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145)至福をもたらすアナンダミドの増やし方(その1):ランナーズハイ

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術145

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。


【大麻は医学的用途を含め多くの用途がある】

日本においては、大麻は稲作が始まる以前の縄文時代から生活必需品を作るための重要な素材であり、文化的、伝統的、民族的、歴史的にいっても日本人の生活に密接に関連してきた植物です。

大麻草の茎の皮の繊維質は、麻縄、鼻緒、弓弦、化粧回し、神社のお札、しめ縄、鈴縄などに利用され、茎の木質部(麻殻)はたいまつ、茅葺き屋根や漆喰壁などの建材、お盆の迎え火などに利用されていました。

種子は食用として七味唐辛子、鳥のエサ、生薬(麻子仁)として利用され、種子油は燃料、化粧品、マッサージオイルなどに使われています。

麻の実は鳥類の一番の好物ですが、これは麻の実の栄養価が高いからです。長時間の飛行に必要なエネルギー(カロリー)や栄養素の供給源として理想的な組成であることを意味しています。

葉や花穂や根は医薬品、抗菌剤、農薬、香料になります。
日本人の名前に「麻」の字が使われますが、大麻草のように真っすぐ元気に成長し、世の中の人の役に立ってほしいという意味だということです。つまり、古代から第二次世界大戦直後まで、日本人は大麻に対して悪いイメージやネガティブな考えは一切ありませんでした。


図:日本人は戦前まで大麻草を織物、衣服、縄、建材、食糧、医薬品(漢方薬など)、神道儀式など様々な用途に用い、農作物として栽培が推奨されてきた。大麻草は1年草で成長が早く、短い期間で3m以上に成長し、ありとあらゆる土壌や天候に適応して育つ。バイオマス(再生可能な有機性資源)として利用すれば、化石燃料の使用や森林の伐採を抑制し、地球温暖化の軽減に役立つ。さらに近年、様々な病気に対して医療大麻の有効性が証明されている。つまり、大麻は多くの用途がある。



【大麻取締法が改正され、大麻草が原料の医薬品が容認された】

政府は、大麻草を原料にした医薬品の使用を認める大麻取締法の改正案を2023年10月24日の閣議で決定しました。この改正案では、大麻草を原料にした医薬品の国内での使用を認めるほか、繊維や種子の採取や研究目的にのみ認められていた大麻草の栽培を、医薬品などの原料を採取する目的でも認めるとしています。

「大麻取締法」は昭和23年(1948年)に制定されました。この法律では「大麻には医療用途は無い」という大前提がありました。すなわち、制定されたときの大麻取締法は第四条で、大麻の医療使用を禁止しています。該当部分は以下のようになっています。

第四条
  何人も次に掲げる行為をしてはならない。

一 大麻を輸入し、又は輸出すること(大麻研究者が、厚生労働大臣の許可を受けて、大麻を輸入し、又は輸出する場合を除く。)。

二 大麻から製造された医薬品を施用し、又は施用のため交付すること。

三 大麻から製造された医薬品の施用を受けること。

そして、『この規定に違反して、大麻から製造された医薬品を施用し、もしくは交付し、又はその施用を受けた者』は五年以下の懲役に処する(第二十四条の三)となっています。

「何人も」と定められているため、患者、医者、研究者であっても、例外なしに大麻を医療目的で使用することはできません。海外で有効性が証明されている疾患でも日本では大麻は使用できません。病気の治療目的であっても大麻を使用すれば、医者も患者も処罰されます。
 
日本では、戦前までは、大麻は漢方薬や大麻チンキなどと医療利用の長い歴史がありました。日本薬局方でも戦前までは医薬品として記載され、薬効が表示されていました。民間薬としても「喘息に良く効く」と記載され、新聞広告で宣伝されていました。

