かなくなったんだ。
誰も僕のそんな敏感な所なんて知らなくて、みんなとの意識のズレがあってそれが嫌だったんだ。
本当に孤独で、学校にいてもいなくてもそれは変わらなかった。
ある日、僕は2階の部屋にいたけど、家族がみんな仕事に行っちゃってて誰もいなかったのでリビングに行った。
テーブルの上にあったクリームパンを食べながらふと見ると、誰かが読みかけのパンの雑誌が広げたまま置いてあった。
関東のパン屋で特徴のある店が何軒か載っていたので本当に何気なく見てたんだ。
そのうちの一軒にめちゃくちゃ目力のある人が載ってて、ドイツで修行してたって書いていた。
僕は何故かその記事が気になって食い入る様に見ていた。
僕にはわかったんだ、この写真の人は正直で真っ直ぐな感性で、こんな人が近くにいたら僕ももう少し楽なのにって。
記事の端に一緒に働く仲間を探してるって書いてある。僕はすぐにそのパン屋に電話して面接をお願いしたんだ。
そしてその日、誰にも言わずに飛行機に乗って関東のパンロンドにたどり着いた。
そこは東南駅から5分ほど歩いたところにある商店街の中にあって、下町のパン屋って感じだった。
入ってすぐお店の奥さんっぽい人に話しかけたんだ。
「あの、、僕電話した江川卓也です」
「あ、面接の方ね。工場の中にいる横幅のでかいのがここの親方よ。柚木(ゆずき)って言うの」
「はい」
「ちょっとー!面接に来てくれたわよ〜!」
中に通されて親方と話をした。
「よう、わざわざ北国から来てくれたんだって?ここには南から来たやつもいるよ」
親方は凄く気さくな感じの人だった。
良かった、優しそうな人で。
「江川君はパン屋でバイトした事あるの?」
「ありません、僕まだ働いた事なくて」
「今日はせっかく来たから少しパン屋の様子を見せてやるよ」
「はい」
江川は帽子とエプロンを借りて、更衣室で着替えた。
工場の中には親方と他に職人が3人いた。
パンの工場には店の近くに大きな窯があり、横には細長い機械が2台。後で知ったけどそれはホイロとかドウコンっていうパンを発酵させるものだったんだ。他にも生地を伸ばすパイローラーや生地を細長くするモルダーがあって、奥に生地を捏ねるミキサーがあった。
江川はみんなの様子を見ていた。
1人はずっとパンを焼いていて、1人は鉄板にパンを乗せて機械に入れたり出したり運んだりしてる。
親方はパンにクリームみたいなのを詰めていて、そしてもう1人がパンを捏ねるミキサーの前に立ってその中の様子を見ていた。
あ、この人だ写真の。。
江川は背が高く目力の強いその人の顔をじっと観察していた。無心にパンを作ってる感じだな。僕はパンって機械が作って流れてくるパンを袋に詰めてスーパーに並べて売ってるとこしか知らなかったな。
でもなんかパンと向き合ってると言うか、こんなに真剣に作ってるんだ。
工場の人達もみんな自主的に動いてる。
みんなやるべき事が決まってるんだ。
やがてパンが練り終わったらしく、目力男はミキサーから生地を出して、透明の大きなケースに入れた。そしてまた次の生地を作るために計ってあった粉をミキサーに入れた。水と他の材料を入れてまた生地を練り出した。
へぇ〜パンってああやって作るんだ、知らなかったな。あ、また粉を計り出した、きっとまた次の生地を練るんだ。前もって用意しとかないと間に合わないからなんだな。凄い無心だな。きっと生地の事しか考えてないんだ。誰が自分の事をどう思ってるとかそんな事関係ないこんな生き方もあるんだ。
江川があまりに目力男の方を見たので、目力男も江川の方を見た。
「こんにちは。江川って言います。今日は面接に来ました。」江川がにっこりして挨拶したが、男の方は表情も変えず「どうも、、」と言っただけだった。
そしてそれっきり生地が練り終わるまで江川の方を見なかったが、やがて生地ができたのでケースに入れて、それから裏の倉庫へ行ってしまった。
親方はそれを見て「もうすぐ採用試験が始まるからね。」と言った。
「あ、はい。」なんか緊張して来たな。
試験ってどんな事を書いたりするんだろう?履歴書を見ながら色々聞かれるとかもあるのかな?
江川がみんなの様子を見てると目力男が倉庫から「こっち。」と言って合図して来た。
つづく
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