星の導く者

刺繍された始終の詩集」より1話1話がちょっと長めのシリーズものです。

追想編

時間は止まってくれない。日が沈めば朝が来る。ただそれだけの事が、計り知れない苦痛を彼女にもたらしていた。

「明日なんて、来なければいいのに。」
彼女はそうやって眠りにつく。いつも通りの深夜1時、結局いつだって目が覚めれば朝になる。そうやって日々を過ごしていた。
普段と何も変わらない目覚め。騒がしい雀と裏腹に、ため息をついて静かに起き上がる。朝食のパンを少し焦がしてしまった以外は、いつも通りの支度をして家を出る。学校に向かう。学校に行く意味もあまり感じられない彼女は、今日も適当に学校で9時間と別の10時間を消費していくのだ。

「進路希望調査用紙は来週水曜日までに提出することー。」
予想はしていたが、やっぱりこの時期になると書かされる用紙。彼女はこれが無くなればいいと思うほど忌み嫌っていた。理由は単純、進路希望など無いからだ。普通に考えれば、『明日が来なければいい』という精神状態が続く中、進路希望を出すなんてできる訳がないだろう。未定。未定。未定、そして未定。考えてないだけの嘘も、単純な2文字で機械的に処理すればいい。本当はこんな嘘を連ねるのは嫌だけれども、考えるよりよっぽどましだろう。

全力で、殴り捨てたい気分だった。

その日の夜、彼女は中々寝付けなかった。むしゃくしゃ、もやもや、そういう感覚に近いものが身体と心を支配していた。
今日はきっと嫌な日だった。明日は無ければとても幸せだ。
半ばおまじないと化した決まり文句を言っても、彼女は眠れない。眠りにつくよりも、世界が狂う方が早かったのかもしれない。

その晩、寅の刻も初刻の頃。「草木も眠る丑三つ時」よりも遅い時間な訳であり、当然の如く辺りは静まりかえっている。彼女は何故か目が覚めた。いつもならば、気がつけば朝になっているはずだが、今日は何かが違うことを感じ取った。
無駄に起きてしまい、そのまま眠る気にもなれず、夜風に当たろうとベランダに足を伸ばす。マンションの11階のうちの7階、風は幾分心地よい。ぼんやり外を眺める彼女だが、飛び降りる気などは更々無い。
ふと、空を見上げる。下つ弓張の月が淡く光っているが、何かがおかしい、いや、誰が見てもはっきりとわかるほど星が眩い。普通ではありえないような数の星々が、地上を照らす、私を照らす、見えるもの全てを照らす。他に人の気配ない。気がした。気がしただけだった。
星の眩さに心を奪われた彼女の隣に、およそコスプレの魔法少女装束のような少女が佇んでいた。
『あなたも、星に気に入られたのかしら?』
螺鈿細工の如く繊細な声の少女が、言葉を紡いだ。

「あなたは、えっと、誰ですか?その、通報しますよ?」
彼女から見れば、知らない人が自分の家のベランダにいるのだ。そういう思考に至るのも至極当然である。
『私は“星を詠む者”、名前は無いからヨミちゃんって呼んでくれればいいよ。」
少女から見れば、久しぶりの遊び相手であり、当然高揚するものだ。

…というのは、後の会話で明かされることだろう。それよりも、ヨミと名乗る少女に対する不信感は拭えていないどころか、ますます高まっている。
しばしの沈黙の後、次に口を開いたのは、彼女だった。
「あなた、ヨミさんが何者で、なんでここにいるのか、とか、色々納得がいくように、説明お願いします。」
二人の間には、捉えにくい緊張感が漂っている。ヨミはベランダの柵を乗り越え、煌々と輝く星を背に語り始める。
『私は、分かりやすく言えば魔法使いなの。星が、私をそうしたの。星を通して、いろーんなことが“理解できる”の。だから、“星を詠む者”。』
ヨミは、ベランダの外に向かって歩く。何も無いはずの空中に床があるかのように。
『ここにいる理由は、まぁ簡単に言うと、面白そうな気配がしたの。突然だけど、あなたも私みたいになってみない?』
「…へぁ?」
[は?]とも[え?]ともつかない間抜けな返事が出た。あらゆる事がよく分かってない。