戦後、GHQ(連合国総司令部)が大麻全面禁止の指令を出してきたとき、GHQが大麻の麻薬性を問題にしていると考えて、精神作用のある成分を含みマリファナの原料になる花穂と葉を厳禁し、茎と種子は利用可能にして大麻の農業利用を存続させようとしました。つまり、大麻の医療利用は、農業利用の存続のためのスケープゴートになったのです。

このため、大麻取締法では、大麻を『大麻草(カンナビス・サティバ・エル)及びその製品をいう。ただし、大麻草の成熟した茎及びその製品(樹脂を除く。)並びに大麻草の種子及びその製品を除く』と定義し、医療使用に関しては厳禁することになったのです。
 
また、GHQ(連合国総司令部)は大麻を日本人に持たせたくなかったという指摘もあります。大麻は日本人の生活や精神性と深くかかわってきました。大麻と神道は密接に繋がっています。大日本帝国の根幹である国家神道と大麻の関連性を重視し、精神的に日本人を矯正しようという考えからGHQは大麻を全面禁止にしたかったという指摘もあります。
 
以上の状況が約75年間続いていました。しかし、「大麻には医療用途は無い」という前提を維持することは、医学的および科学的に無理になりました。大麻の成分が結合して効果を発揮する受容体が体内に見つかり、大麻草を原料にした医薬品は、すでに欧米各国で承認されています。
 
カンナビジオール(CBD)製剤の Epidiolexは、Dravet 症候群とLennox–Gastaut症候群の患者のてんかん治療に米国食品医薬品局(FDA)によって2018年に承認され、欧州医薬品庁(EMA) によって2019年に承認されています。Epidiolexは結節性硬化症(tuberous sclerosis complex)の治療にFDAは2020年、EMAは2021年に承認しています。
 
カンナビジオール(CBD)とデルタ-9-テトラヒドロカンナビノール(デルタ-9-THC)を1:1に含有するSativexは多発性硬化症関連の痙性(multiple sclerosis-associated spasticity)の治療に英国、欧州連合、カナダなどで承認されています。
 
膠芽腫のテモゾロマイド治療と併用して、THC:CBD製剤(Sativex)が統計的有意に抗腫瘍効果を高めるという臨床試験の結果が報告されています。
 
以上のように、大麻草を原料にした医薬品は欧米各国で承認されていましたが、日本国内では大麻取締法で規制されていることから、医療関係者や患者から解禁を求める声が出ていました。そこで今回、75年ぶりに改正が行われ、大麻草を原料とした医薬品の使用が可能になったのです。



【日本ではカンナビジオール製品がサプリメントとして販売されている理由】

カンナビジオール(CBD)製剤の Epidiolexは大麻の葉や花穂から抽出しているので、今までは日本では使用できませんでしたが、今回の大麻取締法の改正で日本でも使用できるようになりました。しかし、日本ではカンナビジオール(CBD)の入った製品はサプリメント扱いで普通に販売されています。
今までの大麻取締法は大麻草の葉と花穂(花冠)とその製品を禁止していますが、成長した大麻草の茎や種子の使用やそれ由来の製品は除外されています。食品の麻の実や繊維を取る農業用途を残すためです。
 
すなわち、大麻取締法では「成熟した茎と種子及びその製品が除外される」とあり、成分として規制対象は精神作用のあるテトラヒドロカンナビノール(THC)のみで、カンナビジオールは対象外になっています。THCも化学合成されたものは麻薬取締法で規制されていますが、天然で微量に混入していても規制されていません。
 
したがって、繊維を取る目的の産業用大麻(Industrial hemp)から抽出した製品は日本でも合法的にサプリメントとして使用できることになります。
 
日本で流通している製品は建前上は「成熟した茎と種子」から抽出したということになっています。そうでなければ通関も流通もできません。しかし、日本でサプリメントとして流通しているCBDオイルの原料が本当に茎からだけかは、かなり疑問だという意見もあります。
 
