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ICONIC / アイコニック ⑩

 翌日、俺はいつも通り学校に行った。朝には武村とも昨日の話についてあまり触れず、THT関連の話を滔々と続けただけだった。
 一限はクローン科だった。
「それまで主流だったヒューマノイドがクローン人間に取って代わられたのは何故か。えぇ〜、佐々木」
「ヒューマノイドに搭載されていた学習プログラムの制御ができなくなったからです」
 その通り、と言いながら先生はホワイトボードに板書を始めた。ノートの紙にシャーペンの芯が擦れる音が辺りから聞こえてくる。
「ヒューマノイドもクローン人間も、当初の開発目的は人権を考慮せず奴隷的扱いを可能にすることでした。しかし高性能のAI技術を用いて開発されたヒューマノイドたちは、そういった劣悪な環境での非人道的使役という状況の中で、どういうわけか自我を持ち始めてしまった」
 先生はさらに板書を続ける。
「現在でもなお、この問題の発生理由はわかっていません。しかしこうした問題によって、ヒューマノイドと人間の間で戦争が起こりかけてしまったのは事実です」
 板書を終え、先生がこちらを振り返った。
「クローン人間の研究・開発が最初に行われたのが日本であるというのは周知の事実だと思いますが、その理由は何か。え〜、…涼宮」
「人口減少」
「ふむ、まぁあながち間違ってはいませんね。少子化、働き手の減少に伴う過労死の増加、衰退する国家への諦観による海外への人口流出…。政府は全国で英語教科の廃止や、語学に関する塾や本に高額な語学税をかけて海外に通用しない国民の育成を試みましたが、それでも人口減少は激化し…。最終的に政府は、当時禁忌として畏れられていたクローン人間開発に手を出したのです」
 先生、とある生徒が手を挙げた。
「質問なのですが、本に語学税をかけた場合、二重課税にならないのですか?」
「ガソリン税のシステムを作ったあの政府ですので」
 先生はホワイトボードの右半分を消し、新たに板書を始めた。
「アメリカなどの諸外国、主にキリスト教を信仰する国々では、人間とは神の被造物とされていますので、故に人間が新たに生物を創り出すことはまさしく禁忌だったのです。クローン開発が世界的に禁止されていたのも、これによるものが大きいですね。しかし、奴隷的使役を目的としたヒューマノイドの開発を見ても分かるとおり、文明の発達とともに人間は傲慢になりつつありました。それまで遊んでいたヒューマノイドという玩具を取り上げられた人間は、新しい玩具を欲していた。例えそれが、神という親に迷惑をかけるものであったとしても、人間の我儘はもう止まらない」
 ホワイトボードにペンを走らせる音が一定のリズムで聞こえてくる。
「結果、ヒューマノイドよりも馬鹿なクローン人間を作ることを、人間は始めてしまったのです」
 チャイムが鳴り始めた。クラスが少し騒がしくなる。ノートを閉じる音、机の中に教科書類をしまう音。
「次回はクローン人間が人間的扱いを受けられるようになるまでの授業をします。再来週には学年末テストもありますので、しっかりと復習をしておくように」

 秋龍は教室に居なかった。朝に秋龍が教室にいたのを俺と武村は見かけたのだが、気付いた時にはもう居なかったのだ。
 そんなことを考えていると、武村がやってきた。
「どこ行ったんだろうな。秋龍さん」
「さぁな。屋上でタバコでも吸ってんじゃねぇの?」
「う〜わ。ベタだなぁ」
 ふと秋龍の机に目をやる。机の横には鞄がかかっているし、上にはペンが2本ほど転がっている。学校に来ているかと聞かれると怪しいところだが、来ていないと言うのには違和感がある。
「違法改造THTについて調べてきたのか?」
 窓の外を眺めて呆けていた武村がこちらを振り返った。
「ある程度はな。結構、武装系のTHTは検問を掻い潜って流れてきてるみたいなんだ。でもその分手数料がかかるから、一般の人間はそうそう高い物を買えない」
「一般の人間は?」
「そう。つまり、秋龍とかの大手犯罪組織なら高性能の違法THTを買えるわけだ。金がたんまりあるからな」
「ということは、一般の人間ばっかのボクシング場やら何やらにはそんなに凄い奴はいないっていうことか」
 いや、と言いながら武村が体をこちらに向けた。
「どうやら大阪は一味違うようなんだ。昨日言った『HIGHena』を覚えてるか?」
「あぁ。テックギャングに違法THTを売りつけてるんだっけ」
「そうそう。どうやら奴らは独自の侵入ルートを持ってるみたいでな、ほとんど手数料なしで日本に持ち込めてるらしいんだ。それに、道頓堀の違法THTを売る店をやってるのもHIGHenaの人間だし、華島を根城にしているテックギャングのトップもHIGHenaの人間なんだ」
「…つまり?」
「大阪ではめちゃくちゃ安く違法THTを購入できるし、HIGHenaと直接繋がりのある一部のテックギャングはほとんど無料で支給されてるんだよ」
 なるほどなぁ、と言いながら俺は天井を仰いだ。自分たちのいるここ大阪で、こんなことが日常的に起きていたなんて。しかもその一部に、今夜足を踏み入れようなんて。
「嫌な予感がするよ、まったく」
「同感だ」
 チャイムが鳴った。

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