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144) NAD+サプリメントはがんを促進する

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術144

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。


【ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(NAD+)は加齢とともに減少する】

2 匹のマウスの脇腹の皮膚を縫い合わせる並体結合(parabiosis)という手法を用いて、若い個体と老齢個体を並体結合し、両者の血液を一緒に循環させて1ヶ月ほどすると、老齢個体が若返りの兆候を示すことが報告されています。

老化によって低下していた骨格筋の筋力が増加し、神経幹細胞の増殖能を促進されて認知機能が良くなり、心臓や肝臓や膵臓などの臓器機能が改善することが認められています。逆に若いマウスは老化の徴候が進行することが示されています。

これは、加齢とともに老化を促進する「老化因子」が次第に増加し,体を若い状態に維持する「若返り因子」が加齢とともに減少することが老化の原因である可能性を示唆します。(下図)


図:高齢マウスと若いマウスの脇腹の皮膚を縫い合わせる並体結合によって両者の血液循環を共有させると、高齢マウスの老化因子によって若いマウスの老化の徴候が促進される(①)。一方、高齢マウスは若いマウスの若返り因子によって老化の徴候が減少する(②)。
 
 
このような若返り因子として様々な因子が見つかっています。体内の生命活動に必須の補酵素のニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide:NAD+)はそのような若返り因子の一つとして研究されています。NAD+は加齢とともに減少し、NAD+を増やす方法は老化の徴候を低下させることが明らかになっています。(下図)


図:生き物には寿命(生まれてから死ぬまでの時間)があり(①)、時間とともに老化が進む(②)。体内の生命活動に必須の補酵素のニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide:NAD+)の体内量は老化の進行とともに減少する(③)。



【NAD+前駆体は抗老化のサプリメントとして販売されている】

NAD+(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)はナイアシンというビタミンから体内で合成されます。NAD+は電子を伝達する働きを持ち、さまざまな脱水素酵素の補酵素として機能し、酸化型 (NAD+) および還元型 (NADH) の2つの状態を取ります。NAD+は生物のおもな酸化還元反応の多くにおいて必須成分(補酵素)であり、好気呼吸(酸化的リン酸化)の中心的な役割を担っています。
 
NAD+レベルは加齢とともに低下し、加齢に関連する疾患の発症に重要な役割を担っていることが明らかになっています。NAD+の細胞内レベルを上昇させる方法は、動物モデルで老化を遅らせ、筋肉機能を回復させ、脳での神経再生を促進し、代謝性疾患を改善することが示されています。
 
細胞内のNAD+濃度を高める最も簡単な方法は、NAD+前駆体のニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)やニコチンアミド・リボシド(NR)を摂取することです。NMNやNRをサプリメントで補充すると血液中のNAD+濃度が上昇することが明らかになっています。


図:ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide:NAD+)はトリプトファンやニコチン酸やニコチンアミドなどから生成するルートもあるが、NAD+の前駆物質であるニコチンアミド・モノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide:NMN)とニコチンアミド・リボシド(nicotinamideriboside:NR)をサプリメントとして摂取すると体内のNAD+を増やすことができる。
 
 
NAD+前駆体(NMNやNR)は以前はかなり高価で、1ヶ月分が10万円以上しましたが、最近はかなり安価になっています。そのためか、最近は新聞の1ページを使った広告も頻回に見かけるようになりました。つまり、抗老化のサプリメントの素材として、ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)やニコチンアミド・リボシド(NR)が多く販売されています。



【NAD+補充はがんを促進する?】

老化は、がん、糖尿病、心血管疾患などの成人病やアルツハイマー病、パーキンソン病などの神経疾患の危険因子の一つです。各臓器,組織の恒常性は,それぞれの組織の幹細胞によって維持されています。組織幹細胞の多くは老化によりその機能が低下することが示されており、老化関連疾患の原因となっています。
 
体内のNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)量を増やすことは、老化および老化関連疾患の予防や治療に有効であると考えられています。
 
