ショートショート 「話、聞いて」

 私の妄想、聞いてくれるかな?

 私の彼氏は困った人で、バレンタインデーにチョコをあげたら「香澄からチョコ貰った~」なんて友達に自慢するの。恥ずかしいからやめて欲しい!

 

 俺の妄想、聞いてくれるかな?

 俺の彼女は困ったやつで、ホワイトデーにマカロンをあげたら「智也から貰った~」って友達に自慢してやんの。恥ずいからやめろって!ホワイトデーに渡すマカロンには「あなたは特別な人です」って意味があるらしい。…気付いてくれるといいな。


 私の今、聞いてくれるかな?

 隣の席の智也は困った人で、授業を真面目に受けてる所を見たことがない。いつも寝てる。今も。先生が「おい!智也!」って言ってチョーク投げる時、たまに私に流れ弾がくんるだよね…。そんなコントロールでチョーク投げないでよ…てか投げちゃ駄目でしょ。…まぁ、智也が寝てくれてるおかげで、沢山、智也のことチラ見出来るからいいんだけどね。今日も片思いさせて貰うね、智也。


 俺の今、聞いてくれるかな?

 隣の席の香澄は真面目なやつで、成績も優秀。テストで90点以下を取った事がないなんて都市伝説もある。授業中は、先生が黒板に書いたこと以上にノートに何か書いてる気がする。赤ペン青ペン蛍光ペン。退屈な勉強をカラフルに彩ってる。香澄のノートのとり方を真似したら俺も成績上がんのかな?俺のノートは、涎でカピカピになってる。いつも寝てるもんな…。一応、教科書とノートは開いてるけど。でも寝てた方が良いんだ。俺は。どこでも寝られる俺は、授業中でも夢の中に行ける。夢では頻繁に香澄が出てきてくれる。楽しいんだ。香澄、今日は来てくれるかな…。


 私の妄想、聞いてくれるかな?

 私の彼氏…だった智也はすごく素敵な人なの。智也と結婚して本当に良かった!お料理も出来て、格好良くて、自慢の旦那。少し早いけど、赤ちゃんの事も考えたり。
 将来の智也はどんな風になるのかな?たしかに不真面目な所もあるけど、パパになった智也はきっと今以上に立派になるはず!若すぎる二人の結婚。難しい壁もあるだろうけど、智也となら…!


 俺の妄想…はもうやめた。

 いつも香澄と居る妄想をしてた。ご飯を食べる時は、目の前にサンドイッチを両手に持つ香澄が居た。風呂に入る時は、恥ずかしそうにバスタオルを身体に巻いて頭を洗う香澄が居た。夜は、ベッドで俺に犯される香澄…。
 本当に俺は最低な男だ。香澄の知らないところで香澄を好きなようにしてた。実際は、指一本触れる事も出来ないビビりのくせに。最近、夢に香澄が出てくる頻度が減った気がする。俺の気持ちは変わっていないのに。俺、勇気出してみるよ。妄想の狭い世界じゃなく、広いこの世界を香澄と楽しみたいから。


 私の…聞いてくれるかな?

 赤ちゃんが産まれました!元気な男の子!顔は…どっちに似てるんだろ?半分半分かな?智也も褒めてくれた。「頑張ったね」って。嬉しい!親としてこの子を守らなきゃ、だね!
 まずは学校を辞めなきゃ。ずっとこの子を見守るためにも。お母さん、お父さん、解ってくれるよね?


 俺の話、聞いてくれるかな?

 俺さ、告白したんだ。香澄に。気の効いた言葉は思い付かなかったから、マニュアルの様な告白だった。そのせいかな、フラれたよ。ただその後、妙なこと言ったんだ。「私には、智也と優斗が居るから」って。智也は俺だし、優斗は誰だよ…。気味が悪くて、それ以上は言及出来なかった。
 香澄が学校を辞めたのは、それからすぐの事だった。その頃には、香澄の事がちょっと怖くて、好きなんて感情もだんだん薄れていた。そして、我が家で事件が起きた。


 私のお母さんとお父さんの話、聞いてくれるかな?

 とても悲しい事がありました。お母さんとお父さんは、私の結婚を祝福してくれないの。「智也も優斗も居ないの!」なんて事言って。2人が話してるのをこっそり聞いたんだけど、私病院に連れていかれるかも知れない。何されるんだろう?怖い…逃げなきゃ。
 震えていたら「俺の家に来いよ」って智也が。私たち3人の愛は誰にも邪魔させない…!


 俺の最期、聞いてくれるかな?

 香澄が家に来たんだ。智也と優斗って奴を連れて。智也も優斗も見えなかったけど。家の鍵かけて無いのが悪かった。19時を少し過ぎた頃。玄関の扉が開く音がしたから、父ちゃんが帰って来たと思った。いつもより早いなとは思ったよ。普段は早くても21時を過ぎるのに。
 俺はカップ麺を啜っていた。香澄の顔を見た瞬間麺を吹き出したのは言うまでもない。香澄は、俺の顔を見た瞬間悲鳴を上げた。キッチンに走って行った香澄を追いかけると、案の定包丁を取り出した。隣に居るらしい“智也”って奴が「殺せ」って言ったらしい。多分だけど、香澄には本当に“智也”が見えてるんだと思った。引き出しに入れてる包丁じゃなく、父ちゃんが最近買った出刃包丁を、キッチン棚の包丁ケースから取り出したんだからそう思うのも仕方がない。
 香澄は、両手で包丁を握って震えていた。「どこ刺せば良いの?」なんて“智也”に聞いて。“智也”って最低だよな。殺りたい奴が居るなら自分で殺ればいいのに。か弱い女の子に任せるなんて。逃げる事も忘れて“智也”を恨んだ。俺がもっと早くに勇気を出して気持ちを伝えていれば、香澄はこんな事にはならなかったはずだ。両思いなのは薄々気づいていたけど、フラれる可能性を考えると一歩が踏み出せなかった。香澄からの告白を待ち続けた結果がこれだ。
 俺は、自分の代わりに“智也”を心の底から恨む事にした。香澄をこんな事にした自分を少しでも許せるように。目の前で包丁を持って泣きながら震える香澄の目を真っ直ぐ見つめ、ゆっくり目を閉じた。またもや香澄から動いてくれるのを待つ形になってしまった。

「ゴメンな、香澄」

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