実際に、種子にはCBDは検出できず、茎のCBD含有量は極めて微量なので、茎のみからのCBDオイルの製造は経済的に成り立たないというのが、海外のメーカーの常識のようです。
 
特に米国の製品は、CBD/Hempの原料は「茎と種だけ」からではなく「葉や花を含む」ものがほとんどのようです。そうしないと、価格的に競争できないということです。

品種改良で、葉や花穂にTHCを含まずCBDを高濃度に含む品種もあります。このような品種の葉や花穂からCBDを分離して製品化すれば安価なCBD製品が作れます。
 
しかし、CBDオイルの原料に葉や花が少しでも含まれていたら、日本では違法であり、通関できないか、あるいは大麻取締法違反で逮捕されることになります。
 
このような状況で、もしCBDの流通が規制されると、てんかんや神経難病やがんなど多くの患者さんに影響が及びます。その解決法は以下のようなものになります。


1)純粋に茎からだけ抽出した製品を使う。(価格が高くなるデメリットがある)
2)合成のCBDや酵母で産生させたCBDを製品化して使う。
3)大麻取締法の第四条を削除するように法律を改正して、医療大麻や大麻由来の医薬品の使用を許可する。
 
つまり、今回の大麻取締法の改正は3番を実施したことになります。医療目的の場合は、大麻の葉や花穂から抽出したCBDも使用可能になりました。
今回の大麻取締法の改正によって、海外で販売されているCBD製剤のEpidiolexを医師が個人輸入して病気の治療に使うことは可能になります。ただし、日本国内でEpidiolexよりはるかに安価なCBD製品が販売されているので、Epidiolexを輸入するメリットはありません。
 
さて、大麻取締法の改正について解説したのは、カンナビジオールの医学用途の根拠を行政(厚生労働省など)も認めたので、サプリメントで販売されているカンナビジオールの使用や需要が今後増えることが予想されるためです。そのため、大麻やカンナビジオールに関する医学的知識を深めることが大切です。

今回は、マラソンなどで長時間走り続けると、最初は苦痛に感じていても次第に快感を得るようになるランナーズハイ(Runners' High)という現象(効果)は内因性カンナビノイドのアナンダミドの寄与が大きいという話です。



【体内の細胞にはアヘンアルカロイドの受容体がある】

オピオイド(Opioid)とは「オピウム類縁物質」という意味で、オピウム(opium)はアヘン(阿片)の英語名です。アヘンはケシ(芥子)の未熟果から得られる液汁を乾燥させたもので、モルヒネやコデインなどの麻薬を含みます。モルヒネやオキシコドンなどの麻薬性鎮痛薬をオピオイド鎮痛薬と言います。
 
モルヒネなどのアヘンアルカロイドが結合する細胞の受容体(オピオイド受容体)が1973年に発見され、このオピオイド受容体に作用する内因性の物質としてエンケファリンやベータ・エンドルフィンなどの内因性オピオイドが多数発見されました。
 
すなわち、内因性オピオイドとオピオイド受容体は体の苦痛を和らげるために体内にもともと存在し、モルヒネなどの麻薬はオピオイド受容体に結合することで、鎮痛作用や快感をもたらしていたのです。(下図)


図:オピオイド(オピウム類縁物質)にはアヘンアルカロイド(モルヒネなど)と内因性オピオイド(ベータ・エンドルフィンやエンケファリンなど)があり細胞のオピオイド受容体に結合して作用を発揮する。内因性オピオイドは中枢神経系に作用して鎮痛作用や多幸感を引き起こし、脳内の報酬系にも関与しているので、脳内麻薬とも呼ばれている。



エンドルフィン(endorphin)は「体内で分泌されるモルヒネ」という意味です。アルファ、ベータ及びガンマの各エンドルフィンがあり、その中でも、ベータ・エンドルフィンはモルヒネに比べて6.6倍の鎮痛作用があり、多幸感や免疫増強の作用も知られています。ベータ・エンドルフィンは31個のアミノ酸からなるペプチドです。



