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DE&I先進企業にもまだできることがある。「資生堂DE&Iラボ」のこれから

2023年2月、多様な人財の活躍と企業成長の関係を研究する「資生堂DE&Iラボ」が発足しました。

女性活躍の先進企業としても注目される資生堂が、その取組を加速させるため、社内に残るジェンダー不平等の原因を明らかにし、多様性がもたらす効果を調査、分析し、成功要因を追求するなどの実証研究に挑んでいます。

その背景には、自社のみならず、社会全体のダイバーシティを推進するリード企業としての信念がありました。

今回、私たちは資生堂DE&Iラボでグループマネージャーを務める山田美和さんに取材を実施。同社の実証研究から、ジェンダードイノベーションにつながるヒントを探ります。

新卒で資生堂に入社後、主に事業部門で販売企画や人事(HR)を担当。その後、人事部門のHRビジネスパートナー(HRBP)を経験し、2023年からはDE&I戦略推進部のラボグループマネージャーを務めている。

「女性活躍」日本トップ企業が研究機関を設けた理由

━━2024年1⽉に⼥性管理職⽐率が40%を超え、最近では男性育休取得率が100%を突破するなど、資生堂はDE&I推進企業として成果が出ています。こうしたなかで、「資生堂DE&Iラボ」はなぜ発足したのでしょうか?
 
目的は、ふたつあります。まず、資生堂社内に向けて、女性をはじめ多様な人材が活躍する組織カルチャーの醸成が進むことが企業成長につながると証明できれば、多くの社員がDE&Iの本質を理解することができるでしょう。
 
それによって、社内のDE&Iの取り組みがさらに加速すると考えています。

資生堂は、女性活躍をはじめとするDE&Iの推進を社会の成長のポテンシャルと捉え、経営戦略として取り組んでいます。

2030年には、国内資生堂グループにおいて、あらゆる階層において機会均等の象徴である男女比率50:50を達成するという目標を掲げています。

国内の女性管理職比率が10%を超えたのは 2003年のことです。したがって、40%に到達するまでには約20年間かかりました。 特効薬があるわけではなく、一朝一夕に達成できるものでもありません。コツコツと長い時間をかけ、会社として真剣に取り組むことを継続してきた結果です。

50:50の目標数値を達成することは決して簡単なことではありません。
 
女性活躍推進の本質はジェンダー平等にあります。女性にフォーカスし支援施策に取り組んできた時代からさらに歩みを進めて、ジェンダー不平等の解消に向けた取り組みに向き合っていく必要があります。

そして、この局面においてこそ、DE&Iラボが発信する情報やエビデンスが活きてくるのではないかと考えています。

例えば、社内で女性の活躍が遅れている組織にジェンダーによる格差が存在するとしたら、どのようなジェンダー不平等があるのでしょうか? その根本的な要因は何でしょうか? ラボでの研究結果を基に、組織内の課題について仮説検証を行い、解決に向けた取り組みを考えることもできます。
 
また、今回の「DE&Iラボ」発足には、長らく資生堂のDE&I推進を強力にリードしてきた、取締役 代表執行役 会長 CEO 魚谷雅彦の強い思いが反映されています。経営トップのコミットメントは我々の大きな力となり、新たな挑戦へのモチベーションの醸成にも繋がっています。

資生堂DE&Iラボサイト。これまでの取り組みから得た学びを「ACTIONS」、東京大学の山口慎太郎教授のチームと共同で進めている、多様な人財の活躍と企業成長の関係についての実証研究で得た結果を「RESEARCH」として公表する。

もうひとつの目的が、日本社会のDE&I推進への寄与です。

ありがたいことに、資生堂は日本を代表するDE&I先進企業として認識されています。

DE&Iが企業成長だけでなく、社会の発展にどのような影響を与えるのか、ラボの研究結果やエビデンスは、社内だけでなく社外に対しても発信していきます。
 
DE&Iをリードする企業として、次世代へ、そして日本社会全体へDE&Iを実現する組織カルチャーを広く伝えていくことは、当社の企業使命のひとつと考えています。

みなさんのまわりにも、女性活躍推進の取り組みに飽きを感じている人、「昔と比較すれば女性リーダーは増えたからもう十分」と感じている人がいるかもしれません。

これまでは、女性リーダーを増やし、女性が働きやすい制度の拡充に注力し、まずは景色を変えることを社会全体で目指してきました。そうして変わった景色がどのような効果をもたらしたのかをデータで示すことができれば、女性活躍推進の本質的な意味に気づき、腹落ちできるのではないでしょうか。

