私が目指すこと

皆さんこんにちは。
高橋雅人と申します。

この投稿をお読みいただきありがとうございます。

10月よりフリーで活動する事になりました。
それを機にnote始めます。

記念すべき第一回の投稿はこれからの

自分の活動なり近況なりをお伝えしていこうかと思います。

  1. 自己紹介・これまでの事

  2. フリーでの活動に至った理由

  3. 目指す事・今後の活動 


1.自己紹介・これまでの事

先ずは自己紹介、これまでの私の人生について述べていこうかなと思います。

◆Profile◆
NAME:高橋 雅人(Masato Takahashi)
1993年5月17日生(29歳)
血液型 :B型 牡牛座
山形県 村山市出身

東海大学山形高等学校ー帝京大学ー一般企業(1年)ーTRACKTOKYOランニングクラブ(5年半)

生まれは田んぼ広がる静かな田舎で育ちました。

陸上長距離との出会いは小学5年生の頃。
学校行事で市内の陸上大会の長距離走に出場し優勝した事がきっかけでのめり込むようになりました。

しかし当時はサッカークラブにも通っていてそちらも夢中であったため中学まではサッカーに打ち込み本格的に競技に打ち込み始めたのは
高校からでした。

2010年山形県高校駅伝 
アンカーを走り全国高校駅伝の切符を掴むゴールテープを切る。


高校は県内でトップで全国高校駅伝に何度も出場している東海大学山形高等学校に進学。

そこで強い先輩方や同期、後輩と全国高校駅伝出場を目指して日々走り込みました。


全国高校駅伝には高校2年時に2区を出走。
(区間31位)

全国のレベルの高さに圧倒するばかりでしたが念願の全国の舞台を走れた事は貴重な経験でした。


そしてその後、箱根駅伝を夢見て
帝京大学へ進学しました。



2015年立川ハーフにて

箱根駅伝常連校である大学だけあって入学時は周りのレベルの高さに圧倒するばかり。
まともに練習についていけなかったです。

レベルの違いに辞めたくなったこともありましたが家族や大学に進学する際にお世話になった高校の恩師、その他自分の活躍を応援してくれる地元の人たちのことを想うと諦められない。
何とか堪えて少しずつ練習についていけるようになり、高校時のベストも更新できました。

しかし、箱根駅伝の出走は叶いませんでした。今振り返ってもとても悔しい思い出です。

ですが箱根駅伝を目指してやってきた過程や経験は何者にも変え難い大きなものでした。

その中で一番の思い出は大学4年間で2度マラソンを経験した事です。


2016年別府大分毎日マラソンに出場
2時間23分56秒でした。


大学のうちにフルマラソンを経験できたは大きな経験となりました。
はやくからマラソンに挑ませてくれた帝京大学の中野孝行監督には感謝しかありません。

そしてその後は地元に戻り
社会人生活がスタートしました。

2016年 地元で開催されたハーフマラソンにて

大学卒業後は地元の一般企業に勤めながら趣味で競技に打ち込む、いわゆる市民ランナーとして走ってました。

仕事をし時間をうまく見つけて競技に取り組む生活はなかなかハードではありましたが自分で考えて取り組む陸上というのも面白みを感じたりと楽しさもありました。


そんな中ある時SNSを眺めていたらTRACKTOKYOランニングクラブ
というものを知りました。

そのランニングクラブの活動を見たところ
「ここで働きたい…!」
と強く思い入社を志願しました。

当時は地元にいましたがちょくちょく東京を往復してお話を聞きに行ったり、何らかの活動をしたところ入社を認めていただき、
翌年よりまた東京へ上京しランニングインストラクターとして働くことになりました。


TRACKTOKYOランニングクラブでの仕事はとても衝撃的でした。 
毎日が楽しく走る事が仕事にできる事に喜びが溢れて毎日が充実してました。
インストラクター業の他に実業団選手としても駅伝、マラソンと社会人一年目同様競技にも打ち込みました。

仕事も走り、競技でも走る。

最初こそは仕事と競技のバランスを測るのに苦労しましたが試行錯誤しながらもリズムを掴んでいきました。

その結果、入社時のフルマラソンベスト
2時間23分56秒を2時間13分17秒まで記録を伸ばす事ができました。


2021年びわ湖毎日マラソンにて。

自分でも言うのも何ですがここまで走れるようになるとは思ってませんでした。
頑張っても2時間20分を切れるくらいが自分の力だろうと思ってただけにびっくりです。
そこから自分の可能性というのを信じられるようになりました。