肉体的な痛みや疲労が高まると、脳の下垂体部分からベータ・エンドルフィンが分泌され、肉体的・精神的な苦痛やストレスを抑える働きがあります。つまり、抗ストレス作用や忍耐力の増大や、身体的や精神的な苦痛を和らげる効果があります。



【体内の細胞には大麻成分カンナビノイドの受容体がある】

前述のように、オピオイド受容体はアヘンに含まれるモルヒネなどのアヘンアルカロイドが結合する細胞の受容体として見つかり、その後、このオピオイド受容体に結合する内因性オピオイドとしてβエンドルフィンやエンケファリンなどのいわゆる脳内麻薬(内因性オピオイド)が発見されました。そして、これらの内因性オピオイドとオピオイド受容体が生体機能の調節に重要な役割を担っていることが明らかになりました。
 
大麻草(マリファナ)には600種類を超える化合物が含まれていますが、そのうちカンナビノイド(Cannabinoid)と呼ばれる大麻草固有の成分が100種類以上存在します。

Δ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)は大麻の精神作用の原因となるカンナビノイドです。THCが結合する受容体としてCB1とCB2の2種類のカンナビノイド受容体が見つかっています。
 
大麻に含まれるΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)はカンナビノイド受容体の鍵穴に合う偽鍵のようなもので、カンナビノイド受容体のCB1とCB2に結合してシグナルを伝達します。
 
カンナビノイド受容体タイプ1(CB1)は中枢神経系において様々な神経伝達調節を行っており、記憶・認知、運動制御、食欲調節、報酬系の制御、鎮痛、脂肪代謝など多岐にわたる生理作用を担っています。
 
一方、カンナビノイド受容体タイプ2(CB2)は免疫細胞や白血球に多く発現し、免疫機能や炎症の制御に関与しています。
 
CB1は中枢神経系に多く発現し、CB2は免疫細胞に多く発現していますが、カンナビノイド受容体(CB1とCB2)は多くの組織の細胞に存在し、多彩な生理機能の調節に関与しています。


このCB1やCB2に結合する内因性カンナビノイドとしてアナンダミド(Anandamide; N-arachidonoylethanolamide; AEA)や2-アラキドノイルグリセロール(2-arachidonoylglycerol; 2-AG)などが知られています。
 
つまり、大麻から発見された精神変容作用のあるΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)の研究から、THCが結合する受容体(CB1とCB2)が見つかり、このCB1とCB2に結合して生理機能を発揮する内因性の物質(内因性カンナビノイド)が発見されたという流れです。


図:カンナビノイド受容体は7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体でCB1とCB2の2種類がある。CB1は中枢神経系に多く発現し、CB2は免疫細胞に多く発現している。内因性カンナビノイド(アナンダミド、2-アラキドノイルグリセロール)はCB1受容体に作用して中枢神経系において様々な神経伝達調節を行っており、記憶・認知、運動制御、食欲調節、報酬系の制御、鎮痛など多岐にわたる生理作用を担っている。大麻草に含まれるΔ9-テトラヒドロカンナビノール(Δ9-THC)はCB1受容体に結合して様々な精神神経作用(陶酔、幻覚、多幸感など)を示すので、麻薬として使用が禁止されている。



【内因性カンナビノイドは脂質から産生される】

大麻(マリファナ)は細胞内の受容体に作用して、鎮痛作用や吐き気止め作用や食欲増進作用など様々な薬効を示します。大麻の薬効の多くは大麻に特異的に含まれるカンナビノイドと呼ばれる成分が関与しています。現在100種類以上のカンナビノイドが大麻から分離・同定されています。