しかし、がん研究の領域では、「NAD+の補充はがん細胞の増殖を促進する」という意見が多数派であることを知っておく必要があります。つまり、がん患者がニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)やニコチンアミド・リボシド(NR)を多く摂取すると、がん細胞の増殖を促進するということです。
 
NAD+は細胞保護作用やダメージを受けた組織の修復を促進するので、抗がん剤の副作用を軽減するという報告や、がん性悪液質を軽減するという報告はあります。しかし、NMNやNRはがん細胞の増殖や抗がん剤抵抗性を促進するという意見が主流です。
 
この2面性は抗酸化剤と似ています。抗がん剤や放射線治療は活性酸素による酸化傷害でがん細胞を死滅するので、抗酸化剤を摂取すると抗がん剤や放射線治療の効き目を弱めます。しかし、正常細胞のダメージを軽減するので、副作用を軽減する効果があります。
 
つまり、「正常細胞を助けるか、がん細胞を助けるか」という選択になります。抗酸化剤とNAD+の補充は、正常細胞もがん細胞も同様の恩恵を受けるので、「正常細胞を助けて、がん細胞だけを死滅する」という都合の良いことにはならないのです。



【NAD+はDNA修復に必要】

ニコチンアミドアデニン・ジヌクレオチド(NAD+)はADP-リボシル化反応にも関与しています。

ADPリボシル化(ADP-ribosylation)は細胞内で起こるタンパク質の翻訳後修飾の一つで、1つまたはそれ以上のアデノシン二リン酸(ADP)リボースを付加する反応です。このADPリボースはNAD+から供給されます。この反応は細胞間の情報伝達やDNA修復、アポトーシスなど多くの細胞機能に関わっています。

ADPリボース化反応はADPリボシルトランスフェラーゼという酵素によって触媒され、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)からタンパク質のアミノ酸残基にADPリボースを転移させます。


図:ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)からADPリボシルトランスフェラーゼという酵素によってタンパク質にADPリボースを転移させる反応をタンパク質のADPリボシル化という。
 
 
タンパク質に多数のADPリボースを結合する反応をポリ-ADP-リボシル化と言います。ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)は細胞内に多く存在するタンパク質で、核DNAに生じた一本鎖切断端を認識してDNAに結合します。

核DNAに結合したPARPは活性化され、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)を基質としてPARP自身やヒストンやDNA修復関連タンパク質に複数のADP-リボースを付加し、ポリ-ADP-リボシル化を引き起こします。このポリ-ADPリボシル化はDNA修復するシグナルとなります。  

通常、ポリ-ADP-リボシル化はDNA修復反応を活性化しますが、過度のPARPの活性化はNAD+とATPの枯渇、さらにミトコンドリアに局在するアポトーシス誘導因子(AIF)の切断を誘導します。

切断されて細胞質に放出されたAIFはミトコンドリアに局在していたエンドヌクレアーゼGとともに核に移行し,核DNAの断片化を引き起こし,細胞死を誘導します。


図:ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)は、核DNAに生じた一本鎖切断端(①)を認識してZn-finger domain(Zf)部分でDNAに結合する(②)。核DNAに結合したPARPは活性化され、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)を基質としてPARP自身やDNA修復関連タンパク質にADP-リボースを付加し(③)、ポリ-ADP-リボシル化を引き起こし(④)、他の修復タンパク質をリクルートし(⑤)、DNAを修復する(⑥)。過度のDNA損傷やPARPの過剰な活性化(⑦)は、NAD+とATPを枯渇し(⑧)、細胞死を誘導する(⑨)。
 
 
つまり、抗がん剤や放射線照射でがん細胞のDNAにダメージを与えると、ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)が活性化され、NAD+が枯渇してがん細胞が死滅するのですが、NAD+を補充するとがん細胞を細胞死から助けることになります。
 
