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アベノマスク検査 品質不良発生の原因と問題点

~アベノマスクの品質問題の発生原因・民間企業であれば誰が最終責任者なのか・民間の家庭用品の品質管理(Quality Management)の視点からの考察~

私はイオンで31年勤務し海外業務に28年関与しました。現在は退職して2年以上たちます。現在は品質管理のコンサルティングもしてます。今回はその経験から『アベノマスク』の原因・問題点を民間企業の品質管理の専門家の視点から考察してみます。

2003年にはイオンのグループ品質管理部の立ち上げメンバーとなり、イオングループの開発商品の品質管理マネジメントシステムそのものである『品質管理規定』を中心メンバーとなり策定しました。

イオンと言えば、食品から衣料品(繊維製品)や家庭用品や家電製品まで開発商品を作り販売しています。その全ての品質管理マネジメントスキームを構築し、不良品を減らすために様々な制度を作りPDCAを回し続けました。

その取り組みは経済産業省から「製品安全対策優良企業表彰」で平成20年に表彰されました。

結論から説明しますと、今回の真の原因は、ある程度の規模の民間企業であれば自社開発商品を発注する際に当然に行っている品質管理がしっかり行われていなかった、ということが結論であり全てです。

そして『不良品の検品に国のお金を使うのか?』という議論がりますが、これは発注者以外費用負担することはありえないので、よって今回のケースは国が払う、というのが結論です。

そしてその責任は、全て発注者にあります。世間では海外の工場に問題があるとか、日本の受注者に問題があるとか、日本の検品会社の話まで出てきました。しかし、全ての原因は、このような大型発注商品(1SKUで数百億円とういう大型発注)で発注者が当然行っているべき品質管理をしっかり行っていなかったという、発注者の品質管理の問題なのです。

民間企業で言えば、一番責任を負うのは、もちろん社長ですが、実際の責任者は商品を発注した商品部門の統括責任者(役員レベル)であり、次の責任者は品質管理責任者(実務をする部長レベル)となります。

いったい、今回アベノマスクを発注したのは誰なのか!?ここが大きなポイントです。製造委託先企業に発注書を渡した人がいて、それを承認した責任者がいる・・・そこが今回の責任問題の最大のポイントです。

今回は、この品質問題を分かりやすくご理解いただくために、マスクという繊維製品だけでなく、皆さんに馴染みのある食品(レトルト御飯)と例にしながら説明させていただきます。

今回のアベノマスクをレトルト御飯で考えてみると、スーパーで普通に売っている品質管理されたレトルト御飯が届くと思っていたら、入っている重量は少ない、中のお米が割れて砕けている米がたくさん混じっていて、ご飯がべちょべちょになっていて、はっきり言っておかゆみたいで不味い。そんな感じでしょう。

なぜ、そんなことが起きたのか、発注者が品質管理を受注者(発注者から見た製造委託者)に丸投げすれば、求める品質レベルの商品が勝手に出来上がってくると妄信的に信じたから起きてしまったと推測されます。

レトルト御飯なら製造場所は国内で、工場にはしっかりした品質管理の人がいて、イメージしたもので出来てきます。レトルト御飯は、1個1個の品質がばらつきにくい機械製造型の商品であるという要因もあります。しかし、マスクは全く品質管理の方法が異なるのです。

まず、今回問題となっているアベノマスクですが、繊維製品であるという大きな特長があります。この繊維製品の特長から理解する必要があります。そしてその前に簡単に品質管理という言葉の定義を行います。「品質管理」という言葉の意味は明確に定義されています。品質管理検定の4級(入門レベル)の教材の最初に定義されています。品質管理とは「程よく一定にする取り組み」のことです。言い換えるとばらつきをなくすという取り組みです。

以前、NHKの朝の連続ドラマで『スカーレット』という番組がありました。主人公の瀬戸朝香さんが、女性陶芸家となられるストーリーでした。この番組に出てくる陶芸作品は、当たり前ですが、1つ1つ品質が異なります。極めて高い技術を持った職人が、自分独自のろくろを使って作り、独自の釜を使って、独自の温度で独自の期間焼き上げる訳ですから、出来上がった全ての商品の品質は大きく異なります

繊維製品もそれに近いです。ミシンという個人個人が使う機械を大勢の縫製作業員が使い商品を作る訳です。レトルト御飯のように、機械で同じものがどんどん作られる訳ではないのです。マスクなど繊維製品は手工芸型の商品であり、レトルト御飯が機械製造型の商品なのです。そのため、マスクの出来上がり品質は大きくばらつきます。まずは、ここがマスク(繊維製品)の大きな特徴です。