━━「資生堂DE&Iラボ」として、具体的にどういった体制で調査や分析をされているのでしょうか。

研究は、東京大学の山口慎太郎教授のチームとともに行っています。

山口先生は、労働経済学、家族の経済学、教育経済学において、⼈びとの⽣涯に及ぼす影響を定量的に評価するとともに、そのメカニズムを明らかにするための実証的な分析を⾏っています。

ラボは、より客観的視点からの検証を行うため、経済学的なアプローチを用いて、アカデミアの知見を得ながら研究を進めています。
 
例えば、ジェンダーの変化を経時的に追いかけ、成果の変動を統計的因果関係からアプローチするなど、行動経済学の視点や介入による実験手法の知見を取り入れながら、社内の様々な事象に基づいて仮説を構築しています。
 
また、子育て中の女性リーダーが多い組織では、どのような工夫が施されているのか調査すると、コミュニケーションや会議運営において、他の組織にはみられない独自の方法が採用されていることがわかります。

このような成功事例を詳しく検証し、どのようなアプローチが健全な組織運営に効果的かを明らかにして、社内改革に役立てたいと考えています。

ジェンダーバイアスがあることが見えてきた今、取り組む施策

━━研究結果のなかで「業務上の役割分担においても男女差を抱える組織がある」、「一部の組織では、部下のスキル評価にジェンダーバイアスがあることが示唆された」とあります。

このような課題については、今後関連する部署と連携をしながら、最適な解決方法を分析していく予定です。

資生堂は、女性の活躍を促進する様々な取り組みを長年推進しており、多くの女性リーダーが誕生しています。わかりやすいジェンダー間の格差は見られず、リーダーは性別に関係なく部下の活躍を望み、その支援を惜しまない環境があります。

それにもかかわらず、 なぜ女性の活躍が進まない組織が存在するのか。

例えば、ここでまでの研究で、成果を出す能力に男女差はないが、難易度の高い役割を担う確率は男性の方が高い組織があることが見えてきました。

男性リーダーは、時に女性に対して必要以上に気を遣ってしまうことがあります。男性の部下の方がコミュニケーションを取りやすく、仕事を頼みやすいと感じる場合もあるでしょう。

このような状況が生じるのは、「先入観」や「思い込み」によって判断や意思決定に偏りが生じる現象、いわゆるバイアスが原因のひとつではないかと考えられます。

こうした小さなバイアスが長期的には男女間でのキャリアの差を生む可能性があります。

 ━━バイアス解消は、一筋縄ではいきません。
 
無意識のバイアスを払拭するのは難しいですが、私たちの持つバイアスがジェンダー格差に大きな影響を与えていることは、もっと認知されていてもいいと思います。
 
バイアスが強い傾向のある組織では、ジェンダー不平等につながる可能性があるのも事実です。

多様な人材で構成された組織は、同質性の高い組織よりバイアスが少ないと確認できれば、DE&Iの推進がバイアスの緩和に寄与する可能性が見えてきます。これは、ジェンダーだけでなく、マイノリティの方々が受け入れられる組織カルチャーの形成に寄与できる要素となるでしょう。

資生堂DE&I ラボが今後目指す姿

━━同じ企業でも、組織によってビジネスフェーズが異なるなかで、国籍や社歴の違いなどを超えて全組織においてDE&I推進を平準化していくのは、難しそうです。

組織のビジネスフェーズによっては、同質性の高い組織の方がうまくいくこともあります。新規事業などは、同質性の高いチームで立ち上げ時に全員がスピーディに取り組んだ方が目にみえる成果が出やすいこともあるでしょう。

また、プロパー社員だけで成り立っている組織では、キャリア採用や外国籍の方など、外部から新しい人が入ってきた時には馴染めない風土になりがちです。昔からいる社員はその環境で気持ちよく働いているので、そこに異質性を加えることはリスクが高いと思われるかもしれません。
 
でも、多様な視点がなければ、継続的な成長や抜本的なイノベーション創出が難しいことは、世の中にすでにある研究結果からもわかります。

資生堂においても、多様なバックグラウンドを持つ人々が持てる力を発揮できる組織がイノベーション創出につながるのだという事例やファクトを示していければと思っています。

━━今後、「多様な人財の活躍と企業成長との因果関係」についての実証を計画されていると拝見しました。こちらを含めて、今後の資生堂DE&I ラボが目指す姿をお教えください。

ジェンダー、年齢、国籍など、多様なバッググラウンドを持つ人材が自身の力を発揮することで、異なる価値観や考え方が新たなイノベーションを生むまでのプロセスを検証し、企業成長への因果関係を社内外に公開することを目指しています。