抗酸化剤と同じです。抗がん剤や放射線治療中に抗酸化剤やNADサプリメントを摂取すると、がん細胞を助けることになります。



【NAD+を枯渇するとがん細胞はATPを作れない】

がん細胞の代謝の特徴は、酸素が十分にあってもミトコンドリアでの酸化的リン酸化によるエネルギー(ATP)産生が抑制され、酸素を使わないグルコースの分解(解糖系)が亢進していることです。そのため、グルコース(ブドウ糖)の取込みが増え、乳酸の産生が増えています。これをワールブルグ効果あるいは好気的解糖と言います。

解糖系でできたピルビン酸は、嫌気的条件(酸素が無い状態)では乳酸に変換されます。

グルコースからピルビン酸まで分解したあと(この過程を解糖という)、酸素があればTCA回路(クエン酸回路)と電子伝達系による酸化的リン酸化によってATPを生成しますが、酸素が無い場合はピルビン酸からさらに乳酸に変換されます。ピルビン酸を乳酸に変換する酵素が乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase; LDH)です。(下図)。


図:グルコースが解糖系でピルビン酸まで分解されたあと、酸素があればミトコンドリアでピルビン酸脱水素酵素(Pyruvate Dehydrogenase; PDH)によってアセチルCoAに変換されてTCA回路でさらに代謝され、電子伝達系(呼吸鎖)でATPが産生される。酸素が無い条件では、ピルビン酸は乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase; LDH)によって乳酸に変換される。がん細胞では、LDHの活性が亢進し、PDHの活性は抑制されており、酸素が十分に使える状況でも、ミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)は抑制され、乳酸産生が亢進している。
 
 
がん細胞の場合は、酸素が十分にあっても、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を抑制しているので、乳酸の方に行きます。なぜ、ピルビン酸で止まらないで乳酸に変換されるかというと、その理由は、解糖系で還元されたNADH(還元型ニコチンアミドジヌクレオチド)を酸化型のNAD+に戻すためです。NAD+が枯渇すると解糖系が進行しなくなります。(下図)


図:解糖系では1分子のグルコースから2分子のピルビン酸、2分子のATP、2分子のNADH + H+が作られる。乳酸発酵では、NADH + H+を還元剤として用いてピルビン酸を還元して乳酸にする。この乳酸発酵によってNAD+を再生することによって酸素を使わないATP産生(解糖)が続けられる。その結果、乳酸が多く産生される。
 
 
解糖系でのグルコースからピルビン酸への代謝で、1分子のグルコースから2分子のATPを産生できます。乳酸発酵によって酸化型NAD(NAD+)を再生することによって、がん細胞は無酸素条件下で生きてはいけるのです。
人間を含めて全ての哺乳動物は無酸素の環境では長くは生存できません。しかし、がん細胞は無酸素でも長く生きられます。それは乳酸発酵でNAD+を再生するからです。したがって、サプリメントで外部からNAD+を補充すれば、がん細胞は解糖系での無酸素での代謝を続けることができます。
 
ニコチンアミドをニコチンアミドモノヌクレオチドに変換するニコチンアミド・ホスホリボシル・トランスフェラーゼ(NAMPT)は、NAD産生の律速酵素です。がん細胞ではこのNAMPTの発現と活性が亢進していることが知られています。
 
NAMPT活性が高いほど、がん細胞の増殖が早く、悪性度が高いことが知られています。NAMPTの阻害剤は抗がん剤開発の重要なターゲットになっています。NAMPTを阻害し、NAD+を減らせば、がん細胞の増殖を抑えることができるからです。


以上のような多くのエビデンスが、NAD補充ががん細胞の増殖を促進し、がん治療を妨げることを示しています。がん患者はNMNやNRの摂取はリスクがあるというのが、現在のコンセンサスです。

最近、ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)やニコチンアミド・リボシド(NR)の抗老化作用の宣伝・広告が目立ちますが、細胞を若返らせる物質は、がん細胞も元気にする可能性があることを知っておくことが大切です。(下図)


図:正常細胞は加齢によって老化やがん化が起こる。ニコチンアミド・リボシド(NR)やニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)を摂取してNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)量を増やすことは、老化細胞を若返らせる効果はあるが、がん細胞の増殖を促進する作用に注意が必要。

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