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連続怪獣小説『大怪獣アイラ』#1

 朝、食卓で豚骨ラーメンをひとくち啜って母さんが、
「あ、この袋麺ば作っとるんは博多もんやなかね」と幽かに叫ぶように言ったのだけれど、なぜ生まれも育ちも名古屋の母がそんな方言で謎の発言をしたのか気になっていたせいで、テレビに映る興味深いニュースから少し気を逸らされた。
 富士森第九中学に通う弟はさっきからずぅっと納豆をかき混ぜ続けている。もう2分間くらい、箸を高速で動かしている。右と左、同じ回数だけ切り替えながら混ぜると美味しくなるのだという。知るか。
 父さんはもう出社している。というか父さんの会社はもう倒産しているので、大手不動産の店舗に近い種田山頭火の詩集も扱ったことのある出版社まで出向き、昔のコネで仕事探しに奮闘している。父さんの熱意は賛同してもらえるだろうか。
 私はもうエイトセントラル女子高校の制服に着替えて「キュウリのアールちゃん」をおかずにした食事を終え、リビングで流れるアサトミ局のニュース番組を気にしていた。

 鹿児島県・桜島の上空に突如、巨大な未確認飛行物体が出現した。
 そのニュース番組「ぼっこぼこ」のメイン司会はサワガニとイワッシーによる「ペライチ」というお笑いコンビで、子どものころからずっと好きだった。そのふたりが今、とても緊張した表情でワイプに映っている。
 原稿を読み上げるキャスターが続ける。

「昨夜未明に発見された桜島上空の未確認飛行物体は依然として移動せず、空中に完全に静止した状態であるということです。居合わせている地元住民の方の目視によるところ、大きさはだいたい…あ、これはそのまま読んでいいんですか? はい。 …はい。大きさはだいたい、おれのカライモくらい、とのことです。ちょっとよくわかりませんね。
 陸上自衛隊からは未だ公式発表は流れておりませんが、映像を見た感じ、そうですね、おそらく50mほどのサイズの、その、未確認物体が、桜島上空に停止しています」

 ドローンやヘリからの撮影でテレビのモニターに映るその未確認飛行物体は、確かにちょっと見た感じは楕円形で、誰もがUFOと呼びたくなるのも納得の形状だった。
 というか、この理解できないはずの物体が「誰もが確実に見たことがある」にもかかわらず、「そんなものがこの大きさでそこに浮いているわけがない」という心理的な拒否によって、UFOと言わざるを得なかったのかもしれない。
 誰しも時に、あまりに驚くようなことに出会えば立ち止まるしかない。この日もそうだった。「そんなわけがない」ことが起きていた。

 春の快晴、桜島の空を背景にして浮いているその物体は、楕円形の透明なカプセルをノコギリで雑に舟形に切ったようなものだった。内部には幾つもの溝があり、それらがなんだかうねうねと動きながら、たまに小さな雷のような閃光を放っていた。リボソーム・クリステ・マトリックス、そしておそらくはATP合成。中学校の理科をかじった程度の知識でもわかる。

 母さんが、豚骨ラーメンを食べた丼をキッチンのほうで洗いながら、リビングに向かってこう言った。
「うわマジそれ ミトコンドリアじゃん! ウケるw」
 続けて弟がこう言った。
「何それ?」

 家族に対してこんなに腹が立つのは久しぶりで、私はすぐに無言で鞄を手に玄関を出た。
 たしか母さんはギャルだったことは一度もないし、弟も普通に学校に行っている。というかこの異常事態について、幾ら遠く離れた土地の事件とはいえあんな反応になるだろうか?

 まさか、これは夢なのか?
 確かめたい。確かめないと。確かにこれはおかしい。そんなわけない。

 早足で家に戻って、玄関ドアを開けてリビングへ。
 すると食卓で母さんと弟が、はんぶんこにしたドリアンをスプーンで食べながらテレビを観ていた。

 そういえばそうだった。
 私の家族は少し変。

 巨大ミトコンドリアが桜島に浮いてるのも変。
 たぶん私も、どこか変。

 まぁいずれにせよ……

…………つづく。






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