正直、色々納得がいってない。少なくとも、目の前のヨミと名乗る少女が普通ではないことだけは理解した。考えがまとまらない。何を言っているのか飲み込めない。頭がぐちゃぐちゃな中、またヨミが口を開く。
『うーん、言い方を変えようかな。あなたの願いを叶えに来ました。あなたの願いを教えて。』
「願い…私の?私のでいいの?」
『ダメだったら、ここで会うことも無かったでしょうね〜』
一息。本当に叶うのならば。
「明日、明日が来なければいいのに。」
細々しくも、決意に満ちた声で声に出す。すると、まるでこうなることを予知していたかのように、もしくは本当に予知していたヨミが動く。
『やっぱり、あなたで正解。』
動かした腕には、身長に似つかわしくない大きな杖がいつのまにか存在した。
『この杖を横に振るだけで星は止まり、この杖を縦に振るだけで空は裂けるの。明けない夜を作るなんて、朝飯前…いや、私に朝はもう存在しないんでした。』
いわゆる魔法の杖。星詠みの杖。
星を、天を、時空を操る壮大な力の源。
『そう、例えばこの世界には今、私とあなたしかいないの。上手に作られた、模型みたいな世界。あなたのいた世界を少しだけ切り取って、時間を固定してるの。』
二人だけの世界。永夜の世界。現実と、俗世と、基底概念から切り離された星の時空。
彼女は、往年の願いが目の前で叶うかもしれないという期待と、真偽すら危ういヨミの語り草への疑念の間で、どうしようもなく悶えていた。

全てから解放されるかもしれない。
全ておとぎ話の幻想かもしれない。
永遠に煌星の下幸せになれるかもしれない。
永遠に一時の幻を求め続けるかもしれない。

ヨミは、彼女の何か言いたげな表情を察して、いよいよ決定打を放つ。
『永遠に明けない夜を作るのは、とっても簡単なこと。でもそれは、家族や友人や大切な人、それにこれから出会うはずだった人達と、一生会えなくなることなの。星の時間の流れで、一生。少なくとも100万年くらい。』
最初に出会った様子からは見当もつかないような、周りの気温が下がる感覚がする程凛とした目線を彼女に向け、冷ややかに、強く、言い放つ。
『あなたは、星になる覚悟が、ありますか。』

星になる。比喩でこそあるが、人間の感覚において無限に近い時を過ごすこと。永遠への覚悟を、問われている。
魔法か、存在感か、言葉の裏に隠された意味を、彼女は余す事なく理解する。
人生最大の勇気を以て、か細くも芯のある声が発せられた。
「うん、いいんです。私だけこの世界に取り残されても、きっとみんな幸せになってくれます。私だけ歩みを止めても、きっとみんな未来を掴んでくれます。今は、いや永遠に、誰かの成功を願い、見届けたいんです。」

星空を
未来を
自身を
宇宙を
真理を
全てを

理解した。体は軽く、星は道筋を照らし、手には杖が握られており、精霊は彼女を祝福しているようで、彼女は今なら何でもできる気がした。
『ようこそ、夜明けから一番遠い場所へ。』
『あなたの名前は、
「私は、

[星を祈ぐ者]

『あなたも今日から星の民。これ以上は、多分説明しなくても、きっと分かるよね。』
「はい、何故だか分からないけど、星が私に語りかけてくれる。そんな気がします。星の民がどういうもので、何をしているのか、もう大丈夫です、理解できました。」
ヨミは満足げに小さくうなずき、次の話題を切り出す。
『そうそう、私の他にも星の民がいるの。一度紹介したいな。』
「ありがとうございます。でも、少し休んでいいですか?ちょっと、色々ありすぎて、疲れちゃいました。」
『もちろん。時間はいくらでもあるからね、少しと言わずに休んでいいよ。』
しばらくぶりに一人になった。ヨミには、少し離れたところで待ってもらっている。

杖を振るう。はじめての一振りは、おかしいほどに輝いていた星々を、常識的なものにするのに使った。
二振り目をすると、私が浮いていく。概ね使い勝手が分かった。
三振り目。星を祈る者は、明けない夜を作り出した。

理想を作り上げた。そしてこれからも、理想を作り上げていくだろう。最早彼女は星の民。星の導くがままに、あらゆる時空を渡り歩いて行くだろう。
古い時代から、星は詠まれ、歌われ、象られ、特別な意味を持っていた。今も昔も、きっと同じように、同じような星空を眺めるのだろう。
『休憩は大丈夫?星を祈ぐ… ちょっと言いにくいなぁ、ネグちゃんでいい?』
「語感が良くないので、できればメグでお願いします。」

