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青草、星、烏、狼

見えた風景。


雨あがりに伸びたやわらかな青草の草原。どこまでも続く大地、人間も動物もいない。ただひとり、歩いているひとがいる。羊飼いのような杖を持っている。肩には烏が。足元には狼がいる。彼らは少しだけ高い丘の上に立つ。

雲が動いていくので、その影と雨雲の動きも見える。銀色の雨に濡れる大地、さらさらと風に撫でられていく草原、雨雲が落とす仄暗い影の中で霧雨の馬が踊り、ぽつりと生えた柘榴の木の下には女神のための椅子が用意されている。

世界はどこまでも広く、わたしの視界はのびのびと拡張されていく。世界の裏側さえ見えてしまうくらいに。なのに隣に立つ彼の貌は見えなかった。ただ、白い衣をまとっているのはわかった。肩に烏。足元には狼。

手に持つ羊飼いの杖。


風を操るように、左から右へと指し示すように振る。


一瞬の内に夜の帳が落ちてくる。自分の口から白い呼気が吐き出される。冬の夜だ。澄み切った夜空には数え切れないほどの星が散っている。金色の星、銀色の星、白い星、青い星、赤い星、緑色をまとった黄金の星。

天地がひっくり返りそうな、明るい天の川。目線を落とし大地を見れば、何か大きな、白く光るものが、生物の形を成して、海蛇のように泳いでいる。



(反転する。)



隣に立つ彼の、彼の貌を、見ようとする。
瞳が。
瞳だけが一瞬、流れ星のように光る。こちらを見る。


琥珀のような色の、澄み切った、善悪を超越した透徹の眼差し。


彼は野生のものであり、あるいは神と呼ばれるものでもあるのかもしれない。けれどわたしは跪くこともなく、何かを願うこともなく、ただ彼の隣に立っていた。たぶん、そのときは、それが許されていた。

裸足に濡れた草の感触。狼が吠える。星が落ちる。