見出し画像

青春、味わってみませんか?

いい年をして青春という言葉にめっぽう弱い。

お酒を飲みながら、大好きな映画「あの頃ペニー・レインと」を鑑賞。ツアーバスの中で皆が「タイニー・ダンサー」を合唱する名シーンになったところで涙腺崩壊。

そこに大好きな音楽があって、隣に大好きな人がいて、何もかも新鮮でキラキラした世界。いつまでもいつまでもこの旅が終わらなければいいのに。

私にもそんな頃があったな——と懐かしく思い出す。


大学に入ったもののやりたいことがみつからなかった私は、長い夏休みの間中遊びにもいかず、バイトもせず、ただただ時間を持て余して過ごした。友人のように地元に帰るわけでもない実家暮らしの身、引きこもりのような生活で日に日に寝る時間が遅くなり、夏休みが終わるころには完全に昼夜逆転していた。
———何かしたい。
有り余る時間以外何も持っていなかった私は、目標も目的もないくせに何かしなければ、という気持ちばかり抱くようになっていった。

とある雑誌に「劇団旗揚げメンバー募集」という文字を見つけたのはその頃で、何かをしたかった私は芝居なんてろくに見たこともないのに、何も考えずその劇団の主宰に連絡を取った。 
待ち合わせ場所の喫茶店に現れたのは派手な顔立ちの女性で、聞けば某大学芸術学部の学生だという。私が服飾学部で被服を専攻していることを聞いた彼女は、
「衣装やらない?」
と問い、私は即、承諾した。


小さい頃から(自分ではあまり気付いていなかったが)ちょっと変わったところのあった私は、友達と話しても何か話が合わず、本音で話せないような、自分をさらけ出せないような気持ちを抱えていた。このまま大学を卒業して、普通に就職して、結婚して、決められたレールの上を歩いていく。自分の人生はそんなものだと思っていた。

しかし、劇団に入って私の生活は一変した。

大学に通い、バイトをして、夜は劇団の稽古場へ。よくもまああんなエネルギーがあったものだと思う。
旗揚げに集まったメンバーは役者・スタッフ合わせて15人ほどで、芝居経験者もそうでない人もいたが、いずれおとらぬ個性的な人ばかり。
役者になりたくて上京してきた者、役者を本業にしたくて会社を辞めた者、有名証券会社に勤めながら制作に携わる者。変な人ばかりだったが、私は今までに味わったことのない居心地の良さを感じていた。

台本が出来上がり、劇団は旗揚げ公演に向けて進む。
主催は歌あり、踊りあり、笑いありの不条理な芝居が好きな人で、私は役者の体のサイズを測りまくり、睡眠時間を削って動物の着ぐるみだの、ゴスロリ服だの、箱男だの、不条理な衣装を作りまくった。
稽古が終わると居酒屋に直行。演劇論を熱く語る人、主催の悪口で盛り上がる人、エロ話大好きな人、皆お金もないのに毎晩のように飲んで騒いだ。
見るもの聞くものすべてが新鮮で新しい世界。
笑ったり泣いたり怒ったり片思いしたり、あんなに喜怒哀楽を出すのは初めての経験だった。

旗揚げ公演は満員で80人ほどの小さな小屋で開演。楽屋らしい楽屋もない舞台裏で、私は役者の着替えを手伝ったり、小道具の準備をしたり大忙し。
3日間で5公演。たくさんのお客さんが来てくれた。
お客のはけた小屋で舞台監督が私に言った。
「え、次もやるか?」
「はい!」
答えると彼はにんまりと笑い、
「よし!懲りてないな。」
と言って舞台セットをばらし始めた。
その後は朝まで打ち上げ。ハイになった劇団員たちの酔っぱらいぶりは書くまでもない。始発電車が動き始めるころ、それぞれが離れがたい気持ちを抱きながら別々の電車に乗って帰っていった。

贅沢な時間だった、と思う。
恥ずかしげもなく言えば、あれが私の青春だったなあとしみじみ思う。
あれが私の青春、と言える時間がなければ、私のその後の人生はとても味気なく、つまらないものになっていただろう。
だから、みんなにあの時間を味わってほしいのだ。みんなに青春をすすめたいのだ。いくつになってもいいと思う。

青春、味わってみませんか?