コントショートショート 「前世」
俺の前世が何だったのかは覚えてないけど、多分褒められる様な事はしてなかったと思う。そうでなきゃ、赤の他人にピストルを突きつけられるなんて事ないと思うんだ。
自分では、林田 勤(はたしだ つとむ)として産まれたこの人生を真面目に生きてきたつもりだ。そりゃ、誰にも迷惑をかけず、誰からも嫌われずなんてのは無理だけど、少なくとも俺を恨んでる奴は居ないと思う。というか、目の前に居るこいつは赤の他人何だから、恨みも糞もないと思うけど…。21歳でこんな不幸に会うなんて、前世のマイナスが働いたとしか思えない。というか、思いたい。
深夜1時の中央公園。若干酔いが回った俺が座る木のベンチはひんやりと冷たい。目の前に立つこいつの目も同じく。“ひんやり”なんて可愛らしいものではないが。随分な初対面から数分。言葉を発さず、1歩も動かず。こんな状況で大人しく冷静で居られるのは、酔っぱらって気が大きくなっているからだろうか?冷たい夜風のお陰で酔いが覚めた時に、一気に恐怖が襲って来るのだとしたら早く解決させたい所だ。一瞬、ピストルを握る手により一層力が加わった気がした。
「ごめんなさいね、びっくりさせて」
「随分な自己紹介ですね。ピストルではなく、名刺を差し出すのが大人の世界の自己紹介ですよ」
「自分、学生なもんでね」
「歳は?」
「21」
「同い年じゃん」
「怖くないの?」
「今はね。酔いが覚めたらどうだか」
「この状況でも冷静でいられるなんて、さすが名刺を配って自己紹介をする21歳」
「高卒をバカにすんじゃねぇよ」
「中卒の可能性も考えてましたよ」
「仮に中卒だとしても、人にピストルを向ける大学生様より優れた人間だ」
「あなたの顔を見た瞬間、前世の事を思い出しましてね。いや、思い出した様な気がする、と言った方が正しいですね。あなたに殺された、もしくは殺されかけた。そんな記憶がね。賢いあなたにとっては信じがたい事かも知れませんが、世の中には前世を信じる阿呆も居るんですよ」
「俺も前世は信じてますよ。今も、前世で何か悪い事をした報いが返ってきた、そんな事を考えてましたよ」
「ふん。同じ阿呆ならピストルを持たにゃ損損、ですよ。恨みと言うのはね、生まれ変わったとしても忘れないもんなんです。僕には、あなたに報復する権利がある。あなたには、報いを受ける義務がある。拒否権はありませんよ」
「…」
「両手を挙げて何のマネですか?拒否権もなければ、降参する権利もありませんよ」
「…ねぇ~、何で銃持ってんの!?」
「は?」
「完全に酔い覚めた!こんなに急に覚めるもんだっけ!?お巡りさ~ん!」
「あんまり大きい声出すな!俺、酔っぱらうと調子乗ってこういう事しちゃうの!」
「前世の恨みって何だよ!前世で晴らせよそんなもん!」
「ゴメンて!1杯奢るから!ねっ!」
「この恐怖は1杯じゃ拭えない!」
「じゃあ、好きなだけ飲んで良いから!」
「うん。じやあ行く」
「お仕事は大丈夫なの?」
「夜勤だから大丈夫」
「夜勤?」
「そう。コンビニの夜勤」
「フリーターじゃないの!何が名刺配って自己紹介よ!」
「ちょっと格好付けたかったの」
「まぁ、分かるわよ。私も格好良いと思って、レプリカのピストルをあなたに突きつけたんだから」
「レプリカ?良かった~!」
「今日は好きなだけ奢るから早く行きましょ!」
「は~い」
「「若いって怖いね!」」
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