大麻のカンナビノイドが作用する受容体が幾つか見つかっており、その代表がCB1とCB2です。 1964年にイスラエルのワイズマン研究所の ラファエル・メコーラム(Raphael Mechoulam) 博士らによって、大麻の精神変容作用の原因成分としてΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)が分離され、1988年にTHCが直接作用する受容体が発見されてカンナビノイド受容体タイプ1(CB1)と命名されました。CB1は中枢神経系のシナプス(シナプス前細胞)に存在し、感覚神経の末端部分にも存在します。さらに筋肉組織や肝臓や脂肪組織など非神経系の組織にも分布しています。

数年後にタイプ2の受容体(CB2)の遺伝子が発見されました。CB2は主に免疫系の細胞に発現しています。 CB1とCB2の存在はこれらの受容体に作用する体内成分が存在することを意味しています。 カンナビノイド受容体と反応する体内物質を内因性カンナビノイドと言います。


1992年に内因性カンナビノイドのアナンダミド(anandamide)がメコーラム博士らによって発見されました。アナンダミドはサンスクリット語の「至福」を意味します。メコーラム博士は内因性カンナビノイドが人間の快感や幸福感を引き起こす物質だと考えたと思われます。アナンダミドはアラキドノイルエタノールアミド (arachidonoylethanolamide) と言うのが正式名称で、脂肪酸の一種のアラキドン酸とエタノールアミンが結合したものです。
さらに、2番目の内因性カンナビノイドとして2-アラキドノイルグリセロール(2-arachidonoylglycerol; 2-AG)が発見されました。この2-AGはアラキドン酸にグリセロールが結合したものです。

さらにいくつかの内因性カンナビノイドが見つかっています。 内因性のカンナビノイドが同定されると、それらの生合成や分解に関与する酵素や、受容体とリガンドが結合したあとのシグナル伝達経路が解明されました。

アナンダミドは脂肪酸アミドハイドロラーゼ(fatty acid amide hydrolase)によって分解され、2-アラキドノイルグリセロールはモノアシルグリセロール・リパーゼ(monoacylglycerol lipase)などによって分解されます。 つまり、体内には内因性カンナビノイド(アナンダミドや2-アラキドノイルグリセロールなど)と、それらを合成する酵素や分解する酵素、内因性カンナビノイドが結合するカンナビノイド受容体によって内因性カンナビノイド・システムが構成されています。

内因性カンナビノイドのアナンダミドと2-アラキドノイルグリセロールは細胞膜のリン脂質からホスホリパーゼによって生成されるアラキドン酸の代謝産物です。
内因性カンナビノイドは生理的あるいは病的刺激によってオンデマンド(要求に応じて)に細胞膜のリン脂質を分解して合成・分泌されて、カンナビノイド受容体を刺激して生理作用を示します。


内因性カンナビノイドシステムの活性化は、リガンドがCB1やCB2と直接的に作用する他に、内因性カンナビノイドの細胞内取り込みや細胞内での分解の阻害によっても起こります。 さらに、内因性カンナビノイドはCB1とCB2以外に、CPR55やイオンチャネルのTRPV1など多くの受容体やイオンチャネルに作用することが報告されています。内因性カンナビノイドシステムは極めて複雑なネットワークやメカニズムで生体機能を制御しており、生体機能の調節において極めて重要な働きを担っていることが明らかになりつつあります。


図:アナンダミド(①)と2-アラキドノイルグリセロール(②)はオンデマンド(要求に応じて)に合成酵素が活性化されて細胞膜などの脂肪酸から合成される(③)。アナンダミドと2-アラキドノイルグリセロールはカンナビノイド受容体のCB1とCB2や、Gタンパク共役型受容体のGPR55やCa透過性の陽イオンチャネルの一種であるTRPV1などに作用して細胞機能を制御している(④)。アナンダミドは脂肪酸アミドハイドロラーゼ(fatty acid amide hydrolase; FAAH)によってアラキドン酸とエタノールアミンに分解され(⑤)、2-アラキドノイルグリセロールはモノアシルグリセロール・リパーゼ(monoacylglycerol lipase; MGL)によってアラキドン酸とグリセロールに分解される(⑥)。
 
 