そして、日本の店頭で販売しているアパレル・繊維製品には不良品(業界では不適合と言います)が混ざっています。そもそもそういう業界なのです。

業界では、AQL2.5で管理している企業が多いです。AQLとはAcceptable Quality Levelの略であり、合格品質水準の意味です。分かりやすく言うと、2.5%くらいは不適合品が混ざっていても認めますよ・・・という品質管理レベルことです。

店頭に不良品が混じっていることを驚かれる方は多いと思いますが、繊維製品はそもそもそんな手工芸型の商品なのです。手工芸型の商品なので、不良品が色々出ています。そしてその不良品は検品で見つけるケースと試験で見つけるケースがあります。

検品で見つかる不良品にTOP3要因は、「縫い糸切れ・目飛び・油汚れ」です。1つずつ簡単に説明します。

1つ目の「縫い糸切れ」は、使っている縫い糸がどんな糸なのかにもよりますが、ミシンの糸調子の設定により起こります。ミシンの釜から色が出る圧力を重くし過ぎると、縫い糸が緊張している状態になり、切れやすくなります。そして、使っている縫い糸をしっかり三子撚りの縫い糸を指定しないと海外では安い粗悪品の二子撚りを使われてしまいます。品質にこだわるなら、グンゼ・フジックス・三山などの日本品質の縫い糸を使います。指定しなえれば、粗悪品の二子撚りを使われても文句は言えません。縫い糸を指定するかどうかは、発注者なのです。何社かに発注するなら発注者が指定しないで誰が指定するというのでしょうか。指定しないと品質レベルは落ちますし、何社かに製造委託すると出来上がた商品の品質がばらつく要因になります。

2つ目の「目飛び」とは、縫い糸が飛んでいる状態です。縫い糸が飛んでいるのを引っ張るとプリプリプリと、どんどん縫い糸が取れていくという経験を皆さんされたことがあると思います。これはミシンの設定により起こります。釜が縫い針のへこみ部分に入り込む絶妙なミシン設定をする必要があり、そういうミシン技術者が工場にいて、しっかりミシン設定をしているかがポイントです。工場に100台ミシンがあれば、1台設定を間違うと、その1台で作った商品に目飛びが多く発生します。当然、そういうミシン技術者がいる工場であるかどうが、発注者が確認してから、製造を依頼する工場を選定します。ユニクロレベルになると、技術者が工場に常駐したりもすると聞きます。工場を選定するのは、発注者です。発注者が製造委託者に丸投げするなんてあり得ないのです。製造委託者が見つけてきた候補工場を決定するのは発注者です。

3つ目の「油汚れ」ですが、これは繊維製品には、よくついています。ミシンは油を使うので油汚れが付く場合があります。この原因は、ミシン毎に使う油の粘度に関係があります。油の粘度がVG(ISOで定められた工業用潤滑油類の粘度の単位)という単位で管理されます。ミシン毎に指定の粘度の油を使う必要があります。指定の油の粘度より粘度数値が多い油を使えばミシンが壊れるリスクが発生し、粘度数値の少ない油を使えば、油が漏れます。粘度の少ない油が安いので、工場は安い油を使いたがります。粘度数値がかなり少ない油を使えば大量に油が漏れるので、ミシンに布をかけて防ぐ工場もあります。業界ではこれを「よだれかけ」と呼んでいて、ミシンの基本知識もないレベルの工場だと一目で工場の品質レベルを見分けるポイントとして使われます。そんな工場かどうが、工場のレベルを確認するのは発注者しかいないのです。その工場の品質レベルを確認する前に発注するなんて民間企業ではありえないです。もし仕入れ商品でなく、自社商品の品質を製造委託企業に丸投げするなら、そのリスクは全て発注者が負担すべきですしそういう製造委託契約になっていると思われます。

そして、日本の一般の繊維製品には2.5%の不適合品が入っているという話ですが、例えば、ポロシャツをイメージしてください。ミシンの油汚れは一定数発生します。例えば、白いポロシャツの襟に油汚れがあれば、当然不良品です。ではグレーのポロシャツの背中に油汚れがあればどうでしょうか?では、襟の裏にあればどうでしょうか?では、黒いポロシャツなら?判断する基準はどうなってくるのか非常に分かりにくくなってきます。その不適合レベルによって気にする人もいれば、しない人もいます。

そのため結果的に2.5%くらいは不適合品が混入しているのが日本の繊維製品業界なのです。では品質にこだわる会社や、高額品や重衣料(スーツなど)はどうしているのでしょうか?高額商品に2.5%も不良品が混ざっていては納得いきません。実は大丈夫です。それは、高額品は発注者が自分のコストで第三者検品をしているからです。

