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ICONIC / アイコニック ②

  私立帝明高校、冬月の通う高校だ。総生徒数4502人、内クローン人間が2003人。府内有数のマンモス校で、数々の有名難関大学への進学率が非常に高い。が、実績は輝かしくとも校内の様子はまるで地獄である。クローン生徒と純身生徒の対立、それによるイジメ、喧嘩は日常茶飯事。教職員は見て見ぬふり、自殺者も少なくない。しかし表面上は優秀な生徒の通う非常に綺麗で清潔な高校だ。入学したばかりの新入生が落胆するのが当たり前の4月上旬、最初の自殺者が出る夏休み明け。そんな学校だが慣れればこれと言った問題もなく、クローンの方が純身よりも優位に立っているため、冬月は何も困ることなくもうすぐ第二学年へ進学する。
 クローンの方が純身よりも優位に立っている話だが、理由は簡単である。クローンのトップグレードシリーズが多く通うこの高校において、なんの才能も持たず生まれてくる純身は下等生物なのだ。勉強面、運動面においてもこれといって秀でるものがなく、時折天才と持て囃される純身がやってくるが、どれもトップグレードのクローンに比べれば初期値並みの程度。そんな純身が高校の中で優位に立てるはずもなく、このスクールカーストに落ち着いたのだった。

 家を出た俺は歩いて十数分の駅に着き、丁度やって来たシティラインに乗り込んだ。四駅目で降り、駅の改札を出ると、例の高校まで歩いて向かう。校門近くまで直通で行くバスに乗ればもっと早く着くのだが、俺はいつも歩いて行っている。なにか特別な理由があるわけではないのだが。20分ほど歩くと、校門の前に着いた。
「おはよ」
後ろで声がする。振り向くと、そこには友人の武村が立っていた。
「武村か。おはよう」
軽く挨拶を交わす。武村は常に明るく、クローンにしては珍しい自我を構成している。どのような思考と接触し学習すればこのような自我を得るのだろうか。
「冬月、お前昨日のセブンスの新作発表会見たか?」
校門を通り過ぎ、学校の玄関へと向かう。
「いや。あそこのTHTにはあまり興味がなくて」
靴箱に靴を入れ、上履きに履き替えた。顔を上げると武村は既に履き替えて俺を待っていた。
「それがな、ついにセブンスもスキルデータチップを開発したんだ」
「セブンスが?」
スキルデータ。本来純身人間がさまざまな経験や勉強によって得る能力や知識を非常に高い精度でコピーした代物だ。これを専用のTHTにダウンロードすると、データ内にある能力を訓練•練習なしに使用できるようになる。医者のデータなら高度な手術が可能になり、レーサーのデータなら時速300km以上の速さで走るレースマシーンを思うままに操れるようになる。
「でもスキルデータ系統はネオテクニカの専売特許みたいなもんだろ?販売してもいいのか?」
「ネオテクニカは“新しい技術での対決が楽しみだ”って声明を発表したらしい。これから先もっとスキルデータ関連の技術が発達すると思うぜ」
武村は楽しそうだ。事実、武村はいわゆるTHTオタクで、最新機には目がない。この前も「メガルザーク」の新型強化脚のTHTを買ったとかなんとかで騒いでいた。
「そういえば武村、この前買ったって言ってた強化脚の搭載手術はいつなんだ?」
「ああ、メガルザークのやつ?来週の半ばくらいかな」
教室に到着し、俺と武村は各々の席に着いた。カバンの中から教科書類を取り出し、机の中にしまう。鞄をロッカーに入れると、俺は武村の席へ向かった。
「武村、腕と脚をTHTに換装したいんだが何かいいやつはないか?」
「何を重視するかによるね。運動なのか、喧嘩とかのための対人用なのか」
最近校内では純身生徒とクローン生徒の対立が過熱しており、これといって関係のないクローン生徒が純身生徒の集団でのリンチを受けることが少々ながらある。質より量、といったところだろうか。武村の言う“対人用”はそれを危惧しての発言だろう。対人用のTHTのハイグレードで四肢をカスタムしているクローン生徒も多い。
「いや。もう少ししたら体育で持久走が始まるだろ?肺は去年換装したから、今度はその性能を生かすカスタムをしようと思って」
「なるほどね。じゃあ運動特化のTHTか。その肺のTHTの開発企業、覚えてる?」
「たしか、、、ネイシアのハイギアシリーズだと思う。グレードはG-5」
「ネイシアのハイギアね〜」
武村は視線を外ししばらく黙ると、再び視線を合わせた。
「ならコバルトのスカイランナーシリーズがおすすめだよ。ネイシアと共同開発したTHTもあったはず」
武村は自らの知識に誇りを感じているようだ。この手の知識は俺の知る限り武村が学校で一番よく知っている。

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