この内因性カンナビノイド・システムが関与している疾患として、多発性硬化症、脊髄損傷、神経性疼痛、がん、動脈硬化、脳卒中、心筋梗塞、高血圧、緑内障、肥満、メタボリック症候群、骨粗鬆症などが報告されています。内因性カンナビノイド・システムは神経細胞の損傷などに対して細胞を保護する作用や回復を促進する作用に関与しています。
 
つまり、これらの疾患の治療に内因性カンナビノイド・システムの制御(活性化や阻害など)が有効である可能性が示唆されているのです。


現在、カンナビノイド受容体に作用する物質として、生体内で合成される内因性カンナビノイド(アナンダミド、2-アラキドノイルグリセロールなど)、大麻草(Cannabis sative)に含まれる植物性カンナビノイド(テトラヒドロカンナビノール)、医薬品の開発目的で合成されている合成カンナビノイドなどがあります。

オピオイド受容体もカンナビノイド受容体も、動物が植物成分を薬効として利用するために存在する訳ではありません。もともと生体内で内因性のリガンド(受容体に結合して活性化する成分)があって特異的な受容体との間にシグナル伝達系を作っていたものが、その受容体に結合する成分が植物にたまたま含まれていたというだけです。
 
恐らく、このような植物成分は、動物に対する毒として存在しているものと考えられます。動物に有毒な成分を持っている植物は生存や繁栄に有利になるので、このような毒を持った植物の進化は促進されると考えられます。そして、このような植物毒を人間は医療に利用してきました。
 
大麻も古くから医薬品として人類が使用してきました。1850年から1937年まで、アメリカ薬局方は大麻草を100種類以上の疾病に効く主要な医薬品と記述しています。日本でも、敗戦直後まで医療大麻があり「インド大麻草チンキ」などの名前で薬局で販売されていました。
 
しかし、世界保健機関による麻薬単一条約(1961年制定、日本は1964年に加盟)や日本では大麻取締法(1948年制定)によって医療への利用も禁止されました。

その主な理由は、カンナビノイドの主要な成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)に陶酔作用などの精神作用があり麻薬として規制されているためです。
 
THCに次いで含有量が多い成分がカンナビジオール(Cannabidiol: CBD)です。カンナビジオール(CBD)はΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)と並んで大麻の主要なカンナビノイドですが、カンナビジオールは精神作用を示しません。



図:大麻の薬効成分の主体は、Δ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)とカンナビジオール(CBD)で、この2つは全く異なる作用機序と薬効を示す。THCは脳内報酬系を活性化して依存性があり、精神作用(気分を高揚する作用)がある。一方、CBDには精神作用はなく、脳内報酬系を抑制して薬物依存を阻止する作用がある。



 CBDはカンナビノイド受容体のCB1とCB2には作用しないためTHCのような精神作用はありません。その他の受容体(セロトニン受容体の5-HT1Aなど)やイオンチャネル(TRPV1やTRPV2など)に作用して多彩な作用を発揮します。CB1やCB2やGPR55に対してはアンタゴニスト(阻害剤)として作用します。GPR55はリゾホスファチジルイノシトール(LPI)を内因性リガンドとする受容体です。CBDはPPARγを活性化します。(下図)


図:カンナビジオール(Cannabidiol)は様々な受容体に作用して、その働きに影響する。図内の(+)はその受容体にアゴニスト(作動薬)として作用して受容体を刺激する。(−)は拮抗的あるいは阻害的に作用してその受容体の働きを抑制する。カンナビノイド受容体のCB1とCB2に対してカンナビジオールは阻害作用を示す。カンナビジオールはセロトニン受容体の5-HT1A受容体とTRPV1-2バニロイド受容体とPPARγ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体ガンマ)を活性化する。その他にも様々な受容体やタンパク質と作用して活性化や阻害の作用を示し、これらの総合的な作用によって多彩なメカニズムで薬効を発揮する。(図はBr J Clin Pharmacol 75(2):303-312, 2012年のFigure 2より改変)



