創作怪談 「永遠の兄」

 これは、藤田さんという男性から聞かせて貰った話。

 この話の主人公は藤田さんのお兄さんだ。藤田さんのお兄さんは、ある時からオカルト本をよく読むようになったという。特に“死後の世界”をテーマにした本を熟読していたそうです。そんなお兄さんだが、オカルトが好きな訳でもなく、死後の世界を信じていた訳でもない。むしろ、オカルトや心霊の類いは毛嫌いしていたという。藤田さんの家族も、お兄さんのオカルト嫌いを知っていたので、何故急にオカルト本を読むようになったのか疑問に思っていた。そのため、藤田さんは1度「オカルト好きになったの?」と聞いた事があるそうです。お兄さんの答えはこうだった。

「俺がオカルト好きになるわけないだろ。死後の世界が有るなんて思ってねぇよ。でもな、『もし万が一死後のってのがあったら俺はどうなるんだ?幽霊を信じないまま幽霊になった俺は一体どうなるんだ?』それを考えたら、死後の世界はないと自信を持って言い切れなくなった。だから少しでも死後の世界を信じられる様に、こうやって行動してるんだよ。でも、どうしても死後の世界を受け入れられないんだ!もしこのまま、死ぬまで死後の世界を受け入れる事が出来なかったら、俺は死後の世界に怯えながら死ぬことになる。それは嫌なんだ」

これを聞いた藤田さんは、「信じてない」と言いながら信じようとするって、それは信じてるも同然では?と思ったそうです。だが、それを言ってしまうと、ややこしい事になりかねないので「そうなんだ」と言って会話を終わらせた。その日以降、お兄さんの行動はエスカレートしていった。

 ある日のこと。

「絶対に当たる占い師知らない?」

お兄さんからいきなりそんな相談を受けた。「今度は占いかよ…」と思いつつ「なんで?」と聞き返すと、お兄さんはこう言った。

「この前、死後の世界が受け入れられないって話したじゃん?あの後思ったんだよ。別に急がなくて良いんじゃないかって。だってさ、俺まだ26歳じゃん?死ぬまでに死後の世界を受け入れる事が出来れば良いんだから、まだまだ時間はあるはずなんだよ。だから、占い師に寿命を見てもらって、『あと60年も時間あるんだ』とか『これだけ時間があれば、受け入れる事が出来るかもな』って安心したいんだよ。そりゃ『あと1年です』とか言われたら取り乱すかも知れないけど…取り敢えず、どれくらい自分に時間があるか確かめたいんだ。だからさ、絶対に当たる占い師知らない?ネットで調べても胡散臭い人しか居なくてさ」

この話を聞いた藤田さんは、とある作戦を思い付き、小芝居を打つことにした。

「あ~、友達に1人居るよ。占い師として活動してる訳じゃないけど、趣味で占いやってる人。俺も占って貰った事あるけど当たったんだよね!そいつで良いなら紹介するよ」

勿論この話は全部嘘。友達の多い藤田さんだが、占いをしている友達は居ない。下手な芝居を打つ自分に、思わず笑ってしまいそうになる藤田さんだったが、都合の良いことにお兄さんは信じてくれた。
 藤田さんは早速、1番仲の良い水谷さんに協力を仰いだ。事の経緯を一通り説明した後「『あと60年生きられます』とか適当に言ってくれれば良いから。難しい事じゃないでょ?だからさ、お願い出来ないかな?」
水谷さんは「全然良いよ」と快諾してくれた。その事をお兄さんに伝えると、大変喜んだそうです。「早くみて貰いたい」というお兄さんの要望で、次の日の夜に駅前のファミレスに集合する事になった。一応藤田さんも着いていき、3人ファミレスで落ち合う。軽食とドリンクバーを注文したあと、水谷さんは早速占いを始めた。藤田さんは、水谷さんがふざけるんじゃないかと心配していたが、予想に反し、素人が見る分には本格的な占いをしてくれた。手相を見てそれっぽい事を言ったり、最近どんな夢をみたか聞いたりと恐らくデタラメだろうが、水谷さんなりの占いをしてくれた。そして最後に

