【読書感想文】吟遊詩人マルティン・コダックス
わたしはスペインはガリシアのバンド、ルアル・ナ・ルブレが好きだ。
なにを隠そう私のケルト音楽との出会いは ルアル・ナ・ルブレである。高校生のときに天王寺のCD屋さんで出会った。
ケルトといえば、普通はアイルランドやスコットランドから入りそうなものだが、なぜかガリシア音楽から突っ込んでしまった。
ケルト圏といわれる地域はメインはアイルランド・スコットランド・ウェールズ・ブルターニュである。
ガリシアはケルトに微妙に関係あるが、めっちゃ関係あるわけではなく、ギリギリケルト圏だ。
音楽を聴くと、アイルランドあたりのにぎやかな酒場の音楽とも、ブルターニュのアンニュイ……な音楽とも、ウェールズのシャランシャランしたゴージャスな音楽とも違う。ガリシア音楽は土を踏みしめ、がっしりと地に足のついた音楽なのだ。力強く生命力が強く、ファンタジーあるあるの火水風土の4つの属性のどれかといったら、断然「土」!!である。
さて前置きが長くなった。この本はガリシア・ポルトガル派のマルティン・コダックスという吟遊詩人の7つの詩の本である。
7つのうち、6つに旋律がついている写本が見つかり、この本には原語と日本語訳が載っている。
できれば現代の五線譜に直した楽譜もつけてほしかったが、最初の口絵に写本の楽譜がカラーで載っているので、写本の楽譜が読める人は普通に読めるのかもしれない(私は読めないが。勉強せねばと思いつつ延び延びになっている……)。
ガリシアといえば『カンティーガス・デ・サンタ・マリア』である。
なにそれ?という方に申し上げると、中世音楽に足を踏み入れた人は必ずといっていいほど出会う、中世のガリシアでだいたい400曲くらいの歌を収録したマリア様を称える曲集なのだ。歌詞や旋律が残っている。
この『カンティーガス・デ・サンタ・マリア』の旋律の中にちょいちょいめっちゃいい旋律があるのである。
単純に聴いていて「うわめっちゃいいメロディ!!」と感じるのだ。
最初にあげたガリシアバンドのルアル・ナ・ルブレもこの『カンティーガス・デ・サンタ・マリア』の曲を取り上げて演奏している。めちゃくちゃいい。
私はこのルアル・ナ・ルブレと、もう一つ中世ルネサンスバンドのブラックモアズ・ナイトの楽曲から『カンティーガス・デ・サンタ・マリア』に入った。
その後はずるずると中世音楽にのめり込んだ……かと思ったら、アーサー王伝説に首根っこを押さえられて連れて行かれたため、今はアーサー王文学にどっぷりである。人生はよくわからないものだ。
話を戻そう。
この『カンティーガス・デ・サンタ・マリア』を知っているのだが、なんせ日本語の資料がない。
ネット上で原語の歌詞がドーンと紹介されてるサイトは見たが、意味はよくわからない。
ギリギリ翻訳の載ったブックレット付きCDを買えば、その曲の分だけはわかる……くらいなのである(アントネッロさんのCDが好きである)。
そんな飢えた状態のため、とりあえず中世ガリシアの吟遊詩人マルティン・コダックスの作品についての本書を手に取ってみたのである。
内容については、ところどころ専門的でよくわからないところもあるが(私は言語学を今勉強中のため、そこらへんが読んでも中途半端にしかわからない)ガリシアの中世の状況がわかっておもしろい。
ガリシア・ポルトガル派なんていうのもあるらしい。この本の詩人マルティン・コダックスはその派に属するのだそうだ。ガリシアといえばスペインのイメージだったが、まあ昔であれば区画が違うこともあろう。
コダックスさんの7つの歌が紹介されているが、これが『カンティーガス・デ・サンタ・マリア』のような宗教曲ではない。女性から男性への愛を歌う「カンティーガス・デ・アミーゴ」なのだ。
といってもコダックスさんは男性らしい(もし女性が男性を騙っているのでなければ、だが)。日本にも女性の歌を男性が作ってることはもちろんあるのでそこらへんはわかるが、実際に歌っていたのもたぶん女性であったようである。
というわけで本書に付録のCDは女声での再現の歌が伴奏つきでおさめられていて、音楽も味わえるのがいい。
歌はかなりシンプルな内容で、どうやら旅立ってしまった男性の恋人が帰ってくるのを、女性が待っている様子のようだ。海辺が出てくる。最後はどうやら帰ってこなかったみたい……?
待っている人の歌で、ポルトガルの歌といえば、ポルトガルのバンドのマドレデウスの"Haja o que houver"を思い出す。大好きな曲である。ポルトガル語がわからないので、どんな歌なのか詳しくはわからないのだが(翻訳機の翻訳は脆弱である)。
他にも、シャナヒーという日本のグループが演奏し、ほりおみわの歌う北欧の曲で「花嫁ロジー」という歌でも、望まぬ金持ちとの結婚を控えた花嫁ロジーが、本当は大好きな男性を追って海に入っていっておそらくは死んでしまった?歌も思い出す。
海に向かって歌う狂気の女性という構図は心をくすぐるものがあるのかもしれない。私もなぜか心惹かれる。
一方、理性としては、そんな待たせすぎる恋人なんてハナから捨てたら?……などとツッコミたくなってしまう。
しかしそれは野暮というものなのだろう。
ギリシャ神話の大冒険して帰還するオデュッセウスの妻ペネロペの例もあることだし。
話を戻そう。
マルティン・コダックスの歌はシンプルでなかなか良かった。
繰り返しもいいし、一語(たとえば地名のVigo)をたっぷり伸ばして遊ばせて歌うのもいい。
音源がついてると聴いてわかるところがいい。
ただ、ソプラノの声ともなると、音が高すぎて発音がうまく聞き取れないところが多くなるので、低い声でも聴けるといいなぁ……と思う。
他にも、ガリシアの中世の詩人についての話や、写本発見のエピソードなど、楽しく読めた。「新たな写本発見!!」というのはなんとも心躍るものである。
今年9月には同じ著者の方の『カンティーガス・デ・サンタ・マリア』の本が出版されるそうだ。
すべての歌の歌詞と翻訳は載るだろうか?……内容についての細かい註釈はあるだろうか?……とても気になるところである。
これからも中世ヨーロッパ音楽についての詳しい良書が出版されることを願って、筆を置こう。
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