そして今年9月。
5年半のTRACKTOKYOでの活動に
区切りをつける事になりました。


2.フリーでの活動に至った理由


TRACKTOKYOランニングクラブを去り、
今月からフリーで活動する事になりました。

TRACKTOKYOランニングクラブで培ってきた事を活かして、
今後は自分でランイベントや練習会などを開催して行きます。

何故この様な経緯に至ったか。 
主な理由は

ランニングコーチをしながらも
自分の競技力を高めたいからです。


前職でのインストラクター業は楽しいだけじゃなく大変な事ももちろんありました。
ですがやりがいは物凄く感じましたし何より
達成感が素晴らしかったです。

そんなランニングでの活動に今後とも向き合っていきたいと思いました。
せっかく5年半ものインストラクターをやってきたのですからまだまだこれからも似た様な活動はしていきたい。

多くのランナーの方のサポートや悩みに向き合い助けとなるようなランニングコーチでありたいと思いました。

それならば辞めなくても良かったのでは?
と思うところですが、私の中でもう一つが頑張りたい事が競技です。


昨年びわ湖毎日マラソンにて自己ベストを叩き出してから
競技面でもっと自分を高めたい気持ちが強くなりもっとレースに出て自分を高めたい気持ちも増しました。


マラソンのみならず、ハーフ、10000m、5000m、そしてゆくゆくはウルトラマラソンでしたり…。
そのためには練習はもちろんですがもっとレースに出場して自分を試したい。

そんな気持ちが強くなったのも理由の一つです。

3. 目指す事・今後の活動 


そしてランニングコーチ・競技と向き合い自分が目指す事。それは

日本一速く、日本一身近な
ランニングコーチ


自分で言うのも何ですがフルマラソン2時間10分切りを目指すランニングコーチは日本全国でも数少ないのではないかと思います。

そんなレベルでもより身近で親しみやすい存在でありたい。

そして親しみやすいだけでなく
速さや強さも兼ね備えたい。

いろんな記録会や大会に出場し、ベストを目指して必死に走る。

時に楽しく指導し、時に激しく駆け走る姿を皆さんに披露する。
そんなギャップも楽しんでもらいたい…(笑)

そしてそんな自分に影響されてランニングをより楽しく打ち込んでもらえたり、
モチベーションアップに繋げられたらそれほど嬉しい事はございません!


さて。
自分の理想を語ったところで
これからの活動について告知も含めお伝えします。

フリーで活動するにあたり
私が主催のランニングクラブを設立します。


クラブ名は

"雅"
(みやび)
ランニングクラブ

"雅"とは
洗練されていて上品なこと、風流な事を意味し美しさを表現します。

雅やかと聞くと
日本ならではの和の雰囲気を思い浮かべるのではないでしょうか。


これらの美しい景色たちは私たちの
心を惹きつけ魅了します。

そんな雅やかな景色のように

人を惹きつけるような人間性を兼ね備え
たくさんの人たちを魅了するような走りができるランニングコーチでありたい。

そんな想いからこの名をつけました。

練習会の内容としては
距離走、ペース走、インターバルなど
実践形式で中上級者向けのものがあれば、
マラニック、おやつRUN、ダイエットなど
初心者の方でも気軽に参加できるものまでと
オールマイティーに展開していきます。

5年半ランニングインストラクターとして培った経験を活かして今度は自分で様々な練習会を展開していき多くのランナーを走りでサポートしていきます。

練習会のスケジュール、申し込みは
モシコムにてアップしていきます。
また他にもInstagramなどSNSでも
告知していきます。

是非、チェックしてみてください!



長々となりましたが以上が現在の私の心境や目標でございます。

正直なところ不安は大きいです💧
ですが不安がある中で
ワクワクする部分もあります。


何がともあれ
人生やってみなきゃ分からない。

あれこれ悩む前に
行動あるのみだと思います。

先程述べた、


日本一速く、日本一身近で親しみやすい
ランニングコーチ

を惹きつける人間性を兼ね備え、
たくさんの人を魅了する走りができる
ランニングコーチ


この理想像に近づける様に今日から一歩一歩踏み出していきたいと思います。

どうか今後の活動にご注目ください!!

頑張ります🔥






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