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愛はボールペンのように

本当に好きなものは好きな人にしか伝えたくない。そりゃそうでしょってなってくれる人は半分くらいで、残りの人は、それはほんとに好きってことなのかと、言うかもしれない。でも、この人なら言ってもいいっていうそれが、私のことを受け入れてくれているかもしれないの確信だから、すべての人に好きなものを堂々とまだ言えるほどの人間ではない。

天気予報では1週間後に梅雨が終わるらしいと言われて1週間が経ったというのに終わらない。梅雨が終わりそうで終わらないこの感じは、ボールペンのインクみたいだ。インクが見えなくなっても書けることがあるように、天気予報のような見えるものはあてにはならない。
夏が始まるのか始まらないのか中途半端。このまとわりつく水分は仕方がないと思う以外に心を休める方法はない。

夏。恋人と出かけるにはもってこいで、とっても楽しい季節なのに、私には恋人なんかいない。いなくていいとも思う、というのは若干の強がりもあるかもしれないが、かなり強く思い始めている。
専ら好きな人がいないのかと毎週のように聞かれては、笑いながら「いない」と否定することにも飽きてきた。毎週行っているのだからそろそろ覚えて欲しい。「いるようでいない」とか返事してみようかな、深く聞かれるからそれも面倒だ。

全てが投げやりになって、もういっそあの彼と付き合ってやろうかななんて思ってしまう。
その彼は趣味は合わない、なんか一緒にいると気を張る、無理して楽しませないとなんて考えて、終わった後にどっと疲れるというわたしにとって全く合わない人だ。彼はなんでそれなのに私に安易に好きまがいのことを言ってくるのだろう。

彼はおそらく気が利くし、わたしは後からあれは気を遣ってたんだろうなと気づいては、表面上では気づかないふりをしている。でも結局、彼に近場で済ませようというその感情がほんとにあるのかないのか知らないが、私がそう考えてしまう人間だから、もうそれは"近場で済ませるに値する人間認定されている"という考えになっている。それだから余計に嫌だ。私には友人関係から恋人になるというルートが全く考えられないらしい。

"ご飯食べに行こう"
彼から連絡が来ると、頭を抱える。
そしてすぐさま他の人も誘って何人もの人数にする。

人数を増やすことを伝えると、平然を装った回答が来るけど、なんで?という雰囲気が要所に見え隠れする。こちらの気持ちにも気づいて欲しいとも思う。
もういっそ付き合って私が相当あなたに合わない人間だと思わせようかとも一瞬思ったが、そんなの私に全くメリットのない労力を使うだけの判断だ。考えただけで疲れてしまった。

私にとって好きなものを言えない人は、好きになることができない人で、強く否定する人はこれからも上澄のような部分しか見せられない。インクが入っているのに、途中で固まって降りて来なくなったボールペンのように、何度も同じところを書き直しては色のない透明な痕だけついていく。

すらすらと思ったことをかけるそんなボールペンを使って、これからのことを一緒に話せる人間と出会えますように。愛が溢れて文字が滲むくらいのね。

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