日は沈み、また昇る。それがこの世界の理。しかし、この広大な宇宙のどこか果てには、星の民が作り出すような、明けない夜もあるのかもしれない。


新生編

まるで魔法のようだった。暗刻中越の空の小輝が、まるで明刻の大輝の如き煌めきを見せてくれた。
言葉が出なかった。何不自由ないはずだった私が、初めて不自由を感じた。感情を言葉に表せない不自由さを。
これは、少し別の可能性を歩んだ世界線の、手の届かない時空のお話。

「あら、ありがとう。あなたはいつも優しいわね。」
私、ツェラトーシャはそう言って、仕女から暖かい上衣を渡された。暗刻の延びる、寒い季節が来た。
「あー、面白い事が転がってたりしないかなー…」
「ツェラ様、もし宜しければツトラスは如何でしょうか?」
「うーん、ツトラスは面白いけど…」
「ツェラ様がこのゲームに勝ったら、暗飯を豪華に致し
「面白いわね、すぐに用意しなさい!」
仕女を遮ってゲームを始めるように指示する。
ツェラトーシャは、身級制の中でも最上位の輝級、つまり貴族のような存在だ。幼いものの、礼節も教養も充分に身についている。上手く扱えるかは別として。

「今日は私の勝ちよ。でも、あなたも強いわね。父様母様を差し置いて、ツトラスで私と対等に渡り合えるのはあなただけよ。」
「お褒めにあずかり光栄です。では、約束通り暗飯を拵えて参ります。」
暫しの孤独、大輝は地に伏し暗刻を迎えようとしている。傾ききると同時に、ため息が出た。
根本的な面白さ、ツェラトーシャが求めていたものはそれだった。全身が震え上がり、心の底から興奮するような、底無しの面白さを求めていた。

普段より更に高級で豪華な暗飯を嗜んだ後、私は久々に小輝を眺めることにした。私は輝級。仕女達がいつでも身の世話をしてくれる。構ってくれる。
だからこそ、こうして1人で考え込む時間もまた尊い。とは言っても、考えることは大抵「面白いことはどこにあるのか」とかだけど。

ツェラトーシャは、寒い中うたた寝してしまった。きっと風邪をひいてしまうだろう。このうたた寝が、全てを狂わせた。もしくは、全て台本通りだったのかもしれない。

…いけない、寒い中うとうとしていた。いくら暖かい服飾とはいえ、ちょっとまずいかもしれない。もう明刻かと徐ろに刻盤を確かめる。
えっ、という声とともに呆然としてしまう。ありえない事が起きてる。

まるで魔法のようだった。暗刻中越の空の小輝が、まるで明刻の大輝の如き煌めきを見せてくれた。

言葉が出なかった。何不自由ないはずだった私が、初めて不自由を感じた。感情を言葉に表せない不自由さを。
ヒトは、思いもよらない事が起きると、全く思考が停止してしまう事がある。今のツェラトーシャは正にその状態だ。

「おーい、誰か来なさーい。」
夢の中だと信じたい私。呼びかけに応じたのは、

『私がここにおりますわよ〜』

見知らぬ者が天から降りてきたのだ。
「おい早く誰か来い!誰でもいいから!それともここは夢の中なのか?」
完全に動揺に駆られ、普段からは想像できない荒れた言動になってしまっている。

『はい、ぜ〜んぶハズレですわ。』

空中を歩む不気味で小気味よい足音、暗紫色を主としたゴシック調のドレス、長手袋の先には紋様の刻まれた分厚い本、喉元のネックレスを際立たせる露出は白く美しい首、甘くも鋭い眼光を隠す鍔の広い三角帽。

降りてきた者は、正に「魔女」そのものを体現したような見た目をしていた。
完全に呆気に取られた私は、何もできなかった。相手の出方を窺うしかなかったのだ。変に隙を見せると逆手に取られる、父様の教えだ。

『あら、声も出ませんか〜?恐怖しかり、感動しかり、それとも別のことかしら?』
「…とりあえず、貴女は誰で、どこから来て、なぜ来たのか言いなさいな。」
精一杯の平静を保とうとするツェラトーシャ。その声は、意に反して少しばかり震えていた。
『もう、せっかちね〜。ええ、教えてあげますわよ。
名前はー… そうね、タウとでも呼びなさいな。星謳いのタウ。
来た場所ー… も難しいわね。とりあえず、異世界と言っても嘘にはならない場所ね〜。来た理由は簡単ね〜。』