「お兄さん、安心してください。最低でも後65年は生きられます。長い人生になりますよ」

そう言って締めた。それを聞いたお兄さんは心底安心したのか、肩の力が抜けたようだった。次の日からは、前の様にオカルト本に没頭する事はなかったそうです。心に余裕が出来たせいか、顔色も良くなったように見えた。藤田さんの家族は皆ホッとしたそうです。

 しかし、あの占いから半年程が経ったある日、お兄さんは交通事故で亡くなった。歩道の無い道を歩いていた所、飲酒運転の車に轢かれたらしい。突然訪れたお兄さんとの別れに、藤田さんは呆然とした。犯人への憎しみも生まれない程無気力になった。藤田さんの両親は「タカシは天国に行けたんだから、こんな物もう必要ないよね」と言い、お兄さんが所持していたオカルト本を全て処分したそうです。
 藤田さんがようやく落ち着きを取り戻した、初七日が終わった頃。占いをしてくれた水谷さんから連絡が来た。

『お前のお兄さん亡くなった?』

水谷さんには、お兄さんが亡くなった事を知らせていなかったので驚いた。『何で知ってるの?』と返すと『俺の所に来た』と返事が来る。訳が分からず水谷さんに電話をした。話を聞くと「お前のお兄さんの霊が俺の所に来たんだよ。あの時デタラメな占いしたから、憎まれてるんだろうね」と話してくれた。藤田さんが「俺が『占いしてくれ』なんてお願いしたせいでごめんな。迷惑かけちゃったな。費用は俺が出すから、お祓い行こう」と言うと水谷さんは「いや、お祓いなんていいよ。実は俺、お前のお兄さんが長く生きられないってこと分かってたんだよね。俺、占いは出来ないけど、霊感みたいなのはあってさ。あの日、お兄さんの肩に黒い陰が見えたんだよ。だから、お兄さんの寿命が長くないって事は薄々分かってたんだ。分かった上で『長生き出来ますよ』なんて言ったんだから、そりゃ恨まれて当然だよ」と言った。そして最後に「取り敢えず、家に帰るように説得してみるね」と言い電話が切れた。

