声がヒグマとか曹操〈トレハロース〉
1.トレハロースとは
皆さんはこのCMを見たことがありますか?
私含め、幼少期を平成と共に過ごしてきた方であれば一度は見たことがあるCMであり、林原商事(現 ナガセヴィータ株式会社)が健康に優しい天然糖としてトレハロースの名前を何度も出しています。
それ以上に、岸野 幸正氏が演じるトレハ星人は、そのインパクトが強いキャラクターによってトレハロース以上に有名な存在となっていました。
余談はこれまでにして、トレハロースは、加工食品によく見られる食品添加物です。天然甘味料として、キノコ、海藻、エビなど、普段口にしている食材に始めから備わっている糖です。
砂糖と比べて甘さは控えめであり、まろやかな風味を与えることができ、更にはその高い保湿性から乾燥食品に用いられるほか、化粧品の成分として使われることもあります。
2.危険性
そんなトレハロースの危険性が明らかとなったのは、2018年のことでした。
トレハロースがクロストリジウム・ディフィシルという細菌の強毒株による腸炎患者の急増に関わっているという論文が科学雑誌に掲載され、真偽について話題になったことがありました。
早い話、上記の大腸炎とトレハロースは関連性があるということが世間で広まってしまったということです。
というのも、トレハロースが世界で広く用いられたタイミングで、上記の大腸炎が流行。このことから関連性が見出される結果となり、大腸炎の菌を詳しく研究する話となったわけです。
この結果、世界ではトレハロースの危険性が世界中で議論されるようになりました。
安全性が担保されていると目されていたトレハロースが、実は危険な物質だったーーというセンセーショナルな内容を、メディアは大きく報道。人々は混乱に見舞われることになりました。
更にはトレハロースに関するアレルギー反応、及び発がん性物質を有しているという疑惑が追い打ちを行うようになりました。
3.事実
結論から言うと、トレハロースとクロストリジウム・ディフィシル菌にはほとんど関連性はありませんでした。
『ほとんど』という文言を用いたのは、確かに関連性はあったものの、クロストリジウム・ディフィシル菌の持つ性質が、実は非常に複雑かつ多種多様であることが関係しています。
『基本的にはトレハロースとは関係なく活性化するもの』なのですが、菌の種類、そのごく一部に『かなり限られた状況下においてトレハロースとの親和性が高くなるもの』が混ざっていたことが原因となっています。
詳しくは下記のリンクをご覧ください。理系を専攻されている、もしくはされた方であればすぐに理解できる内容となっておりますので是非ご覧ください。そして文系の私にも分かりやすく説明してください……
なお、2000年代に上記の大腸炎が流行した理由は分かっていません。
また、発がん性物質に関しても、トレハロースには存在していないことが明らかとなっております。
そのため、現在では安全な食品添加物として、FAO(国連食糧農業機関)、及びWHOから認められており、餅や団子といった食品の他、化粧品にも含まれて、人々の生活の中に浸透しております。
ちなみに、トレハロースを多量に摂取した際に消化不良や下痢を引き起こす可能性がありますが、これはトレハロースを分解する酵素「トレハラーゼ」が体内に少ないということが明らかとなっています。
特に日本人はトレハラーゼが少ない人が多く、過剰摂取した結果体調不良に見舞われたという話が聞こえてくることがあります。とはいえ、食物と体質の関連性自体はトレハロースに限った話ではないので、何とも言い難いですが……
とはいえ、やはりトレハロースの名前がトーンダウンしたことは否めず、現在においては成分表で名前を見かける程度になったイメージです。
4.類似の例
アスパルテーム
人工甘味料として砂糖の約180~200倍の甘さを誇り、コーラ、エナジードリンクにも含まれております。FDA(アメリカ食品医薬品局)、WHOは一日の摂取上限を定めてはいるものの、摂取自体は禁止してはいません。
とはいえ、肥満となる可能性は否定されていないため、アスパルテームが含まれている食品・飲料を摂取する際は、用法用量を守るようにしましょう。
話を戻します。
アスパルテームに関しては発がん性物質が含まれている疑いと、脳腫瘍、白血病等を引き起こす可能性について疑われました。
脳腫瘍等との関連性に関しては明確に否定されましたが、発がん性物質に関しては証拠不十分としか回答されておらず、現在においてもその関連性が不明となっております。
グルテン
グルテンの名前は、海外で主流となっていた『グルテンフリー』と呼ばれる食事法と共に知られるようになりました。
このグルテンフリーと呼ばれる食事法は、元々グルテンアレルギーを有する人々や、セリアック病と呼ばれるグルテンに対して免疫機能が過剰反応を起こす人々のために編み出された食事法です。
しかし、このグルテンの危険性が曲解された状態で世間に広がることになってしまいました。
本来グルテンは、アレルギーのように体質によって異常が出るようにできているものの、危険性ばかりが注目されてしまい、それがメディアによって煽動された結果、グルテンの危険性が曲解されることになってしまいました。
5.確証バイアス
物質本来の情報がないがしろにされ、上記のように危険性ばかりが人々に注目される理由とは何でしょうか。その理由として推測されているのが、確証バイアスと呼ばれる人々の心理状態であると言われています。
先入観に捉われてしまった結果、視野が狭まり、自身にとって都合のいい情報だけを無意識の内に選別してしまうことのことです。
元来、生き物には危険を回避しようとする防衛本能が存在しています。そのため危険な情報に敏感に反応し、それを信じやすくなる傾向があります。それ以外の情報は排除するようになってしまいます。
それ故に新しい研究や報告が出たとき、実際にはわずかなリスクであっても、消費者の間ではそのリスクが非常に大きいものと誤解されることがあります。
特に最近はSNSの発達もあり、その流れは加速していると言えるでしょう。
対処法
ある種の思考停止状態と言えるこの状態にならないためには、『反対意見が出てくる理由』を把握する癖をつけておくことが挙げられています。反対意見があるということは、それなりの理由と根拠があります。確証バイアスは誰にでも起きうる心理状態であり、自分は例外ではないと常に考えましょう。
確証バイアスに関する詳細な解説は、以下の記事をご覧いただけますと幸いです。
6.最後に
今日に至るまで、科学やインターネットは大きく発展し、これまで分からなかったことや、既知の物に新たな発見がなされるようになりました。
しかしその一方で、技術の発展は嘘や悪意に満ちた情報が飛び交うようにもなりました。
答えが既に出ているならば、人は必ず答えに行くようにできています。変にあれこれ悩むよりもそっちの方が楽だからです。
しかし今一度、本当にその答えが合っているのかを疑うことも大事ではないでしょうか。
それでも間違えたら、ちゃんと受け止めて、しっかりと飲み込んでいきましょう。それが『学ぶ』ということではないでしょうか。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
最後に、トレハロースの研究を日夜行っている企業、ナガセヴィータ株式会社様……旧林原様の公式サイトを紹介して、今回の記事を締めさせていただきます。