とまで言い、呼吸を整えて改めて言い放つは、

『あなたに、“面白いもの”を見せにきたのよ。』

私は、この瞬間だけ空気が違うのを感じた。まるで、一瞬だけ時が切り離された感覚、言葉にただならぬ重みが乗せられている感覚。直感は、その言葉に冗談が無いことを捉えた。
「面白いもの、ねぇ… 私が日頃から求めているものよ。でも、そう簡単に私が満足すると思って?」
『もちろん、一生飽きることがないほど満足すると思うわ〜。ただ、それ相応の覚悟は必要ね〜。』

話の重さの割に、口調が軽い。私は目の前の、タウと言ったかな、と話すのを好く思えない。
「正直じれったいから、ストレートに聞くわ。“面白いもの”がなんなのかと、覚悟ってなんなのか、説明して!」
ツェラトーシャ自身は気づいていないが、動揺からか口調がだいぶ崩れている。幸か不幸か、素直な感情をタウに投げかけることに一役買っているのだが。

『もう、本当にせっかちねぇ〜。
“面白いもの”っていうのは〜、言うなれば魔法ね、それも天の煌々を操れるようなすっご〜いもの。私ばかりに集中して忘れてないかしら?今の天はこんなにも不自然に明るいのよ〜。』

そうだ、小煌が眩しすぎるのだ。この天全部目の前のタウが魔法でやったのかと、言われなくても見当がついてしまう。

『そして覚悟の方ね〜。これは大事。覚悟って言うのは〜、

貴方が“星になる”ということ。

少なくともこれまでと同じようには暮らせない。あなたが星の一生に向き合うだけの、永遠に等しい時を歩む覚悟を問いているわ。』

「…え?」
全く飲み込めない。特に後半部分が。まるで0除算を許された感覚。
常識が崩れる、その感覚を身をもって知った瞬間だった。

『もっと噛み砕いて言えば、あらゆる世界を転々と渡り歩く事になるわ。その上で、ここにはもう帰ってこられないということ。当然、この地での貴方の立場なんて、他のどこでも通用しないわ。』

ツェラトーシャが迫られているのはこうだ。
魔法を手に入れて、あらゆる世界を渡り歩けるようになる。想像もしなかったような面白いことを次々と目の当たりにしていくだろう。
しかし、それと引き換えに現在の全てを捨てることを求められている。生活、地位、関係、寿命、その他含め全てだ。
心は既に、決まっていたようなものだったが。

「もう一回聞くわ、その魔法は、本当に一生ずっと“面白い”の?」
『えぇ、間違いないわ〜。まだ8万年くらいだけど、飽きたことは無いわね〜。疲れることはあったけれど…』

私はこの瞬間、今までにないほど体が熱いのを感じていた。全身が、心の底からも、本当の面白さを求めている。
「この世をば わが世とぞ思ふ 照天の 霞むこともぞ なしと思へば」
『…あら、突然どうしたの?』
「”面白いもの“をひたすら集められるのなら、もはやこの世界は私のもの。貴女の背後の照天が陰りなくあたりを照らすように、私はあらゆる世界の“面白いもの”を照らしに行くわ!」
感情のままに詠んだ歌を、窓枠に直接書き込む。ツェラトーシャが生きていた証を刻み込むかの如く。
『…決まりね。言い残すことは?』
「歌が残れば、後はどうにでもなる。だってもう私は、

[星を詠む者]

さぁ、どこにだって行くわ。どこにだって行けるわ。」
『貴方なら、こっちの方が似合うわ。』
そういって渡されたのは、身の丈程ある大杖。星が語りかけてくるのを感じる、力を持った魔法の杖。
「星を詠む者、星を詠む者… 言いにくいしヨミでいっか。ついでに昔の名前も、もういらないし捨てるかぁ。」
『あら、随分と子供っぽい一面もあるのね〜』
「あんまり言わないでっ!」

