ショートショート 「自動販売機」
「多分この辺りのはず…」
俺はある物を探していた。それは、「恐怖」を買える自動販売機。友人から教えてもらったそれに興味を持った俺は、地図を書いてもらってそれを頼りにここまでやって来た。
この地図が正しければ、このT字路を右折すれば目的の自動販売機があるはずだ。錆だらけのカーブミラーを横目に、期待を膨らませて右折した。すると、50m程先に真っ黒な自動販売機らしき物が見えた。
近づいてみると、それは誰がどうみても間違いなく「恐怖」を買える自動販売機だった。何かの缶に黒い紙が巻かれていて赤字で「恐怖」とだけ書かれていた。
「これか~」
商品の値段は100円きざみで、100円~1000円。友人から聞いていた通りだった。俺は、それぞれの金額の恐怖を1つずつ買うと決めていた。
「よーし、まずは100円のから行きますか」
ポチッ
「お買い上げありがとうございました」
自販機の取り出し口からは何も出てこず、無機質な機会の声だけが聞こえてきた。
「あれ?何も出てこないけど…あ!なるほど、恐怖はあとから遅れてやってくるってことか!」
本当にそんな仕組みなのか分からないくせに勝手に決めつけて200円の恐怖、300円の恐怖…1000円の恐怖と10種類の恐怖、合計で5500円分の恐怖を購入した。
オマケに無機質な「お買い上げありがとうございました」も10回聞いた。
「よーし、あとはいつ恐怖が襲って来るか待つだけだな」
ニヤニヤしながら独り言を呟く。端から見れば、真っ黒な自販機の前でニヤニヤした男がいるこの光景が「恐怖」そのものだろう。
「…100円分の恐怖ってどの程度の恐怖なんだ?」
必然の疑問が遅れてやって来た。たしかに100円の恐怖が、どれ程の効果を発揮するかまだ分からない。部屋からラップ音がする程度かもしれないし、霊にとり憑かれるレベルかもしれない。もし後者だとすれば、5500円分も買ってしまったこの俺の命はないかもしれない…
「うぉぉぉぉ!」
しかし、俺は自分が命の危機を背負ってしまったかも知れないこの状況に、かつてない程興奮していた。
「恐怖さんよー!いつでも掛かってこい。俺は逃げも隠れもしねーぞ!」
…あれから1か月たった今、恐怖はまだやってこない。いつ恐怖が襲い掛かってくるか分からないというもう1つの恐怖を味わっていた。
最初は、そのもう1つの恐怖に興奮していたが、緊張状態が続き精神的な疲労がたまっていた。
仕事ではミスが続き、私生活でも寝られない日が続き、目の下にはクマが広がっていた。集中力も極端に落ちてしまったため車の運転が出来なくなってしまった。
ある日男は社長に呼び出された。どうやら取引先との商談で、とんでもない失礼をやらかしたらしい。頭が割れそうな程怒鳴られた。その後は長い長い説教タイム。
しかし、途中で眠ってしまったようだ。
強烈なビンタで目を覚まし、その2秒後にクビにされた。黙って会社を出た。
駅のホームで電車を待っているとき、あの自販機を教えてくれた友人にまだ恐怖を買ったことを報告していないことに気づき急いでメールした。
「久しすりー。胸部の四半期で5500円分の恐怖飼ったぞ。1陰っ前だけどなm千奈美にまだ行数は来てない。いつ来るか湾内恐怖でだいぶな連れましたw」
やつれた自分の画像と一緒に送った。
返信はすぐに返ってきた。
「お買い上げありがとうございました!」
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