 その電話から数日後。水谷さんから連絡が入った。

『多分、お兄さんそっち行くと思う』

その日の夜、水谷さんの言葉の通りお兄さんの霊が家にやって来たそうです。姿は見えないが、どこからか物音がしたり、すすり泣く様な声が聞こえる。お兄さんの泣き声を聞いた藤田さんと両親は、お兄さんが家族に助けを求めているのだと直感した。死後の世界を受け入れられないまま、死後の世界へ行ってしまったお兄さん。もしかしたら、自分が死んだことすら受け入れられずにいる。そんな苦しい思いを家族に訴えているんじゃないか、そう思ったそうです。
 本当であれば、お兄さんが成仏出来るように供養をしなければならない。しかし、藤田さん達にはその判断が出来なかった。勿論、頭の中では供養をしなければならないというのは分かっている。しかし、大切な家族が苦しんでいるなら、近くで寄り添ってあげたい。「まだこの家に居て良いんだよ」と伝えてあげたい。そんな風に思ってしまい、姿は見えないがお兄さんの霊を家族の一員として迎えようと決まったそうです。
 お兄さんの遺影は物置小屋へ片付け、食事はお兄さんの分も食卓へ並べる。玄関には、お兄さんが履いていたスニーカーを再び出した。夜中に物音がすると「もうちょっと静かにして」と呼び掛け、晩酌の際はお兄さんの部屋へ行き仕事の愚痴をもらす。そんな事を続けていると、最初の頃聞こえていたすすり泣く声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。その代わり、誰も居ないはずの所から足音が聞こえて来たり、夜中に枕元で呼吸音の様な物が聞こえるようになった。その他にも、何も無い空間で何かにぶつかるなど、今までは微かにしか感じていなかったお兄さんの気配を色濃く感じるようになった。両親もそれを感じていた様で「このまま行けば、タカシと意志疎通が出来るようになるんじゃないか!?」と喜んでいたそうです。しかし、本来この世に居るべきではないお兄さんが、長いことこの世に居るというのはお兄さんにとっては当然良いことではない。
 そんな生活を始めて1年半以上経った頃、お兄さんの気配に異変が生じたという。今まで、家のあちこちで感じていたお兄さんの気配が、お兄さんの部屋でしか感じなくなった。どうやら、自分の部屋に閉じ籠ってしまったらしい。そして、お兄さんの部屋に入ると、本棚を叩く様な音がするようになった。音がする場所は、かつてお兄さんがオカルト本を入れていた場所だった。藤田さんは、オカルト本を処分したのが原因だと思い両親と協力して古本屋を回り、死後の世界を題材にした本を買い集め、再び本棚に並べた。すると、本棚を叩く音はしなくなったそうです。その代わり今度は、お兄さんの声が聞こえるようになった。今までもすすり泣く声は聞こえた事があったが、喋る声は聞こえた事がなかった。それなのに、お兄さんの声ではっきりと「まだ死ねない」と独り言の様に呟く声が聞こえる様になったそうです。
 初めて聞こえたのは、ある日の夜中。喉が渇いて目を覚ますと、隣のお兄さんの部屋からブツブツと声が聞こえて来た。壁に耳を当て聞いてみると「まだ死ねない。まだ死ねない…」と呪文の様に繰り返している。これはただ事じゃないと思った藤田さんは、お兄さんの部屋へ行った。しかし、部屋の扉を開けると声はピタリと止んだそうです。扉を閉めるとまた「まだ死ねない…」と声が聞こえて来る。自分の部屋に戻ってからも声は続いていた。それでもベッドに横になっているといつの間にか眠りに就き、気づくと朝になっていた。その頃には声は止んでいたそうです。しかし、藤田さんはお兄さんがまだ苦しんでいるんじゃないかと悟った。死後の世界に行ってもなお死後の世界を受け入れられず苦しんだお兄さん。家族全員で生前の頃の様に振る舞うことで、苦しみから解放されたと思っていたが実際はそうじゃなかった。今も死後の世界を受け入れられずに苦しんでいる。成仏させずにいたら、この苦しみは永遠に続くんじゃないか。家に居させてはいけない。大切な家族だからこそ、成仏させるべきだ。ようやくその考えにたどり着いた。出来るだけ早く供養しなければと思い、リビングで朝食を食べていた両親に深夜起こったこと、そしてお兄さんを成仏させるべきだという自分の考えを伝えた。両親は、一瞬互いに顔を見合わせた後、大激怒した。
「一体何考えてんだ!家族なんだぞ。無理矢理家から追い出すっていうのか!?そんな事するわけないだろ!」
そう言われた。
 その後も毎日説得はしたが、二人とも聞く耳を持たなかったそうです。夜中になると毎日お兄さんの「まだ死ねない」という声が聞こえてくる。困り果てた藤田さんは我慢出来なくなり、両親に内緒でお寺の住職に相談をしに行った。事の経緯を一通り伝えると、住職は険しい顔をして、すぐに供養しなかった事を咎めた。そして
「このままでは本当に取り返しのつかない事になってしまいます。早急に供養しましょう」
そう言われた。やはり、今すぐ供養するのが良いとの事だったが、両親が家に居るときはマズイ。結局、次の日の午前に供養を行うことになり、その日は自宅の住所を伝えて帰った。やはり、夜中になるとお兄さんの「まだ死ねない」という声が聞こえて来る。藤田さんは壁に耳を当て、その声を聴きながら

「もう苦しまなくて良いんだよ。今までごめんね」

と朝日が昇り、声が聞こえなくなるまで呟き続けた。朝6時過ぎ、いつもより早くリビングに向かうと、清掃のパートをしている母はすでに家を出ており、父はちょうど朝食を食べ終わったところで出勤の支度をしていた。7時前に父が家を出ていったのを確認すると、上司に電話をして「病院に行く」と嘘をつき午前は休みをもらった。住職が来たのは10時前だった。玄関に入った途端、何か異様な気配を感じ取ったのか、住職の顔が険しくなる。「はぁ」とため息をついたのが気になった。2階へ上がると住職の顔がより一層険しくなる。そして、教えてもいないのに、お兄さんの部屋に手を向けて「あちらですね」と言った。「分かりますか?」と返すと住職は
「えぇ、はっきりと分かります。あの部屋に、自分が生きている人間だと思い込んでいるお兄様の霊が居るということ、そして亡くなった後も死に怯え続けているという事がはっきりと分かります。その上で言わせて下さい。私には手が負えません。供養するには、お兄様自身に自分が亡くなっている事を気づかせる必要があります。私にはそれが出来ません。せっかくですのでお経は読ませて頂きますが、全く意味を持たないでしょう」
そう言ってお兄さんの部屋の前に正座し、お経を読み始めた。それが終わると
「私はこれで失礼いたします。お役にたてず申し訳ございませんでした」
と言い帰っていった。