いつかどこかで詠まれた歌。それは、違う形でまた詠まれるのだろう。生まれは消え、消えては生まれるその歌に想いを馳せれば、きっと違う世界へだって行ける。

翌朝以降は大変なことにになっているだろう、輝級の娘が消えたのだから。しかし誰かが残された歌を見つけると、ツェラトーシャだった者は世界を我が物にした神だと言われるようになった。いつしか、民たちは大輝と小輝に向かい礼拝を繰り返していた。
ヨミにはもはや関係ない。広大すぎる世界がいくつもある中に、ひたすら知見や感傷や、単純に面白いものも含めて、あらゆるものを求めて彷徨った。

きっとこの星は長生きするだろう。そしていくら長生きしても、世界を超えて全ての面白いものには触れられないだろう。
それを知ってなお、ヨミは面白さを求め続ける。いくら星の一生とはいえ、時間は無限ではなかったのだから、その瞬間までは。


星命編

 永遠なんてない。それは、人も星も等しく時が流れるという不変の、普遍の理。それでも、永遠を追い求めてしまうのは性なのか。これは、メグが見た、星と時間とのお話。

 宇宙、いつもどこも真っ暗。日は登らず、沈まない。当然今日も明日もないのは、とても嬉しいことですね。強いて言うならば、星は明るいのです。私たち星同士がぶつからないのも、星自体は明るいお陰。そんな私たちは普段何をしているかというと、これは星によるのですが、自分の周りを回る岩石やガスの塊を観察してみたり、そういうところに降り立っていわゆる魔法使いになってみたり、ちょっと大変なことになったら別の宇宙へ逃げてみたり、色々なタイプの星々を見かけます。しかし実際のところ、寝ている星が最も多かったりします。一言に寝ているといっても、その周期は様々で、私の感覚では十数年周期で寝たり起きたりしている星から、一度眠れば何千年と目を覚まさない星だっています。
 最近の私は、私自身の輝きなどどうでもいいのですが、成功する人やら星やらを眺めていることが多いです。朝も夜もなければ、眠いという感覚もないので、素晴らしい対象がいれば、もうそれは眺め放題なのです。たまには、成功しそうで惜しい人や星に対して賽を振ることで、よりうまくいくかどうか、という運試しをしたりもします。そんなことを続けて、二万八千年ほど経ちました。

『ついに、百万年に一度のお祭り、[百万星相]のお達しが来たみたいだけど、確か今回が初めてだよね?』
そう話しかけてきた星は、普段ヨミと名乗っています。立ち振る舞いなんかは生まれのよいお嬢様だけれど、言動には幼さと好奇心が残っています。私は彼女、ヨミの手によって星になりました。その後も新入星教育ということで顔を合わせていますが、教育らしき教育はこれまでになされてきませんでした。星は自由なので、基本的に縛られる必要もないのです。
「今が私にとって、三十三万と四千年なので、初めてのはずです。」
『そしたら、あと二万年ほどでお呼び出しがかかるから、びっくりしないように覚えておいてね。』
そう言って去っていきました。ヨミは楽しいことが好きらしく、星々の中でも有数の動き回り屋だ。と本人が自慢げに話していたのをよく覚えています。お呼び出しが何かは良く分かっていませんが、お祭りがあることは分かりました。
 普段は観察をして、疲れたらちょっと休憩がてら眠り、たまに他の星が話しかけてくる。明日が来ることを恐れる必要もなく、永遠に動的平衡の夢に溺れ続ける。それが、私の日常です。

 それから幾何の時が経った頃、頭の片隅からお呼び出しの話が抜け落ちそうになった頃、気配も前兆もなく急に体を引っ張られる感覚がしました。それを認識した次の瞬間には、既に投げ飛ばされていました。虚空に、というか、宇宙なので基本的に何もありませんので、何にもぶつからずに飛んでいきます。しばらくして、光を目にすると、飛んでいく速度は少しずつ落ちていきました。まるで白昼のように、数十年ぶりに見る陽の光のように眩しい光に目をつむると、私はたちまちその中にいました。状況がつかめない中、辺りを見回して、とても賑やかな雰囲気を感じて、やっとここまでの一連の流れがお呼び出しなのだと気づきました。たった三分。これほど短い時間の単位を使うのはよく分からないほど久しぶりでした。

