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保険会社の治療費一括対応を裁判で強制できるのか?

はじめに

本ノートでは、交通事故の損害賠償に関する場面で問題となりやすい保険会社の治療費一括対応(以下「一括対応」といいます。)について、説明します。

損害賠償請求の前提

誰かに殴られて怪我をした場合、殴った相手に対し、治療費の先払いを求めることはできるでしょうか?

被害者感情としては、加害者が先に治療費を払えと言いたいところです。
しかし、法律は、基本的には先払いを強制しません。被害者は、一旦自費で通院し、そこでかかったお金を相手方に請求していくこととなります。

保険会社の治療費一括対応とは?

しかし、交通事故によって怪我した場合は、少し話が違ってきます。
交通事故の損害賠償請求の場面においては、加害者が任意保険に加入していた場合、一括対応によって治療費を保険会社が先払いしてくれることがあります。

一括対応がされている場合、被害者は、病院や整骨院の窓口で治療費を支払うことなく、治療を受けることができます。そこでかかった治療費は、病院や整骨院が1ヶ月分などをまとめて加害者が加入する保険会社に請求します。
これによって、被害者は、治療費を支払わずに治療を受けることができ、治療費が支払えないために満足な治療を受けられないなどの事態に陥らずにすみます。

一括対応は、昭和48年頃から始まりました。一括対応は法律によって保険会社に強制されるようなものではなく、保険会社が任意に行う一種のサービスとして開始しました。

もっとも、保険会社もお人好しだから本来は後払いの治療費を先にはらっているわけではありません。
保険会社は以下のような理由から、一括対応を行っています。

  • 任意保険会社が先払いした治療費は、その大部分を後から自賠責保険に求償できる(自賠責保険は国の事業として行われるのでとりっぱぐれがほぼない)。

  • 被害者の治療期間中から、被害者の通院状況や治療状況を確認することができる。

  • 被害者の治療の便宜を図ることで被害者感情を少しでも鎮められる

一括対応の打ち切り

しかし、一括対応は、治療途中で打ち切られる可能性があります。
保険会社の考える妥当な治療期間が経過した場合、保険会社は「そろそろ治療終了時期ではないかですか?」と一括対応の終了を打診してきます。

保険会社が行うのは、あくまで一括対応の終了であるため、一括対応が終了した後も、治療自体は続けることができます。
また、自賠責保険や裁判所に、後から自費で支払った治療費を請求することで治療費の賠償を受けることもできます。

しかしながら、経済的事情によって治療費を自費で支払うことが難しい人もいますし、そもそも加害者側から妥当な治療期間を決められるのが気に食わないという人もいます。

被害者が考える妥当な治療期間と任意保険会社が考える必要な治療期間には食い違いが生じることも多いため、一括対応の打ち切りに関してはしばしば問題となります。

では、保険会社が正当な理由なく一括対応を拒否した場合、裁判で強制することはできるのでしょうか?

一括対応を裁判で強制することはできるか?

結論から言うと、裁判で一括対応を強制することはできません

その理由は、一括対応には法的根拠がないためです。上記のとおり、一括対応は、保険会社が法律に義務付けられて行うものではなく、あくまで任意のサービスとして行うものです。
そのため、裁判による強制はできません。

この点に関して参考となる裁判例があります。大阪高裁平成元年5月12日判決です。

この判例は、医療機関と加害者側の保険会社との間で、一括対応で治療費を直接医療機関に支払う旨の協議=一括対応がされていたところ、医療機関が実際に行った治療費と裁判で認められた必要な治療費の差額を保険会社に請求したものです。一括対応がされていた場合に、医療機関から保険会社への治療費請求が認められるかが、裁判上で争われました。

裁判所は結論として、「任意保険会社は、その法的地位上、被保険者の損害をてん補すれば足るのであって、被保険者が負担する損害賠償債務の範囲を超えて支払いをなす必要はなく、また、被保険者に対する義務の履行として損害のてん補をすれば足るのであって、第三者に対して直接損害賠償義務を負担する理由はないといわねばならない。」として、認めませんでした。

その他、東京地方裁判所平成23年5月31日判決も同様の結論を示しています。

一括対応を打ち切られた場合に請求できるものはないか?

上記のとおり、一括対応を打ち切られた場合、一括対応の延長を裁判で求めることはできません。
なお、打ち切りの打診を受けた場合に、交渉で一括対応期間を延長することができる場合はありますが、これはあくまで任意の話し合いによるものです。法的根拠があるものではありません。

実際に判断された裁判例は見つかりませんでしたが、一括対応の打ち切りが信義則違反または不法行為にあたり、打ち切りしたこと自体に対して賠償請求することはありえるかもしれません。
しかし、そもそもかなり認められづらいですし、
・保険会社が不当な理由で一括対応を拒否し、
・被害者の怪我の状況が重大なもので、
・被害者が経済的な困窮に陥っており、
・保険会社がまだ長期間一括対応することを約束していた、
などの複数の事情がなければ、認められないのではないかと思われます。

まとめ

保険会社の一括対応は、被害者にとって便利なサービスですが、法的義務ではないため、裁判で強制することは難しいです。
もっとも、一括対応が打ち切られた場合でも、対応の延長を交渉したり、自費で通院後に請求するなどの手段がありえます。
まずは、弁護士に相談してみるのが良いかと思います。

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