 藤田さんは住職を見送った後、お兄さんの部屋に入り早く成仏させなかった事を泣きながら謝罪したそうです。午後は仕事に行ったが、自責の念にかられ全く仕事に身が入らなかった。相変わらず夜中になると、お兄さんの声で「まだ死ねない」と聞こえて来る。両親に相談できるはずもなく、1人で抱え込む日々が続いた。そんなある日、藤田さんはあることを思い出した。それは、占いをしてくれた水谷さんと電話をした時に水谷さんが言っていた「俺、霊感みたいな物があってさ」という言葉。100%信じていた訳ではないが、「もしかしたらお兄さんを成仏させられるヒントが見つかるかも」と藁にもすがる思いで水谷さんに連絡した。そして住職に言われた事を説明し「お前の霊感で兄貴を成仏させるヒントを見つけてくれないか。もしヒントを見つけられなかったとしても責めはしない。だからどうか頼む」とお願いした。水谷さんは快諾してくれ、3日後の昼前家に来てくれる事になった。平日なので、また厳しい上司に連絡して仕事を休む事になるが、お兄さんのためなら仕方ない。
 そして当日。水谷さんは11時頃家に来てくれた。忙しい中来てくれた事に感謝を述べた後
「どう、家に入ってみて良くない気配とか感じる?」
と聞いてみた。水谷さんは
「いや、俺は視えるだけだからね。気配は分かんない」
と言った。2階へ上がり、お兄さんの部屋の前に立つ。藤田さんが扉を開け、部屋の中が見えた瞬間、水谷さんは

「ダメだ」

とだけ言い俯いてしまった。その瞬間藤田さんは「兄貴を成仏させる方法、本当にないのかもな」と思ったそうです。水谷さんは
「今俺が何を見たのか聞きたい?それとも何も言わない方が良い?」
と聞いてきた。藤田さんが「聞かせて」と言うと、水谷さんはゆっくり口を開いた。水谷さんが何を見たのか、要約するとこうだった。

藤田さんが扉を開けると、まず始めに部屋の真ん中に何かに怯えた様に震えて座っているお兄さんの姿が見えた。生前の姿そのままだったそうです。そしてお兄さんの後ろに、白いもやの様な物が見えた。水谷さんは直感的に、守護霊だということが分かったそうです。つまり、霊に守護霊がついている状態。そしてこの守護霊は、ファミレスで占いをした時に見たお兄さんの肩に憑いていた黒い影と同一の存在らしい。生前のお兄さんに悪霊として憑いていたものが、お兄さんの死後は守護霊として憑いている。守護霊としてお兄さんの霊に取り憑くことで、お兄さんが成仏するのを妨害している。お兄さんが自分を生きた人間だと思い込んでいるのも恐らく、取り憑いているもののせい。悪霊になったり守護霊になったりと形を変えるこれが何者なのかは分からないが、強力な力や念を持っているのは明らか。祓うのは容易ではない。しかし、お兄さんを成仏させるには、これを祓う必要がある。

そんな事を水谷さんは言ったそうです。そして最後に、部屋の真ん中を見つめながら

「お兄さん、今回は長生きするよ。俺には何も出来ない。ごめん」

と言い残し家を出ていったそうです。


 藤田さんはここまで話すと
「未だに夜中になると兄貴の『まだ死ねない』って声聞こえて来るんです。その声を聞くと本当に辛くなります。ただ、こうなってしまったのは僕の責任です。なので、兄貴が成仏出来るまでは実家に残り続けて、兄貴への謝罪を毎日繰り返しているんです。まぁ恐らく、僕よりも兄貴の方が長生きすると思いますけど…」

そう言って話を締めてくれた。

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