冒頭の通り、女性管理職比率は40%を達成し、男性育休は100%を達成しました。そして、資生堂は、ジェンダーに限らず外国籍をはじめとした多様な人材の採用にも積極的です。

一方で、多様性が進んだ組織では、多様な価値観の融合がうまく機能している組織と、そうでない組織との間に差が生じることがあります。多様性が進んだ先には、多様な人材(ダイバーシティ)が公正な機会(エクイティ)を得られ、すべての社員が尊重され、自身の能力を最大限に発揮し、活躍できる状態(インクルージョン)を作り出すことが重要になります。

多様性(ダイバーシティ)だけでなく、公正な機会(エクイティ)と包括性(インクルージョン)についても、ファクトを定量化し可視化することで、多面的に分析し、長期的にデータとして蓄積し活用していきます。地道で息の長い仕事ですが、将来的にDE&Iの実現がイノベーションを生み出し続ける組織カルチャー作りの一助になると信じています。

資生堂DE&Iラボの社会的意義(山口慎太郎教授インタビュー)

 山田さんには、資生堂社内での調査結果についてお話いただきましたが、そこから見えてきたことが、日本社会にどのような影響を与えるのでしょうか。
 
資生堂DE&Iラボの共同研究者として参画する、東京大学大学院経済学研究科山口慎太郎教授にもお話を聞きました。

━━性差を科学的に示すことの社会的な意義についてお教えください。特に、他国と比較してもジェンダーギャップ指数が低位である日本の職場において、性差の研究が進んだ先に、どのような変化を期待することができるでしょうか。

女性と男性の間で給与、役職、職務内容に差があるかどうかを客観的に把握することは重要です。ある人は大きな差があると感じる一方で、別の人は無視しうる差と感じることがよくあり、そもそも性差の存在について合意が取れていないことさえ珍しくありません。
 
実際、多くの組織では、組織内に存在しうるさまざまな局面での性差を数字で把握していません。これはジェンダー平等の出発点にさえ立てていないことを意味します。
 
数値で性差を把握したならば、それが何によって生じているのか分析を行います。たまたま生じた差なのか、本人の意欲の問題なのか、それとも組織が構造的に抱える問題なのかといった考察が不可欠です。科学的な分析を進めることによって、性差の定量的な評価と原因の究明が可能となり、問題の解決に近づくことができます。
 
経済学におけるこれまでの研究蓄積や私たちの研究グループの結果から、ジェンダー平等と組織パフォーマンスが両立しうることが示されています。今後も研究を進めることで、ジェンダー平等の推進が企業の利益にどうつながるのか、そのメカニズムを詳しく明らかにできれば、他の企業も自信をもって社内のジェンダー平等推進に取り組むことができるはずです。
 
最終的には、組織内のあらゆる人がその能力を発揮することにより、本人はもちろん、組織全体も利益を享受できるようになります。

━━資生堂DE&Iラボとの共同研究で、日本の職場や働き方における性差の課題を特に感じる部分があればお教えください。

資生堂では、日本の他企業でよく見られるような大きな性差はあまり見つかりませんでした。そういう意味では、かなり「難しい」研究対象ではありますが、それでも資生堂も性差の課題と無縁というわけではありません。
 
社内には様々な業務がありますが、暗黙のうちに、これは男性向けの仕事、あれは女性向けの仕事というように性別によって向き不向きがあるかのような仕事の割り振りが見られることがあります。
 
こうした現象は、他の日本企業でもよく見られます。男女間賃金格差や女性管理職比率といった目につきやすい指標ばかりが取りざたされますが、その背景には業務の割り振りも関係しているはずです。今後の研究では、こうした点に着目し、企業業績とジェンダー平等の両立を可能にする取り組みの開発を目指します。

東京⼤学⼤学院経済学研究科教授
⼭⼝慎太郎⽒
現在の研究分野:労働経済学、家族の経済学、教育経済学。 研究課題:教育が⼈々の⽣涯に及ぼす影響を定量的に評価するとともに、そのメカニズムを明らかにするための実証的な分析を⾏っている。近著『⼦育て⽀援の経済学』は⼀昨年「⽇経・経済図書⽂化賞」を受賞。⽇経新聞で「多様性 私の視点」(コラム)を担当するなど、アカデミアのみならずメディアからも注⽬されている。

【資生堂DE&Iラボのリンク】
資生堂DE&Iラボ | ダイバーシティ エクイティ&インクルージョンの研究と取り組み事例 (shiseido.com)


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