染織工芸むら田

創業は文政年間。 銀座で呉服店として百十年。 2023年4月より渋谷に移り営業再開。 …

染織工芸むら田

創業は文政年間。 銀座で呉服店として百十年。 2023年4月より渋谷に移り営業再開。 創作着物と帯、 時代美術裂細工、和装小物。

最近の記事

「古代裂蒐集の旅」 (その四)

 遺跡紹介③ボロブドール このヒンズー教の仏塔の遺跡はインドネシアのジャワ本島中央部、南側にある有力なローケツ産地ジョグジャカルタ市の近郊に位置する。現在のは数年前ユニセフの基金に依り組立てが完成した状態で、私の行った当時は、風雨や大木倒壊で崩れかかり、最上段まで登るのは足元がぐらついていた。日本の賠償で完成した近代的なホテルに依頼した案内役のガイドは綺麗な日本の標準語を使い、説明のレベルも高度で、私の推測では王家か王族の出ではないかと思った。恰々私が遺跡見学に回る時間が遅く

    • 「古代裂蒐集の旅」 (その三) 

      遺跡紹介②イスラエル・ジェリコ(エリコ) イスラエル入国は周囲の回教国からの入国は許可されずギリシャのアテネから入った。 エルサレムの町を見降すハイレベルのホテルに宿泊した。観光バスはドイツ語ガイドとフランス語ガイドの二班あり、後者を選んだが、フランス語のあと英語説明が必ず行われた。一応判った様な顔をしているが、「嘆きの壁」でボロをさらけ出した。  男性用と女性用の区切りがあるのを気づかず、車中の米国娘に屡々カメラのシャッターを切って貰い気易くなっていたので、白壁の前で一枚、

      • 改題「古代裂蒐集の旅」 (その二)

        私の呟きとも云えるこの稿は、思い掛けない入院加療と云う騒ぎに禍いされ(食道内の静脈瘤の破裂に依る体重の激減及び頭脳構造秩序のズレ)、連載一時休止を余儀なくされる恐れが生じたが、自ら不屈の心身を鼓舞して満五十九才の誕生日を機として、約一ヶ月半振りに原稿造りの筆を執りました。前号(六十二年九月 秋・冬もの個展案内状)にて予告しました亡父の《きものの話しあれこれ》発刊の件は、古代裂装丁表紙の試作が出来ましたが、暫時ご猶予願います。(既申込の方、ご寛怒願います)。  遺跡紹介①バル

        • 「時代裂蒐集の旅」 (その一)

           父から「私のコレクションを貰えると思ってアテにしても、死んだら全部博物館に寄贈する」と宣言されたのを契機に、私は自分の手で時代美術裂を蒐める決心を致しました。父が日本であれだけの(約五百点)量を蒐集できたのだから私は世界の各国を歩いて如何なる社会背景のどんな人種が使用したのか、実地調査を兼ね乍らと計画したのは昭和三十九年。東京呉盟会の産地見学旅行で奄美大島〜鹿児島に参りました機会に、単独で沖縄に飛び、後年台湾・韓国・タイ・インドネシア等の東南アジア諸国に足跡を残し、日本の染

        「古代裂蒐集の旅」 (その四)

          六代目悳次「古代裂蒐集の旅」

           私共「銀座むら田」は百十年間商いをしてまいりました呉服専門店です。 2023年4月より銀座を離れ、現在は渋谷で「染織工芸むら田」として営業を再開しております。移転に伴いリニューアルしたホームページに、亡父の書き遺した【六代目悳次の古代裂蒐集の旅】を少しずつ掲載いたします。  四十年を経た今、時代背景はかなり変わりましたが、昭和の呉服屋の主人の染織をめぐる旅をお楽しみいただけましたら幸甚に存じます。 2023年 初秋 染織工芸むら田 村田 寛次 ※1999年の悳次七回忌の

          六代目悳次「古代裂蒐集の旅」