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【BL小説】獣とごはん!!第3話

斎藤ちかげ。
それがあいつの名前だった。
文学部の1年生で、今更だが俺の寮でのルームメイトということになる。
ルームメイトは1年に1回変わる規則なので、少なくとも1年間はこいつと生活を共にするということだ。
ちかげ。
今まで出会ったどの人間とも違う、不思議な男だった。
まず、料理が上手い。
初対面の時の親子丼を始め、スープ、和食洋食、一汁三菜(よく知らないが)…お前は俺の母親なのかというくらい毎日しっかりと作り、俺に食べさせてくる。
複雑な気持ちを抱えながらも、腹は減るので俺も大人しく食べる。
向かい合って食事をしているうちに、俺はだんだんとちかげのことを知っていった。
例えばいつも彼の指先は綺麗だということ。
ある時テーブルに一心に向かう彼の後姿を見つめていたら、
「今、爪の手入れをしているんだ」
と聞いてもいないのに嬉しそうに教えてくれた。
テーブルの上には、爪切り以外にも、よくわからない細々としたボトルがいくつも並べられていて、その日彼の指先は薄いブルーに煌めいていた。
彼の爪の色はよく変わる。気分によって変えるらしい。
なんでこいつはこんな女みたいなことをわざわざしているのか。
それを言うならば、その類の疑問は数えきれないほどある。
料理をする時につける、ぴらぴらのエプロン。
机の上のピンク色の小物。
ベッドに置かれた大量のぬいぐるみ。
それらに意味もなく俺が悪態をつくと、全て
「全部大切な僕の一部なんだ」
という答えに帰結するのだった。
しばらくすると見慣れてきたのか、違和感は薄れていった。
なんだ俺はおかしくなったのか。奴に感化されたか。
“猛獣”の俺が?とんだお笑い種だ。
そう思いながらも、わけがわからないぴらぴらもきらきらも、むしろ似合っている。気づけばそう考えるようになった。
それでもそれを、死んでも言ってやるものか、という変な意地もあった。

「侑(ゆう)、ご飯できたよ」
相変わらず何もすることがなくベッドで寝転がって目を閉じていた俺のところに、ちかげがいつものようにわざわざ声をかけに来る。
「おう」
だるい体を起こして目を開けると、そこに何気ない微笑みがあった。
それが無性に俺の心をかき回して、思わずジャージの胸元を握りしめる。
そんな俺に気づかないで彼は背中を向けてテーブルへと向かっていく。
向かい合って座るのももう慣れた。目の前の皿に、食欲のそそるにんにくの香りをまとったスパゲティが盛られている。
ウィンナーの数がちかげは2本で俺は3本。
何か、気を遣われている。
うまそうな匂いにつられるようにして食べ始める。
うまい。
しばらく夢中で頬張って、ふと目の前のちかげを見ると、くるりくるりと器用にフォークにパスタを巻きつけ、小動物のように小さな口へと少しずつ運んでいる。
その手元がくるりと回るたびに何かが視界にきらり、きらりと光る。
(なんだ…?)
じっと目をこらすと合点がいった。
爪だ。
今日はピンク色のラメが小さな楕円を彩っていた。
別に俺は他人に無関心で、ルームメイトが何色の爪をしていようとどうでもいいのだが、ウィンナーは1本多いし、パスタはうまいし、なんとなく今日は気持ちがいつもよりすっとしていたので、何の気もなしに口にしていた。
「爪、いいじゃん」
深い意味はなかったし、正直特別良いと思ったわけでもない。
じゃあなぜ褒めたのかというと、自分でもよくわからなかった。
でも褒めたくなるような煌めきが、そこに、あった。
ちかげはすごく驚いていた。
まんまるの目でしばらく俺を見つめると、頬を爪と同じ色に染めて、心底嬉しそうに
「ありがとう」
と呟いた。

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