天才ですから

比江島慎こそバスケの神に愛された男だと思う。

それが疑惑から確信に変わったのが昨シーズンの千葉ジェッツ戦を踏まえたW杯だ。

昨シーズン、わたしが応援する宇都宮ブレックスの成績は振るわなかった。
チームとして初めてCSを逃し、昨シーズンのこの時期は消化試合が続いた。
ブレックスの選手たちはそんな状況でも“来シーズンに向けて”戦ってくれたし、わたしたちも応援し続けた。

そして昨シーズンラストゲーム。
ホームである日環アリーナ栃木で行われた、東地区1位、リーグ最高勝率の千葉ジェッツとの一戦。
リードされた状況が続く中、彼は第4Q 8分で逆転の3ポイントを決めた。その後もクロスゲームが続く中、残り10秒で80-80。それぞれTOも使い切りファールも嵩んでいた。その状況で残り0秒、エルボー付近からのジャンプショット、ブサビーターを決め見事勝利したのだ。

でも苦しいシーズンのラストゲーム、ラストショットでリーグ最高勝率の相手に勝利を決めたのがチームのエースであるというのはあまりにも出来すぎた話ではないか。
確かにドラマチックではあるけれど、それを手繰り寄せた比江島慎という男が偶然起こした奇跡なのか、彼が持っていたポテンシャルを偶発的に引き出したことによる必然なのかはまだ理解できていなかった。

でもそれは偶然なんかじゃなかった。

それを確信に変えたのが、W杯ベネズエラ戦だ。
ベネズエラ戦の彼の成績は皆さんご存知だろう。
第4Q 個人ファール4つ背負った状況でコートに立ち17点を挙げ大逆転勝利へと導いた。

試合後渡邊雄太は「これがいつものマコ。なんも珍しくない。」と口にし、富樫勇樹は「いつもやれよ。」といつも通りヘラヘラ笑う比江島の胸を叩いた。

試合後歓喜と興奮の中、ふと思ったのは「比江島慎こそバスケの神に愛された男かもしれないな」だった。

マイケルジョーダンやレブロンジェームズ、スティフィンカリーなどはバスケの神に愛された男たちとして世界で名を轟かせている。
言い過ぎかもしれないが、彼が英語で躓きさえしなければ、彼がもう少し社交的で積極的にコミュニケーションを取れる男であれば、今世界に名を馳せていたのは比江島慎だったかもしれない。
そんなことを思ってしまうぐらい彼はコート上で奇跡を起こしているのだ。

奇跡とは必然か、偶然か。
比江島が起こす奇跡は前者であろう。
彼が今までコート上で磨き上げてきたセンスと能力がここぞという場面でハマり、必然的に勝利へと導く。それが周りからみれば奇跡のように見えるのだ。

今回の月バスの題字にもなっている“比江島慎のキセキ”とは“彼が歩んできた軌跡が起こしてきた必然的な奇跡”というダブルミーニングであることに、わたしは至極真っ当に納得してしまったのである。

だって彼は奇跡を必然的に起こすことができるバスケの神に愛された男なのだから。

誰もが口々に言う“わかっていても止められない”ドライブ、打ち続けることで成功率が上がっていく3P、ここぞという時に何故か決まるシュート、訳のわからない体制から入るタフショット、ここ数年研究し続けたというファールをもらう能力、全てを含めてもバスケをする人であれば喉から手が出るほど欲しい能力を思いの儘にしている。
実際、彼はバスケを始めた小学生から中学、高校、大学、プロの全てにおいて優勝を経験している。
これは全Bリーガーの中でも成し遂げているのは彼くらいなものだろう。

にも関わらずコートを離れると、前述の通り人とコミュニケーション取るのが苦手、人見知り、喋れない、ヘラヘラしている、先輩後輩問わず弄られ、よく分からないヘナヘナした動きをし、挙げ句の果てには“可愛いを売りにしている33歳”などと揶揄される。

神は二物を与えない、というがこれほどまでにバスケセンスだけ与えた神も彼のオフコートの様子をみて頭を抱えていることだろう。

それでも結局わたしたちは比江島慎が好きなのだ。
なぜなら比江島慎には必然的に奇跡を起こす能力があることを知ってしまったからだ。

歓声も罵声も全て飲み込んで、コート上に立つエースの重圧は計り知れない。
それでも彼に期待してしまうのだ。彼の軌跡を辿れば奇跡の瞬間に立ち会える時がくるのを。
こればかりはバスケの神に愛された男の宿命なのだから、許してほしい。

バスケ界が取り巻く環境は目紛しく変わっている。
高校生や大学生のレベルも段々と上がってきており、海外挑戦をする選手も昔に比べたら段違いに増えている。
今後渡邊雄太や八村類のようにNBAで活躍する日本人も出てくるかもしれない。


それでも比江島慎のような選手は今後現れないかもしれない、とさえ思うのだ。
彼のプレーは誰にも真似できない。彼のプレーの中には努力では到底辿りつけない部分があり真似をしても彼のセンスには敵わない。

だって、比江島慎はバスケの神がバスケセンスだけを与えた天才なのだから。

2024.4/25