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スモーキング・オン・ザ・ドア:ep5
いつになったら自分はちゃんと死ねるんだろう。本当に死ねる時が来たら自分が誰なのか思い出せるんだろうか。
浮遊霊になってもう一年が過ぎていた。
確かに自分は幽霊のはずなのだけれど、俺を見える人たちは俺のことを怖がらない。
だから自分が幽霊だという自覚もあまりなく、例えるならニートってこんなものなのかなと思うくらいの感じだ。イケメンとリカと茂さんの3人は俺の存在を認識して受け入れて、彼ら自身の生活を送っている。
イケメンは彼女ができた。リカは心の支えになってくれる客ができたようだ。茂さんは相変わらず空き缶を拾って生計を立てている。俺だけが年をとらない。
ドアを探さないとな。タバコを吸うのに丁度いいドアを。それが見つかったらそこに住んで、みんなの記憶から消えていくのもいいのかもしれない。そんな事を考え始めていた。
「おーい兄ちゃん。こっちちょっとこいよ」
夜の散歩をしていると下から茂さんに呼び止められた。
「俺の知り合いにさ、幽霊が見えるっていうやつができたんだよ。それでもしかしたら兄ちゃん見てもらったらなんかわかるんじゃないかと思ってな。ちょっとここで待ってろよ。呼んでくる」
もしかしたら俺が見える4人目の人かもしれないな。そんな事を考えながら待っていると、茂さんは一人の女性を連れてきた。なんだ、茂さんも隅に置けないなぁ。この人茂さんのこと絶対好きじゃん。茂さんに連れられておずおずと後ろを歩く女性は来ているものこそ汚れてはいるが気品がある。
「ほら、こいつなんだよ。名前も全部忘れちまってるんだと。なぁお前も挨拶ちゃんとしろよ。こちらサキさん。最近ここに済むようになった新入りさんだ」
「こんばんは。はじめまして」
なんと会話していいのかわからずタバコが無性に吸いたくなった。サキさんは不思議そうにこっちを見ている。
「サキです。あのぉ茂さん。本当にその方はここにいます?」
「何いってんのサキちゃん。目の前にいるよ。いまサキちゃんに挨拶したところ」
「茂さんは、その方の声が聞こえてるんですね。そうですか。。。多分この辺にいらっしゃるんでよね」
サキさんは俺の浮いている辺りを手でくるくると指差した。あってる。けれど俺の姿は見えず声も聞こえないのか。あまり期待はしてなかったけれど、やはりちょっと落ち込むなぁ。
「あのぉ。この方、生きてるかもしれませんよ。この辺温かいので、体温がまだあるんだと思います。生霊と呼ばれる方だと思います」
「なんだって!おい兄ちゃん聞いたか?!」
驚いている俺の顔に茂さんが話しかけてくる。生霊?俺が?まだ生きてる?
「この辺りの病院は全部見ましたか?生霊のことは詳しくはわからないのですけれど近くに身体がある可能性はかなり高いと思います」
「だってよ。どうする?ちょっと兄ちゃん探してみようぜ」
「うん。茂さんありがとう。ちょっと探してみるよ。サキさんありがとう探してみます」
茂さんとサキさんにお礼を言ってその場を離れた。この街に一体何件の病院があるのだろう。もしかしたらこの街じゃない別の場所かもしれない。家にいるのかもしれない。正直あまり期待できないなと思った。その日のうちに5件の病院を回ったけれど、自分を見つけることはできなかった。
「なぁ、自分の体見つけたら飲みに行こうぜ」イケメンはやっぱりイケメンなセリフだった。
「体が見つかったら店来てね」ミカは茶目っ気たっぷりだった。
体が見つかったとしても戻れるかどうかわからないのに。そのまま成仏する方が確率が高い気がする。この記憶はどっちにしてもなくなってしまうとも思う。
「お前の好きにすればいいし。焦らなくてもいいんじゃねーか」
茂さんは冷静だった。多分、俺が思うことと同じことを考えているのだろう。
「うん。ありがとう。ただ全然見つかりそうになくてね。サキさん元気?」
隣の駅の病院も回った。けれどまだ見つからない。
そうやって3ヶ月があっという間に過ぎていった。3人とは相変わらず週に一回は会っている。
「なんだろあれ」いつも通る道の先に、大きなオレンジの光の玉が見える。火事かもしれない。急いでいってみると一軒家の二階が光りに包まれている。ゴクリっ。喉が鳴る。ゆっくりと二階の光の中に足を踏み入れた。
そこはベッドと机しかない部屋だった。ベッドには死んだように寝ている俺がいる。頬は痩せ、幽霊のほうがよっぽど元気そうだ。
「これ、死ぬんかな」
いつも近くを通っていた道。こんなふうにオレンジの光が出ることなんて一度もなかった。心残りはなく、妙に冷静な自分がいる。ドアに張り付いて座り、タバコに火をつけた。
「あー、このドア最高だな。落ち着く」
自分の寝顔を真横から見る。
「秀吾、お前も頑張ってたんだなぁ。お疲れ。もう大丈夫だよ」
自分の名前がシュウゴだって言うのもやっと思い出せた。
部屋の中の光がどんどん大きくなっていく。それとともに忘れていた記憶が流れ込んできた。あーそうだ、俺は、俺はあの日めまいをしてそのまま階段から落ちて。。。
「みんなありがとう。サヨウナラ」
目が覚めると体中に管が通されていた。あの日俺はみんなありがとう、サヨウナラと叫び、驚いて起きてきた父親と母親の前で痙攣していたらしい。母親は冷静にすぐに救急車を呼び、一命をとりとめたのだと聞いた。
「もっと喜ばせる置き方してくれたら良かったのに」そういって母親はよく泣く。父親はそんな母親に付き添って黙々と母親の指示に体を動かしている。今日、チューブがごっそりと減った。早く退院して3人を驚かせにいきたい。今はそのことを支えに生きている。
「早くタバコが吸いたいなぁ」と言ったら驚かれた。意識が無くなる前、タバコなんて吸ってなかったそうなのだ。あのタバコは何だったんだろう。
横たわる足元にドアが見える。このドア吸うタバコはどんな感じなのだろう。ここは病院なのだけれど。
スモーキング・オン・ザ・ドアー
完