【ランナーズハイは内因性カンナビノイドのアナンダミドによって起こる】

ランナーズハイ(Runners' High)は、マラソンなどで長時間走り続けると、最初は苦痛に感じていても次第に快感を得るようになる現象です。ランナーズハイが起こるメカニズムとして、エンドルフィンや内因性カンナビノイドの関与が指摘されています。
 
すなわち、長時間の走行でランナーズハイの状態になっているとき、エンドルフィンや内因性カンナビノイドのアナンダミドの血中濃度が上昇していることが明らかになっています。
 
では、エンドルフィン(内因性オピオイド)とアナンダミド(内因性カンナビノイド)のどちらがメインかというと、アナンダミド(内因性カンナビノイド)の寄与が大きいと考えられています。以下のような報告があります。

A runner's high depends on cannabinoid receptors in mice.(ランナーズハイはマウスのカンナビノイド受容体に依存する)Proc Natl Acad Sci U S A. 2015 Oct 20;112(42):13105-8.

【要旨】
運動には報酬効果があり、長距離ランナーはランナーズハイを、突然の高揚感、抗不安、鎮静、鎮痛といった心地よい感覚として表現している。内因性オピオイドのエンドルフィンがこれらの有益な効果を媒介すると一般に考えられている。

ただし、ランニング運動は、β-エンドルフィン (オピオイド) とアナンダミド (エンドカンナビノイド) の両方の血中濃度を増加させる。マウスにおける薬理学的研究、分子遺伝学研究、および行動研究を組み合わせて、カンナビノイド受容体がランニング後の急性の不安緩解と鎮痛を媒介することを実証した。

われわれは、不安緩解が前脳GABA作動性ニューロン上のカンナビノイド受容体1(CB1)の存在に依存し、疼痛軽減が末梢CB1およびCB2受容体の活性化に依存していることを示す。したがって、ランナーズハイの 抗不安と鎮痛という2 つの主要な側面にとってエンドカンナビノイド システムが重要であることが明らかになった。対照的に、鎮静はカンナビノイドまたはオピオイド受容体の遮断の影響を受けず、多幸感はマウスモデルでは研究できない。
 
 

マウスが長時間走って多幸感(高揚感、ハイの状態)を得ているかどうかは評価しようがありません。しかし、ネズミは一般的に走ることが好きで、追いかけられていないときでも盛んに走ります。このことは、マウスもランナーズハイを経験することで、人間と同様にある種の精神的な満足感や報酬を得ていると研究者らは考えています。
 
エンドルフィンが作用するオピオイド受容体を阻害してもランナーズハイによる抗不安感や鎮痛効果は阻害されませんでした。しかし、薬物を使ってカンナビノイド受容体CB1をブロックすると、抗不安感や鎮痛効果は出現しませんでした。つまり、エンドカンナビノイドシステムが機能していなければ、ランナーズハイは発生しないということです。
 
私たちの祖先は危険を避け、食べ物を狩るために走っていました。その場合、長距離ランニングによる痛みの感覚の軽減と不安の軽減は利益になります。種として生き残るために、私たちは走る必要があったのですが、自然は私たちにランナーズハイをもたらすことで、この激しい動きを楽しくする方法を必然的に見つけ出しました。この根本を支えているのが内因性カンナビノイドシステムのアナンダミドといえます。


図:強度の運動では、苦痛を和らげる目的で内因性カンナビノイドのアナンダミドが産生され、カンナビノイド受容体CB1を刺激し、高揚感、抗不安感、鎮痛などの症状を引き起こす。これがランナーズハイの原因と考えられている。
 
 
ランナーズハイを自覚する運動量は極めて大きいので、運動嫌いの人には運動によるアナンダミドの産生亢進はできません。そこでアナンダミドの分解を阻害する方法などがアマンダミドを増やす薬の開発が行われています。(次回解説)

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