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パン職人の修造36 江川と修造シリーズお父さんはパン職人



今日は修造の27歳の誕生日

家族3人で仲良く夕飯の準備中。

修造はじゃがいもとソーセージにカレー粉を準備して「今日はカリーヴルストだ」と自分の好物を作ろうとしていた。

田所一家の住んでるアパートは、東南駅から徒歩10分の所にある古いけど小奇麗なアパートで、パンロンドに就職してからずっと借りている。

キッチンに立ち、右のコンロでフライドポテトを揚げて、左のコンロでソーセージを茹でていた。

ドイツでは夕食はカルテスエッセン(冷たい食事)が定番だが、我が家ではあったかい料理も欲しい。

修造が立っているキッチンの後ろには4人掛けの椅子とテーブルがあり、そこでパンとサラダとハムとチーズを皿に盛りつけながら小学生になったばかりの緑(みどり)が隣にいる律子に聞いてきた。

「ねえ、お母さん」

「なあに?緑」

「よりってなあに?」

「より?なになにより大きいとかのより?」

「ううん」緑は首をふりながら言いにくそうに言った。

「あのね」

「うん」

「昨日紗南ちゃんのうちに洋子ちゃんと遊びに行ったらね、紗南ちゃんママがね、緑ちゃんパパは家出してたけど最近帰ってきて奥さんとよりが戻ったのねって一緒に来てた洋子ちゃんママに言ってたの」

一瞬、緑ちゃんパパって誰の事かわからなかった。

緑ちゃん

パパ

俺?

「ええっ!」

丁度フライドポテトを揚げていた修造は、驚いて網付きバットを持った自分の指に熱々のポテトを置いた。「うわっち!」

あわてて冷水で指を冷やしながら律子を見た。

律子は修造にすまなさそうに「ずっとそんな噂があるのよ。保育園のお友達のお母さんは今ではみんなわかってるんだけど、近所でもお父さんは出て行ったのねって言われてたし、小学生になってからまたその噂が再燃したみたい」

なんだか立つ瀬がなくて立ってる床が抜けそうな錯覚に陥った。

「律子ごめん」と謝るしかない。

「紗南ちゃんと洋子ちゃんも最近お友達になったから、何も知らなくて噂を信じてるのよ。私から言っておくわね」と言って早速電話の受話器を手に取った。

律子は腹を立てている様に見えた、その腹立ちは[なんとかママ]にではなく簡単に噂を信じてそれをまた尾ひれはひれを付けて広める不特定多数の人達に対する漠然としたものの様に思えた。

緑のお友達のお母さんに1人ずつ電話して丁寧に説明をした「ええ、そうなんですよ。うちの主人はマイスターになる為にドイツに修行に行ってたんですよ。オホホホ。まあ、別居といえば別居ですけれども。ええ、それではまた」

オホホホという言い方にわかったか?という裏側の言葉が見えてちょっと怖い。

そして緑に「よりを戻すってね、一度離れたけど元通りになったって意味よ」と律子は説明を続けた。

「お父さんはね、ドイツにパンの勉強をしに行っていたのよ。だからほら!」と言って壁にかけてあるマイスターブリーフを見せた。

「これはね、お父さんがドイツに行ってパンの勉強をして合格したっていう証明書なのよ」

明らかに他のポスターとは違う、価値のあるそれは緑にもとても大切なものだとわかっていた。

「それにね、お父さんとお母さんはとっても仲良しだからね」

「知ってる」

緑は修造が帰ってからというもの毎日ベタベタ仲良しな両親を見ていて他のお家もこうなのかしらと思っていたが、どうやらそうではない様だと最近はわかってきた。

「洋子ちゃんのおうちはお父さんとお母さんが、もう1年ぐらい話してないんだって、一緒のおうちの中にいるのに」

「へぇ〜」

そして緑は修造に「今度の休みの日に学校から帰ったら一緒に空手に行って。田中師範がたまにはおいでって」と言ってきた。

「勿論だよ緑!夕方行こう!」

修造はやっとこの話が終わったのでホッとした。

田中師範とは修造が住んでるアパートの近くの公園で知り合った空手の師範で、小学校や神社でも子供達に空手を教えている。半年ほど緑と通っていたが、修造は最近休みがちだった。

「次の休みといえばホルツに行く予定なので帰ったらすぐ行こう」

「さあ、2人とも座って!お父さんのお誕生日のお祝いをしましょう」

「はーい」


ホルツに行く日
修造は〇〇ちゃんママ達の事をベッカライホルツに行く電車の中で江川に話した。

江川は嬉しそうに「緑ちゃんパパって呼ばれてるんですか?」と言った。


自分の想像もしない所で修造が違った呼び方をされているのが不思議で新鮮だったからだ。

「そう」

修造もそれが不思議だったが、考えてみれば誰がどの親かわかりやすい呼び名だ。苗字も名前も知らなくても子供の名前さえ判っていれば使える。

 

「さあ、今日もホルツで練習だ!」

修造はホルツに着く手前で張り切って言った。

「はい。僕この間、鷲羽君と勝負した時に6本まで編み込みパンを作ったんです。だけど思ってたより早く鷲羽君が俺の負けだって言ったので親方に習った[ぶちかましスペシャル]は使わなかったんです」

ぶちかましスペシャルってすごい名前だなあ。修造はフフフと笑った。

「一体どんな編み込みパンなんだろう」

「いつか見てもらいますね、緑ちゃんパパ」

「江川まで!やめろよ、、」修造は顔が赤らんだ。

「冗談ですよ、修造さん」

江川が楽しそうに笑いながらホルツに着くとみんなが挨拶してくれた。

鷲羽には自分から「鷲羽君おはよう」と挨拶した。

鷲羽は江川の方を見て照れ臭そうに頭をペコっと下げた。

江川に対して勝手に勝負を挑み、しかも負けた事で大木に注意を受けて、今日は大人しくしておく様に言われていた。

さて、別室で今日も第一審査に送るパンの練習が始まった。

今日は提出するパンの練習を通しでやってみる。

大木は『修造はちょっとしたアドバイスで大丈夫そうだが、江川は細かく見ておかないといけないな』と思っていた。その為捏ね上げから細かく教えていた。

大木がついていて、指導している時は良いが、1人で成形させてみると焼いた時に生地の裏がはじけて割れる。

 
つづく

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