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【エッセイ】初めての胃カメラ体験

 私は元来、とても臆病で心配性なたちである。困ったことに、体のどこかが少し具合が悪いと、何か重大な病にかかったのではないかと大騒ぎして、しばしば夫を困惑させる。
 今考えると、今回もその延長だったのではないかと思うのだが、ある時から食事をするたびに胃もたれのようなものを感じるようになった。いつものように一通り大騒ぎをして、それでも気が済まなかった私は、病院へ行くことにした。
 おそらく胃カメラをすることになるだろうということが、昨今の、便利だけれども少し煩わしいと私が思っているツール、インターネットでわかったので、恐怖した私は、麻酔をしてくれる(眠りながら検査できる!)病院を探して、わざわざそこへ出向いた。これだけでも、私がいかに臆病であるかということが、わかっていただけると思う。
 眠りながらなら、どんなに臆病な私でも大丈夫だよね。だって眠ってしまうんだもん。しかし、ちょっぴり安心していた私に、優しそうな先生が告げたのは、衝撃的すぎる事実だった。
「薬のせいで、麻酔が効かないかもしれないねえ」
 説明すると、私には持病があり、毎日いくつかの薬を飲んでいる。先生によるとどうやらその薬は、私の病気にはよく効いてくれるのだが、麻酔薬とは相性が良くないらしく、効かない、つまり眠れない可能性があるらしい。
 もう、パニックである。
 そういえば、と思う。そういえば、過去に私は二度、大腸カメラを受けたことがあるのだが(あれの準備には本当に辟易させられる)、恐怖のあまり先生に何度も何度も麻酔をしてくれるように念を押したにも関わらず、注射をしても、全く眠くならずに、目はぱっちりと開いていたではないか。検査をしてくださった先生がとても上手だったので、想像していた痛みや苦しみは全くなかったのだけれど、あれはそういうことだったのかと、混乱する頭の中で今更納得するのであった。
 その日から、眠れない日が続いた。
 その頃にはもう肝心の胃痛のことなんてどうでもよくなっていて、とにかく検査をする、ということだけで頭がいっぱいなのだった。本末転倒である。麻酔が効かないかもしれない。「かもしれない⁉」。その不確定な事実が、私を大変困惑させた。かもしれない、ということは、効かないこともあるし、効くこともある、ということだ。例えば、「効かないです」と断言されてしまえば、逆に覚悟が決まって楽なのに。そんな勝手なことを思う。      
 「効くの、効かないの、どっちなの⁉」。そんな板ばさみの感情が、ビビりの私を苦しめる。さらに先述した煩わしいインターネットの存在が、それを加速させる。人間の心理というのは実に物悲しい。知りたくないのに知りたい、そんな矛盾した感情から、「胃カメラ 麻酔なし」で検索をかけまくり、恐れおののき、衝撃を受け、ひどく落ち込む。それでもただの検査なのだし、みんなやってることだし、たいしたことないよ、と自分を奮い立たせてみる。そんな風に自滅と回復を繰り返しているうちに、あっという間に検査当日になった。
 待合室で熱を計り、しばらくしてから名前を呼ばれる。検査は二階で受けるようだ。えいやっと勇気を振り絞って階段を上がる。椅子に座り、そこで自分が震えていることに気づく。必死で平静を装って、看護師さんの質問に答えていく。喉の麻酔は、スプレーだったり、飲み薬であったりするらしいのだが(インターネットの成果)、氷の塊を渡されたので驚いた。これを、少しずつ舐めながら溶かしていくらしい。琥珀色のその塊はびっくりするほど苦く、不本意だが舐めながら変な顔をしてしまう。しかも、なかなか溶けてくれない。口の中の不快な物体が溶け切らないうちに、いよいよ検査室に案内され、台に横になるように言われる。子犬のように情けなくブルブルと震える私を見て、看護師さんが「大丈夫?」と優しく声をかけてくれる。ただ、ビビっていると悟られたくないので、歯をガタガタ言わせながら、「寒いんです・・・」とごまかしたが、バレバレだったと思う。そうこうしているうちに、先生が登場。相変わらずの優しそうな笑顔で、「大丈夫だからねえ、深呼吸してねえ」と言われたので、暴れ狂う心臓を無理やり抑え込んで、ゆっくり呼吸していると・・・。
 あれ⁉ベッドの上⁉
 夫が横に座っている。ぼんやりする頭で、ぼんやり考える。
 麻酔、効いたんだ・・・。
 こういう時いつも思うのが、ことが起こる前の、悩んだり、落ち込んだり、呼吸困難になりそうになったりした、あの大混乱の時代は一体何だったんだ、ということである。大体、私の心配事は、心配の度合いと実際の出来事との釣り合いが取れていない。いつも「悩んで損した~」ということになる。こういうことがしばしば起こるので、いい加減学習すればいいのに、事が終わってほっとして力が抜けてしまうのだろう。この教訓をすっかり忘れてしまい、懲りずにまた、新しいことに激しく心を乱されるのであった。
 さて、肝心の胃カメラの結果は特に大きな異常はなし。(やっぱり)。ここまで付き合ってくれた夫が、麻酔でまだぼんやりとしている私を車に乗せて、大好きなフルーツパーラーに連れて行ってくれた。このフルーツパーラーに関しては、別の機会に書くことにして、とりあえずまた新しい心配事ができるまでは、一安心である。


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