日本の検品会社は海外で広く事業展開をしています。縫製工場で商品ができたら、現地の第三者検品工場で検品(又は検品会社の人間を工場に派遣して行う出張検品)をして、合格したものだけ購入するのです。品質にこだわる会社はそうしています。又は、第三者検品会社に抜取検品してもらい合格したロットだけを購入しているのです。

そんなルールを決められるのは発注者だけなのです。発注者から製造委託を受ける会社(アパレル会社)ではなく発注者だけが、どの場所で、どの程度のレベル(AQL2.5やレベルⅢなどの抜取数量や全数検品などの検品数量基準)で、どんな仕様書(縫製仕様書や検品仕様書)を使って検品をするのか決めて、製造している現地の検品会社を指定して、発注者が自社のコストで検品しているのです。

そして縫製問題だけではなく、繊維製品では試験所で試験をします。繊維製品業界には、2大大手試験書があります。カケンテストセンターボーケン品質評価機構です。

それぞれカケン品質基準ボーケン品質基準があります。2つは同等のものです。通常の繊維製品では、堅牢度試験や物性試験がここで行われます。堅牢度試験とは、光(太陽の下で干して色落ちしない)・洗濯(洗濯して色落ちしない)・汗(汗をかいて色落ちしない)・摩擦(こすって色落ちしない)などの試験のことです。

その他に物件試験(引っ張って破れにくい・毛玉になりにくい)などの検査があり、他にも繰り返し洗濯試験(10回洗って縮んだり伸びたり型崩れしない)もあります。どんな試験をどんな頻度で行い合格基準はどうするのか、その試験項目や試験頻度(購入ロットの設定)や適合判定基準を決めるのは発注者だけなのです。通常の民間企業はカケンやボーケンに相談しながら、自社で品質管理を行うのです。実際は、「ボーケン基準で合格した証明書を持ってきて!」というような感じで製造委託先に依頼するのです。

果たして、今回のアベノマスクですが、いったい誰が品質管理をしていたのでしょうか?

1SKUで何百億円という巨額の発注をするなら、まず品質責任者を決めているはずです。決めれいなければ、品質を無視して発注したことになります。

民間企業で大きな品質問題が起こったら、リコールを行い、自社で(実際は検品会社にお金を払って)コストを払い、検品をしなおして、再出荷としなります。ただしこれからも商品は入ってくるので、新しく入ってくる商品の検品も検査もする必要があります。そのため品質管理コストはまだまだかかるでしょう。

民間企業が今回のアベノマスクを発注するとしたら、最初に発注者が決めることは下記の5つです。

①製造委託者の選定基準(どんな会社に製造を委託するかの要求基準)」、「②縫製仕様書(どんなサイズかどんな縫製仕様か指定した文書)」、「③原材料仕様書(生地とゴムと縫い糸の原料指定)」、「④検品ルール(完成品をどこで・どんなルールで検品するか)」、「⑤試験のルール(どこの試験所でどんな頻度でどんな試験をどんな合否判定基準で行うか)」

この5つを決めてから製造委託者と製造委託契約を締結してから、文書で発注を行います。その手間を省いたら、当然ですが品質はばらつきます。このルールを省けば省くほど品質は大きくばらつき、不良品が多数発生します。

今回の問題は、①製造委託先の選定基準はあったのか、②縫製仕様書はあったのか、③原材料仕様書はあったのか、④検品ルールはあったのか、⑤検査のルールはあったのか、②③④⑤を文書で製造委託先と合意していたのか・・・という基本的なことを発注者がしていたのか、ということが大きなポイントです。

これだけ巨額の発注を何のルールも文書なしで発注していたとしたら、民間企業ではありえないことであり、発注責任者と品質責任者は罰せられるでしょう。

今回の問題で、発注者が、このような業界では当たり前のことを行わず、何も品質に関する基準やルールを指定せずに発注したとすれば、その発注価格には品質管理コストが全く入っていないので、日本国内で検品するコストは当然発注者が負担すべきものです。

現地工場か現地の検品工場でするべき第三者検品をせず、指定ロット毎の試験所で試験もせず、その品質管理コストを見積もらず発注したことが今回の問題ではないかと考えます。


消費材(食品・家庭用品)など、品質ドラブルにお悩みの方、どうぞこちらからご相談ください。御社に適した品質マネジメントシステムを構築させていただきます。

株式会社グローバルセールス 代表取締役

旨味ジャパン株式会社 代表取締役 山崎次郎

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