『メグちゃーん!百万星相へようこそ!お呼び出しはどうだった?』
「今日は、いつも以上に、とても元気に見えます…。」
いつも通り、話しかけてくるヨミ。いつもと違って、非常にテンションの高いヨミ。
『今日から始まるのは、百年に一度の大祭り!とっても楽しくて新しくて興味深くて何より百万年の中で一番輝ける一年間なの!たとえば、銀河の中心にステージがあるんだけど、立ちたい星が自由に立って色々なことをするの!たとえば、ルナくんのハープ?みたいなものを使った弾き語りは聞けば行くほどこの宇宙のものとは思えないし、マースちゃんの舞は見ているだけでこっちがなぜか踊らされてて、いっつも寝てるとは思えないし、踊りと言えばやっぱりアルテとベーグのカップルは見逃せないよ!ちょっと愛の度が過ぎててこの祭りでしか会えないようにされたくらいには情熱的なんだって!それから、…

 三日三晩ほど語られて、それから遊びに出ることにしました。明日が来るのは嫌でも、別に昼が嫌いなわけではないし、ずっと真夜中なのは、永遠に夏休みが続くようなものなので、百万年に一度程度ならこういうのもいいかもしれません。星々は情報交換をしたり、全く別の世界の、見たこともないようなお土産を見せ合っていたり、岩石の塊の運命で賭け合ったりと、それはそれはこの上なく自由でした。お祭りというからには露店みたいなものも当然存在します。私が特に好きだったのは、宙をそのまま固めた、アイスのようなゼリーのような、不思議なお菓子でした。

 百万星相が始まって十ヶ月。祭りはあっという間に過ぎていき、もうじきアルテとベーグが、もはや恒例となった「愛を織る」演舞を始めるだろうと言われているが、一向に始まらない。少し不審に思った一部の星達は、アルテとベーグを探し始める。しかし、見つかるより先にステージに星影が見えた。毎回のように演舞している故知らない星はまずいない、アルテの姿のみが見えた。しかし、心なしか輝度が低く見える。本来の明るさを失っているかの如き星に、自分から近づこうとする星はそうそういない。何せ…

『伝えなくてはならぬことが、ある…。』
アルテがゆっくりと語り出す。声は細々しく、核は震え、光は揺らいでいる。場の雰囲気は、冠婚葬祭の祭から葬へと転じた。誰も亡くなってないはずだが、あまりにも明白に場の空気が、正に凍り付いた。
『ベーグは、白くなった…。出会って二億八千万程度、生まれて三億五千万程度だという…。』
この瞬間、雰囲気は実際の状況へと転じた。白化は、星の最期の姿の一つ。輝きが永遠に見える星にも、寿命は当然存在する。少なくとも人程度では、寿命が短すぎて観察できないが、確かに終わりは存在する。その中で白化は、比較的幸せに終わりを迎えた姿だという。自分の一星に悔いや禍根が少なく、気持ちが軽い状態で終わりを迎えると、星としての力が抜けていき、最後には白く、小さくなるとか。

 本来の明るさを失っているかの如き星に、自分から近づこうとする星はそうそういない。何せ、この瞬間に白化以外の最期を迎えてしまえば、近づいた星ごと飲み込まれる。輝きごと消される。灰化と黒化。一星に悔いや禍根が多ければ多いほど、白から灰へ、灰から黒へと移り、その星の終わりは悲惨なものとなる。終わりに立ち会った星はもれなく飲み込まれているので正確性は欠くが、どうやら最期の力で大爆発を起こし、その後周囲の全てを食らいつくすらしい。
 白化も灰化も黒化も、これらが本当に正しいという証拠がない。そこにあるのは、たった百億年程度の経験則だけだった。星のもつ生老病死のサイクルは、人のそれよりもばらつきが大きく、それ以上に分からないことが多い。だからこそ星々は、最期を恐れるよりも今を楽しく、面白く照らし輝いているのだ。

『…そろそろ、終わった頃かな?』
耳に飛び込むのは聞きなれた声、目に映るのは祭りの騒乱。さっきまでの出来事は一体なんなのでしょうか。
『えーっと、新入星教育の中で、星の終わりを伝えなきゃいけないんだけど、私は正直この話キライなの。だから、ツゥくんに手伝ってもらって、脳内で直接終わらせることにしたの。』
「じゃあ、今の、星が亡くなったって話は…?」
『当然、メグちゃんにしか見えてないよ。いつか起こるかもしれない話、ではあるけどね。』

 いつか終わる時間、生命、宇宙。それでも星は輝き続けます。明けない夜を願った私は、終わりだって見たくないのです。そんなワガママも、願うのは自由です。そして、私にだって力があります。願ったり叶ったりの永遠は完成しないことを知っていても、私は諦めないのです。

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